雨上がりの不思議




雨が降り続いていた間、花穂が曲がったりねじれたりしていたバーバスカム・ウェディング・キャンドル。

本当ならウェディング・キャンドルという名前の通り、まっすぐに立ち上がった長い花穂の下から上に向かって白い花が次々に咲いてゆくはずなのに、雨に打たれ続けたためか、あっち向いたり、こっち向いたり。
それでも、雨が上がるころにはなんとかみんなお行儀が良くなってひと安心。

小さな苗を植えたのは3年ほど前。
今では1m50㎝を超える高さに成長し、ひと株から上がる花穂の数も格段に増えて、去年のこぼれ種があちこちで芽を出している。



画像


でも、不思議。
植えたのは白い花が咲くウエディングキャンドルの苗だけなのに、黄色い花をつけている子がいる。
生えている場所からみて、こぼれ種で発芽したもののはず・・・・

もしかして先祖帰り?
そう。実はこの子のご先祖様はバーバスカムともマーレインとも呼ばれる野生児。
日本ではビロウドモウズイカという名前で知られている帰化植物。
ほら、河原や道端で、黄色い花が咲く花穂を高々と立ちあげているあの子です。
でも、自生のモウズイカは花びらもシベも黄色なのだけれど、この子の場合、花びらは同じ黄色でも
シベは鮮やかな紅色。


う~~む。
ウエディング・キャンドルのポットの中に紛れ込んでいた他の園芸種の種が発芽したのかもしれない。
一旦は納得したつもりだったが、芽を出したのはポット苗を植えた場所とはずいぶん離れた所なのです。
ね。やっぱり不思議。






しかし! 雨上がりの不思議はこれだけではなかったのであります。

長い間雨に打たれて、黒っぽく変色した花芯だけ残してみすぼらしい姿になっていたフランス菊。
雨が上がったら刈り取らなくちゃ、と思いながら、ふと見ると・・・・・

画像


花芯から芽が出てる?!

思うに、すでに受粉していたたくさんの雄シベが種を結び、成熟して、長雨の中、地面に落ちることないままに発芽したのではなかろうか。
ポヤポヤした緑色がフランス菊の赤ちゃんだとわかった時は、思わず胸が震えた。





でも雨が上がって二日もしないうちに、小さな緑色の芽は茶色くなっていた。
ああ、こんなことなら、それと気が付いた時点で雑木林近くの草地に下ろしてあげればよかった。
あの草地がフランス菊でいっぱいになれば素敵だねって、あの時、Pと一緒に想像したのに。
たった1日、陽が差しただけで、小さな赤ちゃんたちはみんな干からびてしまった。
なんだかあの子たちを見殺しにしてしまったような気がして、胸が痛い。


雨上がりの庭は不思議だ。
植えたおぼえのない花が咲いていたり、雨に打たれて朽ちた花の残骸から新しい芽が出て来たり。
雨上がりの庭で発見したのは、つまり、みんな生きようとしているってこと。






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この記事へのコメント

HT
2015年07月14日 23:36
こんばんは。
お庭のお花たちをよく観察していらっしゃいますね。流石ですね。私なんかでしたら何も気が付かないと思います。お花を愛しているのですねぇ。
菊のお話へぇ~っという感じで読ませていただきました。下におろしてあげなかったことに胸を痛めていらっしゃるのですか優しいですねぇ。自然のことですから仕方のないことですが、可哀想ですよね。
急に暑くなってしまいましたですね。まだ梅雨明けしていませんからまた雨が来るのでしょうね。そしたら本格的な夏になりますね。
ANNA
2015年07月15日 22:28

aostaさん、こんばんは。

あの草地がフランス菊でいっぱいになったら素敵だね、ってあの時Pと一緒に想像したのに

いつも思うのが、記事の中で垣間見られるPapalinさんとaostaさんの間で交わされる会話
が、とっても素敵だな~ということ。
それにしても、たくさんのフランス菊が風に揺れる庭…想像しただけでウットリしてしまいます。
katananke05
2015年07月16日 10:22
草地が フランス菊がいっぱい 風にそよいでいる風景、、
うっとりしてしまいますね~
ターシャさんを 思い出しますよ~
Let`s try~

