消えがてのうた part 2

アクセスカウンタ

zoom RSS 「フーガの技法」 グールドの場合

<<   作成日時 : 2008/12/08 01:03   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 18





もうずいぶん昔の話になりますが、初めてパイプオルガンを見た、当時小学生になったばかりの長男は
「すごいね!宇宙船みたい!!」と感嘆の声を上げました。

たしかに、コンサート・ホールの高みで銀色に輝くそれは、まさしく自己完結した宇宙船であり、一つの閉じられた世界と、揺らぎつつも絶えず拡散して解放へと向かう世界とを音楽の神秘によって自由に行き来する巨大な船でした。

今考えてみれば、もしかしたら音楽そのものが船なのかもしれません。
時代を超え、場所を変えて大いなるものを運ぶ船。
悲しみから喜びへ、拘束から解放へ。
そしてまた、天の高みと、地の嘆きを垂直に繋いでいる船でもあります。



バッハの未完の大作、「フーガの技法」。
すでに視力を失いつつあったバッハが残したこの曲を、ヴァルヒャの演奏で聴くたび、静まりかえった空間に柔らかなそれでいて凛とした光が射しこんでくるような想いがします。
 まるで輪廻のように変容しながら繰り返されるさまざまな「フーガ」。
流れ流れて循環するその音楽は、混沌とした何か巨大なもの、宇宙的なものの始まりのような大きさ、豊かさをも感じさせます。
外的な「光」から遠ざけられつつあったバッハの、精神の内奥から照射される輝きのような演奏です。




画像

カルロス・シュヴァーベ (1877-1926) ”Three Wise Virgins ” 1907




演奏楽器の指示がないままに出版されたというこの曲を、グールドはオルガンで弾いています。
現在では、バッハが想定していたのはチェンバロであろうとする説が有力のようですが、あのグールドが何故この曲をオルガンで弾いたのかが不思議というか、意外でした。
グールドの「フーガの技法」はヴァルヒャの演奏とは違い、内省的というよりはむしろ挑みかかるような印象です。
レガートの全くない直線的な音とスタッカートの多用が、荒々しいまでに異様に迫ってくる非オルガン的な響き・・・
グールド最晩年のピアノによる録音に聴く、淡々としながらも燃える炎の揺らぎがそのまま結晶したかのように美しい演奏に比べると、1962年のこの「フーガの技法」は暗澹と重く、まるで別人のようです。
ピアノという楽器を自分の身体の一部のように弾きこなしていたグールドが、なぜこの曲をピアノではなくオルガンで演奏したのでしょう。

パイプオルガンとは、演奏者の主観的表現を積極的に引き受けるピアノと違い、存在そのもを主張し、演奏者の表現をそうたやすく受け入れようとしない楽器なのかもしれません。
グールドの演奏はバッハという大きな精神と対峙しつつ、楽器と響きあいながらも、抗うかのように聴こえてきます。
パイプオルガンの響きには、エネルギーに満ちた宇宙的混沌・深遠なまでの音楽の神秘があるように思えるのです。
「フーガの技法」をまずオルガンで演奏したグールドの選択は、この神秘に到達するためのひとつの闘いだったのでしょうか。




    すべてのものの中にひとつの歌が眠っていて
    すべてのものは夢をみつづける
    そしておまえが呪文を言い当てさえすれば
    世界は歌をうたいだす

                           アイヒェンドルフ




世界が忘れていた歌を歌うための「秘密の呪文」。
バッハはきっとそれを知っていたのだと思います。
そしてグールドも、オルガンで、またピアノで、繰り返し演奏され録音された「フーガの技法」によって、そこに辿りついたのかもしれない・・・
そんなことを夢想してしまうほどの音の洪水が眩暈を誘います。



★過去ブログでのクラッシック音楽の記事はこちらから → http://follia.at.webry.info/theme/5fd91a072f.html






テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(18件)

