消えがてのうた part 2

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zoom RSS アントニン・レーモンドの旧井上邸

<<   作成日時 : 2010/11/28 21:46   >>

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高崎まで熊田千佳慕展を見に出かけた折り、
予備知識もないまま美術館に隣接した旧井上邸に足を運んだ。


八ヶ岳山麓の自宅では雪が舞う日もあると言うのに、北関東はまだ秋だった。
秋草が揺れ、樹々が鮮やかな色に染まるこじんまりとした庭園を抜けると、旧井上房一郎邸だ。
庭先まで深く伸びた軒。
その軒の一部がコの字形に透明なガラスが張られてパティオ風の作りになっている。
後から気づいたのだが本来の玄関は、美術館側から入るために用意された便宜上の入り口のちょうど反対側にあった。
玄関から訪なうと、廊下を挟んで向かい側になるこのパティオから差し込む光を通して庭が見える設計だ。

仮玄関でスリッパに履き替えて室内に入ると、広々とした和洋折衷のモダンな空間が広がる。
思わず受付の女性に建築年を訪ねると昭和27年という答えが返ってきた。
その上さらに、設計者はアントニン・レーモンドだと言う!
大正の時代、帝国ホテルの設計を依頼されたフランク・ロイド・ライトとともに来日したチェコの建築家レーモンドは、
戦前、戦後を通して40年余りを日本で過ごし、日本の近代建築に大きな影響を与えた。




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邸内の天井と壁を支えるために組まれた鋏状トラスと呼ばれる木組みが、美しい幾何学的なリズムを作り出している。
建築資材に不自由した時代の日本で、レーモンドの創意によって生まれ、機能と美しさを併せ持ったトラス、
日本の気候風土を考慮した深い軒、引き違いの襖による間仕切り、
建具を軸組の構造の芯から外して納める「芯外し」の手法によって可能になった南側の広い開口部など、
後にレーモンド・スタイルと呼ばれる木造建築である。





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壁面に作りつけになったシンプルな棚や机。
直線的でモダンなデザインのテーブルや椅子に、
障子や和紙貼りの引き戸に反射する光が柔らかい。





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懐かしい白熱灯は、傘にも、電球にも工夫が凝らされて
明るく光を放ちながらも眩しさを抑えたデザイン。





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天井を仰げば、当時のまま瀬戸物の碍子(がいし)。





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嬉しい発見はガラス戸の真鍮のネジ鍵。
二枚のガラス戸の鍵穴をきちんと合わせて鍵を差し込み、
指先でくるくる廻して鍵をかけた”あれ”。





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三日月形のものと、丸い形の二種類。
戸締りのたびカタカタと鳴ったガラス、
ネジを廻した時の、小さく軋んだ音が懐かしい。






思えば、レーモンドは私の母校のチャペルを設計した人でもあった。
懐かしいキャンパスの建物の中でも、日々の礼拝に集ったチャペルの、
シャープな直線と大きく弧を描くような曲線とで構成された空間に包まれるといつも気持が鎮まった。
水平と垂直の線が交差するその場所は、穏やかでいながら背筋がぴんと伸びる不思議な場所であった。

この井上邸の佇まいは、和の静謐と洋の機能性とが美しく調和して、初めて訪れたにも関わらずどこか懐かしい。
この家の主であった実業家井上房一郎は、レーモンドと深く親交を結んだだけでなく、
ナチス・ドイツから逃れたブルーノ・タウトを高崎に招いた。
周知の通り、タウトはこの来日で京都の桂離宮を訪れ、「日本の美」を世界に問うた人である。

芸術を愛し音楽への造詣も深かった井上は、群馬交響楽団の創設や群馬音楽センター設立に尽力したという。
群馬音楽センターはレーモンドの代表作のひとつとなっている。





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庭に出ると、あられこぼしに平石が組まれた小径で秋草が揺れていた。

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このブログのタイトルを「アントニン・レーモンドの旧井上邸」としながら、
写真も文章もレーモンド的空間ではなく、懐かしい細部の記述に終始したことをお許しくださいますように。






          ★「旧井上邸の庭」 → http://folli-2.at.webry.info/201011/article_15.html






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アントニン・レーモンド 「夏の家」
睡鳩荘に心を残しながらも、次に向かったのはアントニン・レーモンドの設計による「夏の家」。 ...続きを見る
消えがてのうた part 2
2011/10/18 21:04

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コメント(18件)

