消えがてのうた part 2

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zoom RSS 秩父一泊二日 / ちちぶ銘仙館(前編)

<<   作成日時 : 2016/01/24 16:49   >>

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「ねえ、秩父行こうか。」

いきなりの提案である。
数日前、秩父に行きたいという話をしたのは確かだが、いつものように「またいつか」で終わるものと思っていた。
私が秩父に興味をもったのは、時々お邪魔するブログで秩父旅行の記事を読み、アップされていた画像に魅かれたからであった。
大正から昭和初期にかけて建てられた建物が、そのまま残されているという秩父の街並み、まさかP氏も関心を寄せるとは思っていなかったのだが、聞けば蝋梅を見てみたいと言う。
例年より早く蝋梅が満開になったという長瀞は秩父に隣接する町である。
急に思いついて旅行をするなど、P氏がサラリーマン時代には想像もできないことだったが、幸か不幸か、ちょうどその週のスケジュールが空いている。というより、今を逃したらまた忙しくなる。
秩父・長瀞だったら一泊旅行も可能とみたP氏、早速、宿の手配をし、翌日出発することとなった。


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距離的にも最短、しかも茅野と秩父を一直線で結ぶ国道299号線は、冬季通行止め。
ならば次善の策、自宅から甲府経由で国道140号に入り、雁坂トンネルを抜けて秩父に向かうルートとなった。
時間はかかるかもしれないが、旅の道中を楽しみたい私たちにとって、高速道路という選択肢はない。
さて、当日の早朝、いよいよ出発だ!
あまり急な話だったので、ロング・ドライブには必携の甘栗を買い損ねたのはいたし方ない。
甲府から140号というルートは初めての道、それだけで心が躍るのは、根が単純なせいだろうか。
雁坂トンネルまでの山梨側は道幅も広く、信号もほとんどない。
予想外に快適なドライブ、どこかの店で甘栗を買わねばと思っていたこともころりと忘れてしまった。
単純なだけでなく最近は健忘症の気があるやもしれぬ。
はてさて全長7キロ近いという雁坂トンネルを抜けると道が急に狭くなり、左右に山が迫る一本道。
早くも奥秩父である。
途中で見かけたダムや、丸石を積んだ石垣の上に並ぶ古い集落、羊歯のようなイワヒバのような、ついぞ見かけたことのない植物が繁茂する斜面といった、八ヶ岳山麓とは異なる趣を楽しむうち、予定よりかなり早く秩父市街に到着した。


まず足を運んだのは、ちちぶ銘仙館
急な旅行だったとはいえ、見たいところはおさおさ怠りなくチェックしてきた。
秩父といえば、銘仙である。若かりし頃の母が、銘仙を着てはにかむように笑う写真が思い出される。
祖母から母に、母から私にと引き継がれてきた着物の中にも、何枚かの銘仙があってその言葉の響きも手触りも私には懐かしい。


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帝国ホテルの設計者として知られる、かのフランク・ロイド・ライトの建築様式をもとに、地元の大工さんが設計したという「ちちぶ銘仙館」は、1930年(昭和5年)、埼玉県繊維工業試験場秩父支場本館として建築された。
当初はロイドの設計と紹介してしまったのだけれど、改めて、銘仙館の担当者の方に確認をさせていただいたところ、間違いをご指摘いただき、改めて訂正する次第。
それにしても・・・・
当時の日本の一地方都市で、西洋建築について十分な知識も経験もなかったであろう、地元の大工さんたちだけで、これだけ本格的な建物を造り上げたという技術と気概には、ただただ感嘆するばかり。
現在は銘仙の資料館として公開されているが、2001年(平成13年)に国の登録有形文化財に登録された由緒ある建物である。





重厚でどっしりとしたアーチ型の玄関や、明かり取りの窓に施された装飾のイメージはどこか旧朝香宮邸(現東京都庭園美術館)のそれにも共通する感性を感じる。
あにはからんや、調べてみれば、この銘仙館が立てられたのは朝香宮邸に先立つことわずか3年。
朝香宮邸のような洗練や豪華さには及ばないまでも、共通した様式、美意識が感じられるのも道理であった。