内 容 ニックネーム/日時
>「すごいね!宇宙船みたい!!」
「子供は天才だ」という言葉を聞いたことがありますが、まさにそうですね。パイプオルガンから宇宙船ですか、、、
その宇宙船が拡散して解放すると言うのも凄いですね。
そう言えば、音楽を何に喩えるかというのも難しいものがありますね。
「船」という題名の音楽から、船を想像するのは簡単でしょうけど、音楽そのものを船と想像するのは難しいですね。
その船が「天の高みと、地の嘆きを垂直に繋いでいる」という糸のようなものを匂わせるところも。
バッハが視力を失いつつあったというのは始めて知ったのですが、そのバッハの心の芯から光が「照射」されるような光景というのは、バッハの胸の中に星が光っているような感じですね。
僕もよく音楽を聞くのですが、最近はクラシックを聞いていなかったので、次に買うCDはクラシックにします。
では。
坂本誠
2008/12/08 19:11
 aostaさん、おはようございます。パイプオルガン、懐かしいです。私はクリスチャンではありませんが、若かりし頃、チャペルでパイプオルガンに合わせて聖書を・・・歌い終わって、気持ちが安らいだものです。今にして思えば、荒れていた当時の、現実逃避だったのかも知れません。
 ところで、グールド がオルガンで弾く、 < フーガの技法 > ですか。知りませんでした。是非、聴いてみたいですね。aostaさん のこの記事に触発されて、本当に久しぶりに、私の部屋にこの曲が流れています。私が持っているのは ミュンヒンガー指揮 シュトゥットガルト室内交響楽団の65年盤です。ちょっと古いですね。この曲の冒頭、4つのフーガの基本主題が展開されると、形容しがたい気持ちにさせられますね。落ち着くというか、厳粛になるというか・・・併しながら、グールドのバッハといいますと、やはり aostaさん が仰っていらしたように、< ゴールドベルク〜 > が素晴らしいですね。それから、< フランス組曲 > も私にとって、思い出深い曲なんですよ。
 これからも、楽しい記事をお待ちしております。
 それでは失礼致します。
my
2008/12/09 10:57
aostaさん
私など、日常近付き難い思いを抱いているバッハを、かくも愛情深く読み解き、素敵な文章になさる腕前にまずはオマージュを!
モーツアルトの「弦楽のためのアダージョとフーガ」、それと未完の「レクイエム」にも活用されたとも思われる先駆的な作品でもあるバッハの「フーガの技法」、ヴァルヒァ、グールド、平生は何年かに一度の割合でしか聴くこともありませんが、西洋の精神文化の究極に屹立するモノリスとして、まさに仰ぎ見る作品の一つだと言わざるを得ません。
ルネサンスの画家が自分の作品に自画像を描いたように、バッハも「変ロ、イ、ハ、ロ」と自身の名を未完のフーガのスコアに嵌めて主題を提示したまま病篤く逝って仕舞いましたが、得てして大作の運命には悲運がつきまとうものだとつくづく思います。それに加え人災も!・・・彼の目に下手な?手術を施したイギリスの眼科医ジョン・テイラー(ヘンデルもテイラーの手術のお陰で失明している)もバッハに対し未完の責任を負うべきでしょうね。
こんな時こそ「裁判員制度」があって医療ミスを裁けたら良かったのになあ(笑)
sonnet
2008/12/09 15:45
aostaさんつづきです。
この未完のトルソの終曲のフーガ(ヴァルヒァ補完による)を全集の中から取り出して聴いてみました。
久し振りに耳に入って来たサン・ピエール・ル・ジュヌ教会のジルバーマンオルガンの響きが心地良く冷たい雨の宵に深沈ととした響きを奏でてくれました。
「閑話休題」
モーツアルトに「音楽のサイクロ遊び」K516fという尽きることのないお遊びがありますが、これもフーガみたいに延々と続く無窮動とか、一生かかっても数え切れないメニュエットが作られるということです。きっと睡眠薬の逆療法としての効果がありそうな・・・
sonnet
2008/12/09 16:09
上記の誤りの訂正です。
「サイクロ」ではなく「サイコロ」でした。以後気を付けます(笑)
sonnet
2008/12/09 16:17
aostaさん、おじゃまします。
keroです。
こちらでははじめましてですね。