内 容 ニックネーム/日時
素敵なお屋敷ですね。細部まで凝っていて、見とれてしまいました。
私は古い建物が好きで、中でも和洋折衷の建築には魅かれます(建築家については無知ですが・・・)。木のぬくもりがありますね。ネジ鍵、思わず触れたくなります。障子や窓からこぼれる光や景色も。
琳々
2010/11/29 14:07
aostaさんは、建築や庭園にも造詣が深いのですね、
びっくりしてしまいます。^^
音楽、美術、文芸、植栽、多趣味で羨ましいです。
harukaeto
2010/11/29 21:02
午前中にも拝見しましたが、忙しく、またの再訪です。
建築物を見て書くときの視線の置き所といったことを学ばせていただきました。
当地にも何々邸といった建造物が保存されていますが、さて、この建物がどういったものであるか書いてみなさいといわれた場合、“感じ”だけでは人に伝えることができないでしょう。ん、これはちょっと雰囲気が変わっている面白いとおもったときに、きちんと語彙で説明できなくてはならない。
 設計、私の行っている教会には一級建築士が2人おりますが、法規とにらめっこしながら創意工夫、絶えず緊張を伴う細かな神経を使う仕事と見えていますが。
>玄関から訪なうと、廊下を挟んで向かい側になるこのパティオから差し込む光を通して庭が見える設計だ。
 差込む光を生かす“計算”。いよいよ庭が建築物の延長線上に特別な意味合いを帯びた庭として出現するしかけ(当たっていないときには仰ってください)なのですね。設計者の腕の見せ所の一端であるかもしれません。
 aostaさんの母校がレーモンドの設計だとは!
当たり前のことですが優れた設計者になる建築物にはやはりどこか心を捉える美観がありますから、胸中には様々な思い出と結びついてそれが生きているのかもしれません。幸いなことでしたね。
 群響の創設に尽力された方のプロフィールも、この機会に知ることができました。感謝でした。
bunbun
2010/11/29 21:31
◇琳々さん

こんばんは。
私も大正から昭和初期の和洋折衷の建築画とても好きです♪
ノスタルジックというかロマンがあるような気がします。
当時の日本人の大工さんたちの初めての洋風建築に挑んだ気概を感じてしまいます。この井上邸の設計者はレーモンドですが、日本の建築の優れているところをためらわずに取り入れているところもすごいですね。

障子から差し込む光りの柔らかさは特別です。
今となっては、我が家に和室がないことが残念な気がします(笑)。
aosta
2010/11/29 22:19
◇harukaetoさん

造詣が深いというより、単純に好奇心が強いだけと言った方が当っていると思います。一度興味をもつと、かなりしつこいかも(爆)。
でも実生活ではあきらめが早い方だと思います。
こちらでもとことんやれれば、人生が変わっていたかもしれません(笑)
aosta
2010/11/29 22:26
◇bunbunさん

優れた建築は一つの空間芸術だと思っています。
ただこの「建築」の概念は西と東とではかなり違っているように思います。
西洋では、都市の成り立ちから始まって、建築物(住宅を含む)は、外界から閉ざされた空間です。家の中と外もはっきりとした境界によって分かたれています。
でも「東」の日本にあって建物の中と外は有機的に繋がっています。むしろ「自然」が住まいの中に入り込んでいる感覚とでも言いましょうか。
こんなところからも、人間と自然の関わり方の違いが見えてくるような気がします。まさしく「庭が建築物の延長線上に特別な意味合いを帯びた庭として出現するしかけ」だと思いますが、「出現」とは素敵な表現ですね♪
私は建物に対する想いが人一倍強いのかもしれません。幼稚園に入る前に住んでいた家の間取りや、幼稚園・小学校の平面図、仲の良かったお友達の家は間取りだけでなく、襖や型ガラスの模様、トイレやお風呂場のタイルの色や形まで鮮明に覚えています。自分の家ならともかく、我ながら妙だとは思うのですが(笑)・・・
aosta
2010/11/29 22:44
写真いいですね。
aostaさんの微視的な眼差しが感じられます。
日本近代は、西洋への憧憬と日本回帰が複雑に絡み合って魅力的な表現を生み出したような気がします。
建築の中にある精神性あるいは幻想を想像するのは楽しいことかもしれませんね。
ねこギター
2010/11/29 22:53
◇ねこギターさん
 こちらにもコメントをありがとうございました♪

>写真いいですね。

ありがとうございます。あれこれ注文を出した結果、です(笑)
Pにはただただ感謝!