Solo のところで コメントいれたのに はいっていない、、  ??
元気で冬を越したのね、、
モウ大人に成ったから この先は大丈夫ね、、
がんばったね Solo!
ほんとに よかった~
2015年07月16日 11:06
◇HTさん

コメントありがとうございます。
長いこと続いた雨で、毎日窓ガラス越しに庭を見ていたものですから、雨が上がって庭にででびっくり!
中でもフランス菊の発芽には驚きました。まるで小さなカイワレ大根みたいな双葉がいっぱい! 思いついた時に植えてあげればよかったのですが、まだ雨が残る空模様でしたので、つい後回しにしてしまい、可愛そうなことをしました。
今日も台風の影響で朝から土砂降り。万が一また芽が出てきたら、今度こそ!
2015年07月16日 11:12
◇ANNAさん

会話、すてきですか(笑)?
たいしたことは話していないんですよ。普通の夫婦の会話です(;^ω^)
文字にすると、雰囲気が変わるのかしら?
ただ庭に出ているときは、お互い気持ちが穏やかになりますから、話すことも自然に優しくなるのかもしれませんね。庭の植栽について、ああしたい、こうしよう、と話すのは楽しいですね。

ところで、お友達からライ麦の穂をいただきました。
ライ麦がそよぐ風景も素敵でしょ?
2015年07月16日 11:19
◇katananke05さん

コメントありがとうございます。
ターシャ・テューダーの庭には到底及びませんが、そんなふうに言っていただけると何としてもフランス菊を増やしたくなりました。
コスモス畑、ライ麦畑もいいかしら、と思っています(^^♪

>Solo のところで コメントいれたのに はいっていない

驚いて確認してみましたが、katananke05さんのコメント見当たりません。
どこにいっちゃったのかしら? 悲しい。
ソロ、ひと冬、自力で越せたら、もう大丈夫だと思います。
偉いなぁ、ソロ。
keikoさん
2015年07月21日 23:16
最後の一文「つまり、みんな生きようとしているってこと。」に、すごく、すごく共感。うん、うん、ほんとそうだよね、と思いました。私は心を弱くしていた時期があり、朝な夕なに植物とふれあって癒されていました。彼らのひたむきな生に何度心を打たれたかわかりません。あるがままを良しとしている潔さ、素晴らしいですよね。ところで私、フランス菊って知らないんですよー調べてみまーす! ウエディングキャンドル、素敵ですね!
2015年07月22日 00:22
野原に咲いている黄色い花が、この植物の原種なのだろうと思いました。ロウソクに例えるのは良いですね。下から咲いていくというのは面白い。野生種の花は蜂蜜の香りがするのだそうですが(昔のロウソクは蜂蜜で作っていた)、aostaさんのお花も香りますか?

私が見ていたのはVerbascum thapsusで、フランスでもロウソクに例えて「cierge de Notre-Dame」と呼ばれているそうです。このフランス語名を聞くと、aostaさんには思い浮かぶのでしょうか? ciergeは、家庭で装飾に使うロウソク「bougie」ではなくて、教会で燃すロウソクのことだというのは私でも分かる。ノートルダムの大ろうそく、聖母マリアのロウソク、と思ったのですが、そのイメージでもないらしいのでした。

この茎を干すと松明として使え、死者を弔うために燃したところから名前が来ているのだそう。干し草と蠟の香りが立ち上がると知って、私も燃やしてみたくなりました。
http://artisancirier-cerata.over-blog.com/article-cierge-de-notre-dame-84752474.html

お通夜のイメージでは植物は売れませんから、品種改良にしてウェディング・キャンドルと呼べる華やかな品種を作ったのでしょうね…。

こんなに花がびっしり咲くのは好きな植物ではなかったのですが、あだ名を聞いたら親しみがわきました。でも、こういう風に棒のような茎に花が咲く植物としては、タチアオイの方が好きだなと思ってブログに書きました。aostaさんが次の記事で写真を入れていらしたホリホックです。フランスでは「聖ヤコブの杖」と呼ばれるそうです。
2015年07月23日 07:26
◇keikoさん

おはようございます。
植物は人の言葉では、何も語らないかもしれませんが、愛情を持って接すれば、言葉以外の方法で応えてくれるようにも思えてきます。
気持ちが弱くなっていると植物のわずかな変化が心に沁みてきますね。
蕾がほんの少しほころびただけでも、微かな葉擦れの音がしただけでも、心が揺れる。そんな時が私にもありました。
朝と晩とでは、庭の見え方も変わってきます。
朝日を浴びて、勢いに満ちた庭も清々しいですが、夜になる前、これから眠りにつこうとしている静かな庭も風情があります。
フランス菊は、どこにでも咲いているごくありふれた花です。ありふれた花ではありますが、じっと目を凝らせば精緻な美しさと命の不思議に満ちています。
きっとkeikoさんもご存知だと思います(*^^)v
2015年07月24日 08:48
◇Otiumさん

お返事が遅くなってしまい申し訳ございません。

野原に咲いている黄色い花、多分Otiumさんが想像していらっしゃる花で正解だと思います。年を重ねるごとに大きくなる多年草なので、1mを優に超えるまで成長することも珍しくありません。昔は細かく柔らかい毛が密生する大きな葉を靴底に敷いて利用したという説もあるようですが、蝋燭として野辺の送りに用いることもあったのですね。
我が家には今回アップした園芸種だけでなく、どこからか運ばれた種から芽がでた野生種のものも花を咲かせています。
園芸種に比べると、野生のものは花が少ないようにも感じますが、Otiumさんが仰るように、微かな蜂蜜の香りがします。
蜂蜜で作った蝋燭は、輸入雑貨のお店などで時々見かけますが、買ったことはありません。火をともすと甘い香りがするのかしら?
同じ蝋燭でも教会で使われるものと、家庭で使うものとでは呼び方が違うというあたりは、Otiumさんが鳩の呼び方について教えてくださったと時にも感じましたが、いかにもフランス的だと思います。

干し草と蜂蜜の匂い・・・・
松明の代わりに使えるということは、それだけ油を含んでいることなのでしょうね。経験したことのない香りなのに、なんだか懐かしいような気持ちになりました。

「聖ヤコブの杖」!
タチアオイにそんな素敵な名前があったなんて(^^♪
タチアオイは私の子供時代の記憶と結びついている懐かしい夏の花です。それにつきましては、Otiumさんのブログにお邪魔したときにお話しさせていただきますね。
2015年07月25日 06:33
>微かな蜂蜜の香りがします。
ああ、やはり、そうなのですか。

現在のようなロウソクの製造ができるようになる前は、ロウソクは非常に高価だったと聞いています。ヴェルサイユ宮殿にマリー・アントワネットが作った小さなオペラハウスでは、半分の形にした燭台を鏡の前に置いて、ロウソクを節約する工夫をしていました。当時の庶民は、この植物を松明にして、教会でミサのときに灯しているロウソクの香りを楽しんだのかもしれない、と思いました。

>タチアオイは私の子供時代の記憶と結びついている懐かしい夏の花です。
そうだったのですか。お話しを聞かせてくださるのを楽しみにします。
2015年07月25日 06:35
>蜂蜜で作った蝋燭は... 火をともすと甘い香りがするのかしら?

ミツバチ飼育農家が蜜蝋のロウソクも作って朝市で売っているのに出会いますが、燃すにはもったいないので買わないで、眺めるだけ。私のピアノには燭台が付いているので4本それを付けていますが、火を灯したことがありません。普通のロウソクより高いので燃したらもったいないというより、ハチの巣模様が余りにも美しいので溶けさせる気にならないのです。

作ったばかりのは蜜の香りがしますが、何年も飾っていた私の蜜蝋ロウソクに鼻をつけても匂いはありませんでした。燃すと香りが出てくるのかもしれませんが。

日本のピアノには燭台が付いていないと思いますが… と書こうとして、確認のために検索したら、私のピアノと瓜二つのが出てきたので驚きました:
http://piano-clinic2.jugem.jp/?eid=55

私のピアノはラモー社の名前が入っているのでメーカーは違うのに、彫刻や譜面台や燭台のデザインは全く同じ。どうしてなのかと疑問が生まれました。日本でのお値段が高いのにも驚き。私のピアノは、逃げた奥さんが残していったピアノを処分したかった人がアンティークショップで売っていたもので、音も確かだし、この安さなら、ピアノがまともに弾けなくても玩具にできると思って購入したのでした。