グールド、バッハ、フーガの技法。
この流れはわかります。思考の範囲です。

でも、まいりました。
ここから、アイヒェンドルフの詩がでてくるとは。
脱帽です。

アイヒェンドルフの詩を媒介することで「フーガの技法」の隠された花が開くようなイメージを持ちました。

実は、私は、まだJ.S.バッハとの真の邂逅は訪れてはいないのです。でもこの記事から何らしらの啓示を受けたように思います。いつか突然J.S.Bに出会うかも。

そして私もあなたに出会ってよかった。

Schläft ein Lied in allen Dingen,
die da träumen fort und fort,
und die Welt hebt an zu singen,
triffst du nur das Zauberwort.

      Joseph von Eichendorff
kero
2008/12/09 22:08
グレン グールド、黒いコートに手を突っ込んで、鳥打帽をかぶって、雪の上を歩いているレコードジャケットの写真を思い浮かべます。モーツアルトのソナタを聴いたときはびっくり、何度か聴いているうちにこれもありか・・・楽しみにもなりました。グールドのオルガンは聴いたことがありません。
森の生活
2008/12/10 18:43
◇坂本さん

おはようございます。
コメントありがとうございます。
「音楽は船」・・・
なぜかふと浮かんだイメージです。音楽は、暖かく私を包んでくれるもの、悲しみや痛みを束の間でも遠ざけてくれる場所であると同時に、喜びと輝きに満ちた場所へと運び、導いてくれるもの。その感じが「船」に重なったのでしょうね。
そして音楽は満ちてくる海のように広がり、金色に輝く残照の山裾が空と同化するように、何者かの意志によってで天と地が繋がれているとでも言いましょうか。
それが私の音楽なのかもしれません。

バッハは晩年眼病を患い、繰り返された劣悪な手術によって、視力を失ったと言われています(最近は又新たな説もあるようですが)
「フーガの技法」はバッハの絶筆になりました。

>僕もよく音楽を聞くのですが、最近はクラシックを聞いていなかったので、次に買うCDはクラシックにします。

クラシックに限らず音楽には力があります。
生きるか死ぬかの時にあってさえも、音楽は(歌は)人を支えうるほどの大きな力が。



aosta
2008/12/11 05:56
◇myさん

こんにちは。
コメントありがとうございます。

>曲の冒頭、4つのフーガの基本主題が展開されると

この主題を聴くたびに私は、この世ならざる者の声が深く遠い所から響いてくるような気がします。
それはmyさんのお言葉の通り「厳粛」な響きです。そして同時に暖かな涙を感じる響きでもあります。
シュトゥットガルト室内交響楽団盤、残念ながら聴いたことがありませんでした。オーケストラで演奏される「フーガの技法」、鍵盤でしか聴いたことがありませんので、恥ずかしながら全くイメージがつかめません。ぜひ聴いてみたいと思いネットで検索しましたら、66年、77年と2回録音されているんですね。
myさんのお勧めは、やはりお手元の66年盤でしょうか。

私が車を運転する時によく聴くのは、リトル・バッハ・ブックです。
グールドのさまざまな演奏を一度に聴ける欲張りな1枚、フランス組曲の3、5、6番も入っています♪
aosta
2008/12/11 15:11
◇sonnetさん

>私など、日常近付き難い思いを抱いているバッハを・・・

すみません、身の程知らずと言うことは分かって入るのですが、いつも気持ちだけ先走ってしまいます。
バッハの曲に象徴的に使われているという数字の秘密、「算数」の段階で挫折した私には近寄りがたいものです(汗)
音楽も数学も、ともに完成された美しさと宇宙的な広がりをもつものですね。そして楽譜(特にバッハの自筆譜)も数式も、私の理解をはるかに超えるものでありながら、その美しさには心打たれます。
もし異星人が存在したとして、コミュニケーションの手段は絶対音楽と数学に違いありません!!
モーツァルト「レクイエム」のフーガと言えば、私はあの「アブラハムのフーガ」が大好きです♪
aosta
2008/12/11 15:27
◇sonnetさん