私事ではあるが、我が母校の旧校舎も昭和8年に建築された。
玄関はやはりこれらによく似たアーチ型。懐かしいと思うのはそんな理由もあるのかもしれない。


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玄関から左手に続く部屋と屋根付きの回廊。
装飾的な窓の形、白い窓枠とペパーミントグリーンの柱の美しい対比。
外壁や柱の基礎に使われている大谷石の質感と連続するリズムが、おおらかで気持ちの良いアクセントになっている。



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その昔、女工さんたちが糸を引いていたという鋸型の屋根の工場。
糸が切れるたび、女工さんたちはこの窓に手元をかざして、糸を繋いだのだという。





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玄関から工場へとまっすぐに続く渡り廊下はどこか懐かしい木造校舎に似ている。
重厚なドアの暗い色に、白く塗られた渡り廊下が眩しい。


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玄関と渡り廊下をつなぐドアは左右に大きく開かれていた。
そのドア右側の腰壁には植物を思わせる曲線の意匠。(ふたつ上の写真、右側にご注目ください)
これが窓ではなく、純粋に装飾のためのものと知れば、こんな些細な場所にまで気を配るセンスに感嘆する。
実は私、腰壁が好き。そしてこうした扇形のデザインに弱い。




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同じドアの手前、玄関を入って右手奥にある部屋には、歴代の館長さんの写真がずらりと飾られていた。
会議室として使われていたのだろうか。
残念ながら家具の類は昔のものではなさそうだ。
そう言えば東京都庭園美術館の場合も、往時の家具は残されていない。
歴史的建造物として評価されることのなかった時代、戦争を経て、持ち主が変わったり、使い道が変わったりするうちに失われてしまったのか。
家具には人の温もりが残っている。
かつてこの場所にあった家具たちの、その後の運命も気になるところであった。




                                                             つづく









たかだか一泊二日の旅の初日、それも最初に訪れた銘仙館だけでこのボリュームになってしまいました。
(実は銘仙館についてはまだ続きがあります)
P氏と私、二人で撮った写真もたくさんあって、今回の「秩父の旅」が完結するのはまだ先の話・・・
皆様、どうぞ最後までお見限りなきよう,お願いいたします<m(__)m>






★関連ブログ 東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)に関係する記事はこちら。



  ◇旧朝香宮邸のアールデコ (1) エントランス http://folli-2.at.webry.info/201101/article_5.html
  ◇旧朝香宮邸のアールデコ (2) 大広間・小客室 http://folli-2.at.webry.info/201101/article_6.html
  ◇旧朝香宮邸のアールデコ  (3) 大客室・香水塔 http://folli-2.at.webry.info/201101/article_7.html
  ◇旧朝香宮邸のアールデコ (4) 大食堂 http://folli-2.at.webry.info/201101/article_9.html
  ◇旧朝香宮邸のアールデコ (5 ) 小食堂 http://folli-2.at.webry.info/201101/article_10.html
  ◇intermezzo 「朝香宮のグランドツァー」 http://folli-2.at.webry.info/201101/article_8.html







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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。
秩父の旅行に行ってこられましたですか。私もブログで秩父の綺麗な所を見せていただいて何時か行きたいなと思っている所です。
思い立って次の日の朝出発ですか、私もそういうタイプで何も考えずに行って、見落としてきてしまう所がいっぱいです。今回の旅行り写真楽しませていただいて、何時か行くときの勉強にもさせていただきます。
HT
2016/01/24 18:05
aostaさん、こんばんは。
わぁ、素敵な建物〜!
そうでした。aostaさんも、建築ファンでしたよね。
2枚目の写真の窓の飾り、縦長の窓といい引き寄せられる素敵な窓、美しい建物ですね。
そう、私は窓フェチです。木枠の窓で素敵なものを見つけると、嬉しくなります。
ちちぶ銘仙館の後編も、のんびりと楽しみに待ってま〜す。
ANNA
2016/01/24 21:17
一度だけいった 秩父ですが
長瀞のあたりの 景勝もすばらしいですが
このような町中の 歴史ある建造物も さすがaostaさんのてにかかると、、いえ 、、目に留まると このような 仔細にして興味深い文章で
ヒカリを浴びるのですね〜
アールのある 建造物は 堅固な石造りでも
優しい雰囲気をかもしだしますね〜

わたしは 帰りによった 名栗渓谷が秋まっさかりで
素晴らしく  その近くの 手造りの喫茶店も 素晴らしかった、、
katananke05
2016/01/25 10:34
◇HTさん

本当に急な話で、いつものことながら慌ててしまいました(;^ω^)
それでも久しぶりの旅行を十分に楽しんでまいりました。秩父は初めてでしたが、本当に良い町です。何度でも行きたくなるような、素敵な町です。春はまた花がいっぱいで観光客も多く訪れるようです。HTさんもぜひお出かけください!

aosta
2016/01/25 20:42
◇ANNAさん

まあ!ANNAさんも窓フェチでしたか\(^o^)/
私も古い窓が大好き。実家のガラス窓をアルミサッシに変えるときも最後まで反対していたのが私でした。モールガラスと透明なガラスを組み合わせた窓と木枠が大好きだったのです。でも抵抗むなしく、15年ほど前に無味乾燥なアルミサッシになってしまいました。確かに高齢の母に取って、暖かいことが一番なのですが、あのモールガラスに波打つように映っていた庭を今でも懐かしく思い出します。
秩父には昔の建物がたくさん残っていました。おいおいブログで紹介させていただきますね!
aosta
2016/01/25 20:50
◇katanankeさん

katanankeさんも秩父に行かれたことがあるんですね。
実は私・・・・内緒の話ですが、秩父が埼玉県だったことを初めて知りました(/ω\)
ほんと、お恥ずかしい限り。でも秩父は、大好きな古い建物もいっぱいあるしここに住んでみたいと思えるほど、喉かで穏やかな町でした。

アールのある 建造物は 堅固な石造りでも
優しい雰囲気をかもしだしますね〜

そうなんですよね。暖かな質感の大谷石とアールの組み合わせはとても優しく、美し意と思いました。諏訪でしたら特産の鉄平石があるのですが、こちらの雰囲気はまたちょっと違うのです。

名栗渓谷、調べてみました!行かれたらいいな\(^o^)/
aosta
2016/01/25 20:57
ちちぶ銘仙館。
昭和五年の建築なんですね。以前住んでいた同潤会アパートと同時期。
私はこの時期の日本の建物が大好きです。いちど行ってみたいです。
ぴぴん
2016/01/26 08:33
あらら。秩父は何県にあると思ったの?
Papalin
2016/01/26 11:57
◇ぴぴんさん

まあ!ぴぴんさんは「あの」同潤会アパートにおすまいだったのですか?
悲しいかな私はその名前を知るだけで、写真でしか知らないのですが、昭和初期の建築というだけで憧れていました。
壁面を覆う緑の蔦がまるで建物と一体になっているような。
古びたコンクリートにはどこかしら温かみさえあるような。
不思議な魅力に満ちた建物だとおもいました。
取り壊しに際しては、保存運動なども行われたと聞いていますが、何か所にも建てられた同アパートの一棟だけでも残すことはできなかったのでしょうか。
実際に住むには不便もあったかもしれませんが、一つの時代の象徴とも言うべき建物が失われてしまったことが残念でなりません。
昭和初期の建物がお好きでしたら、きっと秩父の街を気にいられることと思います。
長くなりますが、順次記事をアップしていこうと思いますので、また覗いてみてください。
aosta
2016/01/26 20:28
◇Papalinどの

お恥ずかしい。
もしかして群馬県かな?って思っていたのでした。
その昔、秩父事件とか社会科の授業でも習ったはずなのに、恥ずかしや、場所については記憶が飛んでる・・・・
秩父の皆さん、ごめんなさい<m(__)m>
aosta
2016/01/26 20:30

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