ピアノの燭台に差し込んでいる蜜蝋ロウソクは、ミツバチの巣というか、ゴーフルの模様がある蜜蝋の板を丸めて作っているロウソクです。固めて動物の形などにしている蜜蝋もありますが、美しいとは思いません。飾りを付けるなら、こんなのだったら可愛いと思います:
http://media.cdnws.com/_i/35712/288/1102/90/400-bougie-ange-cire-d-abeille.jpeg
2015年07月28日 06:16
◇Otiumさん

おはようございます。
おととい出先で、私が憧れているハーブの大先輩にばったりと顔を合わせました。
松明として使えるというバーバスカムについて、訪ねてみましたらやっぱりご存知でしたよ。「ああ、魔女のろうそくね。」って。
「魔女のろうそく」!!
花が咲いた後の種に油分が多く含まれているようです。死者のための松明という言い方にしても、魔女の蝋燭という言い方にしても、なんてドラマティック名前かしら。
添付してくださったリンク先のお写真にもありますが、バーバスカムはよく分岐してたくさんの花穂を立ちあげる様子は、まさに燭台に飾られた何本もの蝋燭を連想します。

教会の蝋燭の匂いは私も大好きです。
子供の頃の思い出がよみがえってきます。
我が家のウエディング・キャンドルも乾燥させて、魔女のろうそくよろしく、火をともしてみたくなりました。野生種のものより花つきが多い分、たくさん結実するでしょうから、よく燃えるような気がします。

タチアオイにつきましてはotiumさんのお宅でお話させていただいているうちに、いろいろな思い出がよみがえってきました。重複するところもあろうかと思いますが、また私のブログでも取り上げてみたいと思っています(^^♪
2015年07月28日 06:58
◇otiumさん

燭台つきのピアノをお持ちなんですね?!
ほとんど垂涎状態のaostaであります。燭台付のオルガンもありますね。電気がない時代、蝋燭の明かりで演奏された音楽のことを思うといろいろな想像が広がってゆきます。同じ時代のピアノでもコンサート用の楽器になると燭台はついていないようです。きっとコンサートホールにはまばゆいばかりに蝋燭がともされていて、演奏することに不自由はなかったのでしょう。家庭でピアノ演奏を楽しむ場合は部屋全体を蝋燭で煌々と明るくするような贅沢はできませんから、楽譜と鍵盤が見える部分に燭台が付いたのかもしれませんね。夜、ピアノの周りだけがぽおっと蝋燭の明かりに浮かび上がるなか、家族がみんなピアノの近くに集まって音楽を楽しんでいる光景が目に浮かんできます。
2015年07月28日 07:00
◇otiumさん

文字数制限にひっかかりそうなので、二つに分けますね。

お持ちのピアノについて、私も興味がわきましたので調べてみました。
フランスのピアノメーカー、ガボーは1960年代に、経営難に陥っていたエラール社と合併しガボー・エラールとなり、さらにはプレイエル社とも合併して一大ピアノメーカーになったようです。エラールはリストが、プレイエルはショパンが愛用していたことで知られています。結局ガボーエラール社もドイツ資本の傘下に入り、フランスが誇るプレイエルの響きが失われることを憂いた仏政府の働きかけでプレイエルの技術指導のもと、ラモー社が設立されたようです。ラモー社の銘が入っているのに、ガボーのピアノと瓜二つのデザインというのはこの辺りに原因があるのかもしれません。
http://www.piano-plaza.biz/gaveau.html

それにしてもガボー社やラモー社の時代には、蝋燭を灯してピアノを弾く必要はなくなっていたでしょうに、あえて燭台付のデザインを残しているというところはフランス的というか、ヨーロッパ的な美意識を感じて嬉しくなります。
2015年07月29日 06:00
ピアノについて調べてくださって、どうもありがとうございます! ラモーという名は、私が住んだこともあって親しみを持っているディジョン生まれの作曲家の名前なので、何かのご縁と思って購入しただけだったのでした。

プレイエルと関係を教えていただいたので調べてみたら、出てきました。私のピアノは、プレイエルが百年余り生産してきた「Romantica」というモデルでした。ルノワールの「ピアノに寄る少女たち」に描かれているピアノなのだそう。ルノワールは好きなので、嬉しい発見をさせていただきました♪

http://www.pianosesther.be/Pleyel.htm

プレイエル社が生産中止になったのは残念…。フランス経済は本当に危機的状態にあります。パリのコンサートホールで一番好きなのは、味気ない建物だけれど音響効果が素晴らしいサル・プレイエルなのですが、こちらは健在のようでした。

>燭台つきのピアノをお持ちなんですね?! ほとんど垂涎状態のaostaであります。
⇒ このピアノをaostaさんのお家に置いたらピッタリと雰囲気が合ってステキだろうな… と想像したので、関係ないのに書いてしまっていました。猫に小判、宝の持ち腐れという表現は、こういう場合のためにあるのでしょうね~!
2015年07月29日 06:09
フランスでは日本ほどには子どもにピアノを習わせないのですが、古いピアノをインテリアとして置いている家が多いのが面白いです。誰も弾く人はいないし、調律不可能の壊れたピアノであっても、居間に飾っているのです。飾りにするのは燭台付きのピアノ。

私が憧れるのは、博物館で見る、18世紀までに製造された美しいクラヴサンです。描かれている絵画が素晴らしいだけではなくて、触らせてもらったときには、キーを押しただけの音でもゾクゾクするほど感動しました。

黒いピカピカのピアノは好きではありません。それに、古楽器の音が好きです。演奏家は能力を発揮できないので不満を持つかもしれませんが、柔らかい音が心地良い。ショパンを彼の時代のピアノで聞いた演奏会のURLを入れます。でも、もっと感動的だと感じるのは昔の管楽器と弦楽器が出す音です。パパリンさんは、古楽器でも演奏されるのでは? 最近のフランスでは古楽器にこだわる愛好家たちがいると感じています。
2015年07月31日 13:52
◇Otiumさん

ラモーはクラヴサンのために多くの魅力的な曲を残していますが、ディジョン生まれだとは知りませんでした。父親がディジョン大聖堂のオルガニストだったのですね!
リュリやクープランと同じく私も大好きな作曲家です。そのラモーの名前を冠したピアノがあったということを今回Otiumさんのおかげで初めて知りました。
ルノワールの「ピアノに寄る少女たち」は、よく知っているつもりでしたが、はて?燭台付のピアノだったかどうか記憶になかったので調べてみました。ほんとだ!!
見れども見えずとは、このことでしょうか、面台の横に燭台が描かれています!! 
ルノワールが描いたものと同じピアノだったんですね。

>フランス経済は本当に危機的状態にあります。

そう言えば、以前香水業界でも同様のことが起きていると書いていらっしゃいましたよね。企業の合同合併は功利最優先の資本主義の中にあってはもっとも合理的なやり方なのかもしれませんが、文化や伝統という形のないもののほとんどはおよそ功利的でも合理的でもないのが普通です。追い打ちをかけるようなグローバリズムの拡大は百害あって一利なしだと思います。ある意味、日本の文化を最高に洗練させたのは江戸時代の鎖国制度にあったのですから。
2015年07月31日 14:23
◇Otiumさん

>古いピアノをインテリアとして置いている家が多い

これは私には、とても良くわかります(^^♪ 音楽を奏でてこその楽器であることは間違いないとおもいますが、同時に楽器は形状的にも非常に美しく洗練されたものが多く、視覚的な喜びを与えてくれるからです。クラブサンはその最たるものと思います。
クラブサン(チェンバロ)の盛衰につきましては過去記事でも書きましたが、お読みになられていないようでしたら、ご参考までに(^^ゞ
http://folli-2.at.webry.info/201210/article_1.html