未完のまま終曲となったフーガが唐突に終わるのを聴くたび、私は身震いするような感覚を覚えます。
バッハの死によって中断されたこの曲からは、最後のバッハの息遣いが聴こえてくるようです。バッハの音楽への想いが、何かの気配のような余韻を持って、それこそフーガのように響いてくるのです。
aosta
2008/12/11 15:33
◇sonnetさん

>以後気を付けます

ご丁寧にありがとうございます。
私も気をつけているつもりなのですが、その甲斐なく、未だにしょっちゅうキーインミスを繰り返しています・・・
aosta
2008/12/11 15:39
◇keroさん

コメントくださいましてありがとうございます。とても嬉しいです。
グールドのオルガン演奏による「フーガの技法」、最初聴いた時はとても異質なものに感じられて、何年も聴くことのないままCDラックに眠っていたものです。たまたまバルヒャを聴きなおしたときに、そういえば・・・と思いだして改めて聴いてみました。
改めて何か苦しげで、訴えるような演奏だと感じたのは、私の心にも共通する感情があったからなのかもしれません。

世界も音楽も、秘密に満ちています。
秘密はそっと隠されて眠っています。
世界を含め、宇宙そのものもすべてが振動しているのだという話を聞いたことがありますが、音楽もまた振動ですよね。
そのかすかな振動、聴こえるか聴こえないかの儚い響きに耳を傾けることのできる人、世界の秘密に心の深いところで共振することのできる人だけが開ける扉があるのかもしれません。
世界の扉が開くとき、それはきっとkeroさんがおっしゃるように「花が開くように」開け放たれるのではないかと思いました
aosta
2008/12/11 16:54
◇森の生活さん

真夏でも手袋をしてマフラーを巻いていた、という話を聞いたことがありますが、鳥打帽にコートはすでに必須アイテムという感じでしたね。
グールドのモーツァルト、私も持っています。隅っこに蝶々だかハチドリ(?)だったかのイラストがあるジャケットだったような・・・
グールドのモーツァルト、ちょっと意外でしたが、なんだか子供が気ままに遊び戯れているような天衣無縫な楽しい演奏です。しばらく聴いていませんでしたが、森の生活さんにコメントをいただいて、また聴いてみたくなりました。
aosta
2008/12/11 21:10
aostaさん
こんばんは
「アブラハムのフーガ」というとoffetoriumnのところですね!私も音楽があそこまで来ると緊迫感が漲ってくるので、いつも居住まいを正して聴いています。今年の3月9日、NJPでベンジャミン・ブリッテンの「戦争レクイエム」を聴きましたが、ここにもこの「フーガ」が出てきて、大きな感動を受けました。東京大空襲を記念する演奏会だったのですが、あのような時代が甦ることの無いよう切に祈るばかりです。
sonnet
2008/12/11 23:13
正しくはOffertoriumでしたね。穴がいくつあっても足りない位です。
また直しです
2008/12/11 23:26
◇sonnetさん

おはようございます。
そう、「オッフェルトリウム」です。私の場合も、ちょっと感じはでませんが、片仮名で書くのが一番安全みたいです(笑)。
あの「ラクリモーサ」に続くこの曲、合唱によるフーガだけではなく同時にオーケストラも、独自のリズムでフーガを奏でるという重層的な構成ですね。ミカエル、ガブリエルと天使たちの名前に続いてアブラハムの名前が出てくる頃になり曲想が変わっていくところなど素晴らしく、モーツァルトの天才を感じるところでもあります。

東京大空襲・・・
sonnetさんのご記憶にある金魚の話を思い出します。
aosta
2008/12/12 06:09
◇sonnetさん

>穴がいくつあっても足りない位です。

どうぞ御安心を。私も右に同じくです(笑い)
aosta
2008/12/12 06:09

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
「フーガの技法」 グールドの場合 消えがてのうた part 2/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる