「8 clouds」 at 蓼科三井の森



「小泉八雲の『怪談』話を、歌や音楽と朗読で」

こんな素敵な惹句にひかれて出かけたのは、またもや蓼科「ハーモニーの家」。




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プロローグともいうべき「ゆうれい屋敷」は、「歌う」ことで「語る」という試み。
オペラ歌手土屋清美さんの声量のある晴れやかなテノールが、ここでは、半音の連続と微妙な間合いによって、
不思議な陰影に彫琢されてた。

「ゆうれい屋敷」と噂される古屋敷に越してきた侍が、幽霊に声をかけたことから物語は始まる。
「せめてお茶でもいれてくれんか。」「人の部屋に入るなら、ちゃんと声をかけなさい。」
侍の言葉に律儀に応える幽霊、生前は武家の妻女か、奥女中かという風情。
それも、言いつけられた仕事をする前には、必ず鏡の前に座って身づくろいするといういじらしい幽霊である。
しかしながら幽霊の幽霊たるゆえんか、鼻や口はあっても残念なことに目がない。
ある晩遅く、家に戻ってきた侍は、待ちくたびれて転寝をしていた幽霊の顔に情け心か出来心か、
目を書き込んでしまうのだが・・・・
侍に声をかけられて目を覚ました幽霊は、鏡に映った自分の姿を見るなり「おばけ~。」と叫んで消えてしまう。
以来、幽霊は二度と侍の前に姿を現すことはなかった・・・。

最後のオチで一見笑い話かとも思える内容なのだけれど、よく考えてみれば、これは「生」と「死」の二つの世界の物語。
どちらが「実」で、何が「虚」なのか、実際のところはだれにもわからない。
ある時まで共有できていた場所が、ひとつの行為によって失われるという、ある意味、身につまされるお話でもあります。



このあとに演奏されたのは、クープランの「プレリュード」。
つややかで深いチェロの響き、ひそやかなピアノの滴りは、いかにもこの物語の終わりにふさわしく思えると同時に、
これからの展開に期待を膨らませる、まさに「プレリュード」でありました。

クープランに続いて小泉八雲の「怪談」の中から「かけひき」「耳なし芳一」「雪おんな」の朗読が始まった。
朗読とはいえ、そこはプロの俳優さんたち、若手とは言え、迫真の声色、表情、身振り。
同じ物語の中で、ひとりふた役という場面もありながら、草履を足袋に履き替える、作務衣のうえに袖無し半纏を羽織る、
脱ぐ、といったちょっとした小道具と動作によって、すっとその役になりきる、その役で見せる、聞かせる。
朗読というよりは、むしろストイックな身体表現そのものだ。

朗読の合間合間に、ピアノとチェロの演奏が入り、土屋さんの歌が入る。
どの曲も、これ以外にはないと思われるほど、絶妙の選曲。
八雲の「怪談」のなかでもよく知られた「耳なし芳一」。
九死に一生を得たとは言え、両耳を失った芳一のその後の想いを代弁するかのような歌「ひぐらし」。
雑木林から聞こえてくるひぐらしの声が、歌の中のひぐらしのイメージに、ユニゾンのように重なって、
意図せぬ、しかし素晴らしい効果を上げていた。

物悲しい「ひぐらし」の歌詞と旋律は、そのまま私たちを美しくも妖しい「雪おんな」へと誘う。
スタッフ手作りだというウィンド・マシンが、吹きすさぶ吹雪の中の物語の始まりと終わりを告げる。
自らあの時の雪おんなであることを告げて、男のもとから去ってゆく「ゆき」。
そして取り残された男の放心そのままに、フォーレ「夢のあとに」が演奏される。
余韻情状のチェロ・・・
続いて北原白秋の詩、山田耕作作曲による「鐘が鳴ります」が切々と歌われる。
寒空の遠くから聞こえてくる日暮れの鐘。夕映えも薄くなった空に星が出る。待ち人は来ない。
ここでも大切な人を失った男の想いと音楽がしみじみと重なる。

言葉が音楽を導き、音楽が想い深くする。
なんと心憎い演出!しかも完璧!!


こじんまりとしたホールは熱気に満ちて、拍手する掌が痛い。
それまでの雰囲気と一転、元気で楽しい曲「L-O-V-E」を合唱しながら、出演の皆さんが再び姿を現す頃には、
会場に熱い拍手と手拍子、そしてたくさんの笑顔!!
ステージの上も下も一つになった高揚感のうちに幕は下りた。


とにもかくにも完璧な構成と演出に、興奮さめやらないまま会場を後にした。
先月の「サマー・コミングル」でご一緒させていただいた土屋さんの御縁で、素晴らしい時間を堪能した私、
早くも来年を楽しみにしているのでありました。







              ♪「ゆうれい屋敷」       川崎大治・詩/猪本隆・曲
              ♪「ひぐらし」          北山冬一郎・詩/團伊玖磨・曲
              ♪「鐘が鳴ります」       北原白秋・詩/山田耕作・曲

              ♪「L-O-V-E」         Milt Gabler/Bert Kaempfert









この記事へのコメント

カタナンケ
2013年08月23日 13:40
とっても 興味深い 催しですね、、
近くなら 絶対はせ参じているわ~
わたしも 以前 造り酒屋の酒蔵で 女琵琶師のかたの
「耳無し法一」を 聞いたことがありますが
こわ~い お話なのに かなしくて 涙がでましたよ~
すなはまを 落ち武者たちの亡霊が ざっざっと
歩いてくる音など よくぞ 琵琶で でるものと
驚きましたよ~
2013年08月23日 19:11
◇カタナンケさん

しばらく前私も薩摩琵琶で「耳なし芳一」の語りを聞いたことがありますよ。
女琵琶師のかた、名前は失念してしまいましたが、こちらは確か平家琵琶の方だったのではないかしら?びんびんとおなかに響く低音の薩摩琵琶と荒々しいまでのバチさばきが印象的でした。琵琶は弦楽器ではなく打楽器、との感を強くした経験でもありました。 今回の「耳なし芳一」は、朗読の際は楽器や音楽は用いず、その前後に歌や演奏が入るという趣向でしたが、これがぴったりでした。雰囲気を盛り上げると同時に、ちょっとしたインターミッション的役割も果たしていて、なんとも小粋な演出でした。

>すなはまを 落ち武者たちの亡霊が ざっざっと歩いてくる音・・・・

いつもでしたら何ということもない音でも、物語の中ではいかにも不気味に聞こえてきますね。女官たちの亡霊が、芳一が語る「壇ノ浦」の段に涙する場面など、ざわざわと恐ろしくまた哀れでなりません。

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