>日本近代は、西洋への憧憬と日本回帰が複雑に絡み合って魅力的な表現を生み 出したような気がします。

憧憬と回帰、本当にその通りだと思います。
近代建築を訪れて感じるのは、確かに「憧憬」ですね。憧れても完全に到達することのできない空間、それが当時の西洋建築だったのかもしれません。
完全な到達があり得ないところから生まれる焦燥が、やがて循環する円のように日本的なものへと戻ってくる・・・しかしその時点で「日本的」と言う言葉が象徴するように「完全な日本」から微妙に差異を感じている。私は拮抗するこの感覚を美しいと感じます。

>建築の中にある精神性あるいは幻想

私が一番精神的かつ幻想的と感じる場所は階段、若しくは橋です。
そして「橋」の対極にある(と私が感じている)塔です♪
aosta
2010/11/29 23:34
いい雰囲気ですね。
母校、というと、あれかな。。。?
一時、毎週通っていたかも(謎)
かげっち
2010/11/30 12:31
◇かげっちさん

こんばんは。

>一時、毎週通っていたかも

えっと、母校は女子大ですが、かげちさんて女性でしたか(笑)?
aosta
2010/11/30 21:19
女子大の学生は「毎日」でなく「毎週(1回)」大学に通うのですか?(笑)

私が想像しているチャペルだとすると、当時の私が通っていた近くの教会が会堂を再築する間、半年ほど借用して日曜礼拝をさせていただいていたのです。「毎週日曜になると女子大に通っている怪しい男」と思われてしまったことは言うまでもない

その教会には女子大の先生も何人かいたはずです(児童心理やドイツ文学)。
かげっち
2010/12/01 12:26
◇かげっちさん

>女子大の学生は「毎日」でなく「毎週(1回)」大学に通うのですか?

思わず笑ってしまいましたが、我が母校の名誉のために弁明をお許しください。
私を含めて、みなまじめに勉強していましたよ。
この大学と並んで、渋谷のミッションも受験したのですが、場所がら華やかなキャンパスに気おくれを感じて、都心を離れた大学を選びました。結果的には○だったと思います(^^♪
通ってらした教会の近くに”福”の字が付く池がありましたか?

>「毎週日曜になると女子大に通っている怪しい男」

ともあれ、かげっちさんが女性ではなかったようで、ひとまず胸をなでおろしました(笑)
aosta
2010/12/01 22:16
池は知っていますが、教会(プロテスタント)はもっと駅に近い百貨店のそばにありました。
かげっち
2010/12/02 12:45
◇かげっちさん

あのあたりにはいくつも教会があったように記憶しています。
もしかしたらあの頃、どこかでニア・ミスしていたかもしれませんね(笑)。
aosta
2010/12/03 10:06
多分していたでしょう←ニアミス
貧しく無頼の生活をしていましたが、日曜くらい都会的な雰囲気に親しみたかったのです。某百貨店の周りが昔の故郷に似ていたことも覚えています。特に貧しい季節は古い横丁で「のし餅」を買って、非常食(インスタントラーメン)に入れて晩餐をしました。遠い昔の思い出です。
かげっち
2010/12/03 12:11
のし餅!!
なんて懐かしい! 
○○横町に美味しい、のし餅のお店がありましたっけ。
トンカツ屋さん、おまんじゅう屋さん・・・
軒と軒がくっつくように並んでいた昔からのお店。
ちょっと外れるとお洒落な店が並ぶ○○ロードがありました。
あの通りにあった古本屋さんによく本を売りに行ったものです。
紙袋一杯の本を持って行ってラーメン一杯のお金にしかならなかった思い出があります(笑)。
お金はなかったけれど、毎日が楽しくて幸せだったあの頃。
遠い昔の思い出です(笑)。
aosta
2010/12/03 20:13
橋・階段・塔
いろんな幻想を誘ってくれそうですね。
保田與重郎の「日本の橋」という随筆がありますが、西洋と日本では視点や意味合いが違っていそうです。
橋や階段は、やはり異界との境界線ような感じです。
塔は、仏舎利塔とか、丘から見下ろす記念碑的なイメージがありますが、
西洋では、やはりキリスト教・神・天国への目線となるのでしょうか。
アレクサンダー著「塔の思想」は、ギリシア・ローマ建築はなぜ塔をもたぬか?の考察が面白かったです。
ねこギター
2010/12/05 01:25
◇ねこギターさん

保田與重郎という作家の名前は全く知りませんでした。
検索してとても興味を覚えました。」日本の橋」、講談社学術文庫で出ているようですので、探してみます。嬉しい情報をありがとうございます。

>橋や階段は、やはり異界との境界線ような感じです。

この感覚は私も同じです。
ある時は水平に、ある時名立体的に。そして時間や記憶さえもつなぐ場所であり、二つの場所をつなぐものであり、同時に境界でもある橋、階段に対して、「塔」には既に一つの完結し、凝縮した世界と言う感じがします。
「塔の歴史」もったいなくて(笑)なかなか読めずにいます。

「塔」で思い出したのですが、映画「ブラザーズ・グリム」の中に出てきた塔のイメージは圧巻でした。映画の評価は賛否があるようです。確かに前半のグロテスクであざとい描写は、ごめん下さい、なのですが、いつも黄昏の光に包まれているよな(アーサー・ラッカムの絵の世界をイメージしているそうです)映像は、個人的にはとてもよかったです。
aosta
2010/12/05 07:57

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