>演奏家は能力を発揮できないので不満を持つかもしれませんが

確かにモダン楽器を専門とされている方が古楽器を演奏されたとするなら、音量やデュナーミクの幅が少ないことで、音楽的な表現が難しいと感じられる場合もあるかもしれませんね。でも古楽の演奏家はモダン楽器からみたら制約と感じられるそのこと自体を愛していらっしゃるのではないかと思います。
音量的に言えば、古楽器での演奏会は大きなホールではなく、個人的なサロンで少人数を対象とした音楽会が普通でしたから、大きな音は必要ではありませんでした。演奏者と観客は時に立場を入れ替わっては互いに演奏したり聴いたりすることを楽しみました。けれども古典派以降、演奏者はあくまで演奏する側、観客は聴くことに徹する方向へと進み、演奏者と聴衆との距離は現在に至るまで大きくなったままです。
最近の古楽演奏の復活は、こうした現状に対するひとつのメッセージなのではないかしら。互いの体温や呼吸が感じられる距離で演奏する音楽。楽器的な制約がある中で、どれだけデュナーミクを感じさせる演奏ができるか、それはむしろ古楽器を演奏する上での醍醐味とも言えるのではないでしょうか。




2015年07月31日 15:07
◇Otiumさん

管楽器、弦楽器はたまた鍵盤楽器に至るまで、およそ古楽器と呼ばれているもののほとんどが、一度は忘れ去られ、20世紀になって再び見出されたものばかりです。
古楽器が忘れられてしまったのは、楽器として未完成であったからではありません。古楽器は楽器としてすでに完成されたものでした。しかし時代が変わり、音楽のスタイルが変わったことで、活躍の場を失い、演奏方法さえも忘れられていったのです。
そしてマンロウやブリュッフェンといった古楽器の先達によって再び歴史の表舞台に登場することとなったわけですが、時代は今、古楽の響き、というか古楽の時代の人と音楽との関わり方を再び必要としているのかもしれませんね。
http://2style.net/misa/kogaku/kogaku_01.html

>パパリンさんは、古楽器でも演奏されるのでは?

リコーダーは古楽器ですから、古楽器奏者ですよ(*^^)v
リコーダーが最も活躍していた時代に作られた楽器をそのまま復元(再現)したオリジナル楽器によるバロックピッチでの演奏は、同じリコーダーでもモダンピッチのそれとは、微妙に異なる、陰影に富んだ響きがします。モダンピッチとバロックピッチを比べるとバロックピッチの方が半音ほど低いのですが、この半音の違いで印象が変わるのかもしれません。もちろん現在P氏が愛用しているリコーダーはステンズビーやデンナーをはじめとするオリジナル楽器だけでなく、モダンピッチのリコーダーもあり、演奏する曲や場所、、共演者によって使い分けています。
2015年08月03日 15:13
チェンバロの盛衰の記事へのリンク、ありがとうございます。実は私が触らせてもらったチェンバロは、現代の日本で作られたものだと言われました。素晴らしい音で、楽器としても美しかったのです。もしかしたら久保田さんのところの製造だったのかなと思いながら記事を斜め読みにしていたので、改めて読ませていただきました。

>現在、古楽器、若しくはピリオド楽器と呼ばれるこれらの楽器は、既に完成されたものであった。忘れ去られてしまったのは、楽器が不完全だったからではなく、時代が要求するものが変わった結果であった。
⇒ そういうことなのでしょうね…。現在のピアノも、私はピンピンに張った調律の演奏は好きではありません。

私が好きなのはマーラーとブルックナーくらいまでの音楽です。音楽は本来心地良いもののはずだと思っているので、不快感を抱かせるような音楽が耐えられません。ディジョンのコンサートホールで現代音楽を聞いてから廊下に出たら卒倒してしまったことがありました。救護室に運ばれて、コンサートが終わるまで寝ていくように言われたのですが、次に演奏する『シェヘラザード』を聞きに来たのだからと言ってホールに戻ったら、指揮者と同時に入ったので拍手が鳴り響き、演奏が始まって5分もしないうちにすっかり元気になってしまいました。

ニワトリが先か、卵が先かの問題でしょうが、古楽器では神経を逆なでするような音楽を演奏することは不可能なのではないかと思うのですけれど…。

>音量的に言えば、古楽器での演奏会は大きなホールではなく、個人的なサロンで少人数を対象とした音楽会が普通でしたから、大きな音は必要ではありませんでした。
⇒ それも大きいのでしょうね…。
2015年08月03日 15:15
>演奏者と聴衆との距離は現在に至るまで大きくなったままです。
⇒ 小さな規模のコンサートには魅力があります。ブルゴーニュにある美しい城塞都市のスミュール=アン=ノーソワ町には、ヨーロッパで最も小さいというオペラ座があります。20世紀初頭に火災があったので質素ではありますが、昔の趣はあります。東欧から演奏者たちを招いて、町の人たちが自宅に泊めてあげるというシステムの音楽祭を開いていました。ほとんどボランティアの人たちが来てオペラを上演していてくれたわけですが、モーツアルトのオペラなどはこういう規模で見るべきなのだと思うくらい気に入って、毎年行っていました。この一体感といったら例えようがないくらいに素晴らしいのです! でも、町長が変わったら音楽祭は止めてしまいました。

>リコーダーは古楽器ですから、古楽器奏者ですよ(*^^)v
⇒ 無知で失礼しました~!♪ 古楽器というのは昔に作られた楽器と思っていたのですが、古い様式お楽器を指すのですね。正直なところを言ってしまいます。以前にリコーダーとは何かを調べたら「学校で使っていた、あの笛です」と出てきたので、ひゃ~と思って、その先は調べなかったのです。貧しい家庭でも買える笛なので教材にしたのでしょうが、あの音は耐えがたかったという記憶しか残っていません。

「リコーダー」という現代風に聞こえる呼び名が気に入りません。改めて調べてみたら、フランス語では「flûte à bec」で、ああ、あれか、と分かり、Cantigas de Santa Maríaの中の好きなメロディーが頭の中で響いてきました。フランス語でも美しくない呼び名ですが、少なくとも古楽器を連想させます。

リコーダーは奥が深いのですね。いつの日かパパリンさんの演奏を聞く光栄にあずかれるのを期待しています。
2015年09月22日 20:01
◇Otiumさん

長い間お返事をお待たせしたままで、申し訳ございませんでした。
更年期障害?この2か月はなんだか気持ちが低迷してPCを開くことさえおっくうで、ただ何もせず時間だけが過ぎたように思います。コンサートのおかげで、強制的にスイッチを入り、なんとか復活の兆しが見えてきたところで風邪をこじらせ、またまたダウン。思うようにはいかないものですね。肺炎かはたまた喘息かとも疑われた咳も何とか治まり、明後日24日と27日はまたコンサートなので、今日一日その準備に追われていました。
2015年09月22日 20:25
◇Otiumさん

高校生の頃、NHKのFMラジオの「バロック音楽の楽しみ」という番組が毎朝の大きな楽しみでした。確か6時30分ころから始まるその番組を聞くために早起きも気になりませんでした。解説は皆川達夫さんなど今思えば日本のバロック音楽の重鎮で吉田秀和さんが解説をしていらした時もあったように思います。その番組で紹介されたブロックフレーテなる楽器が、小学校時代の習ったリコーダーと同じだと知ってショックを受けた記憶があります。私が詩っていたリコーダーはソプラノのキンキンした響きが耳障りな、美しくない楽器というイメージでした。ところが、ブロックフレーテで演奏されるバッハやヘンデルの曲の響きは同じ楽器とは思えない!もちろんプラッスティックの楽器で、正しい音程で演奏することができなかったゆえもあったのでしょうが、あれはまさに衝撃でした。同じプラスティックのリコーダーでも現在のYAMAHA製のものは木製のものには敵わないまでも世界的にその音色が評価されるまでになっています。後はテクニックかな(*^^)v いまだにリコーダーはクラリネットやフルートなどの楽器を経験する前の準備段階の楽器、と言うイメージが強く、どんなにリコーダーが好きなお子さんであっても、中学校にはいると吹奏楽部に入ってほかの管楽器に移行せざるを得ない、という現実があります。芸大ほか音楽大学でも古楽科リコ-ダー専攻があるというのに、認知度はまだまだ低い。本当に残念です。
2015年09月22日 20:25
◇Otiumさん

そうそう、リコーダーのことをイタリア語ではflauto dolceといいます。ドイツ語のBlockflöteに比べ、ずっと音楽的で素敵な呼び方ですよね。
フランス語のflûte à becの語源は鳥の嘴とか。歌口の形状から連想したのでしょう。ドイツ語の直接的な名前に比べれば、嘴のほうがまだしもだと思います(^^ゞ

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