消えがてのうた part 2

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zoom RSS 静謐と沈黙のあいだ〜クラヴィコード演奏会

<<   作成日時 : 2014/04/22 16:20   >>

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中央本線は富士見駅前、昔ながらの商店街の一角にある小さなスペース”36(さんろく)”。

以前はケーキ屋さん、そのまた昔は銀行だったというその場所が、若者たちの手で生まれ変わりました。
アーティスティックに改装された、ギャラリーともブックカフェとも特定できない不思議な空間のあちらこちらに、
36メンバーが持ち寄った本が並べられています。
ジョナス・メカス!
ウィトゲンシュタイン!
古い植物図鑑に、中沢新一!
棚ごとに個性のある品ぞろえ。
居心地がよくて、コーヒーを飲みながら何時間でも本を読んでいられそうな場所。
昭和の雰囲気と、斬新なセンスが素敵に調和したこの空間で、先日クラヴィコードの演奏会が開かれました。
題して「静謐と沈黙のあいだ」

クラヴィコード演奏は富士見町にお住いの杉本周介さんです。




画像







クラヴィコードは14世紀末頃にその起源を辿る事が出来る鍵盤楽器です。
シーソーと同じような梃子になっている鍵盤を押すと反対側が持ち上がり、
その上部に取り付けられた小さな金属板が張られた弦を押さえて発音する仕組みになっています。
鍵盤楽器としては極めて簡素で単純な構造を持っています。

椅子に座って鍵盤を押してみると、
立ち上がる音量の小ささに驚くかもしれません。
その音を聴くために、
そこにいる人たちは、雑談をやめなければならないかもしれません。
パソコンのキーボードを打つ手を止めなければならないかもしれません。
洗い物をする手、本のページをめくる事も。

そしてじっと耳をかたむけると、
聴こうとするすべての音は沈黙に向かってゆくのを
見つめる事が出来るかもしれません。

クラヴィコードは私たちを沈黙に引き込み、
聴こえない聲を聴かせようとしている気が私にはするのです。

                                                 杉本周介





夜10時。
密やかなクラヴィコードの音色に耳を澄ませるために、街が静かになるのを待って演奏会が始まりました。



◇J.・A・ラインケン(1643-1722)? 

           組曲 イ短調
            I.アルマンド IIクーラント III.サラバンド IV.ジーグ


◇J・S・バッハ  最愛の兄の旅立ちに寄せるカプリツィオ BWV992

           リュートのための組曲 ホ短調 BWV 996
             I.前奏曲 II.アルマンド  III.クーラント  IV.サラバンドー Vブーレー VI.ジーグ



                アンコールでフローベルガー




最初はそのか細い響きに、耳が付いていきません。
意識を集中しているつもりでも、時折通りを行き過ぎる車の音が気になります。
けれども、少しづつ耳が開いてゆく感覚とともに
ひとつひとつの音が確かな輪郭をもって聴こえてきました。
小さなガラス玉が転がるように、綺羅綺羅しく旋律を奏でてゆく音たち。
チェンバロでは不可能なデュナーミクですが、わずかとは言えクラヴィコードなら、
デュナーミクをつけることが可能です。
モダンピアノに比べれば、その振幅はごく小さいかも知れませんが、文字通り、息を潜めるような弱音や、
思いがけずも歯切れの良いアクセントが沁みるように広がっていきます。
杉本さんの感受性に富んだ丁寧な演奏が、この楽器を大きく歌わせます。


19歳のバッハの作品「最愛の兄の旅立ちに寄せるカプリツィオ」。
バッハにこのような作品があったとは、全く知りませんでした。
旅立つ兄を見送る郵便馬車駅の喧騒や、出発を告げる御者のラッパの響きといった音が、
情景描写のように表現されます。
あわただしい旅立ちの瞬間、惜別の悲しみと郷愁がタピストリーのように描き出されてゆきます。
カプリツィオ(奇想曲)という、形式に捕らわれない自由なスタイルによって作曲されたこの曲に、
若いバッハの揺れる想いが、初々しく感じられます。

続くリュート組曲は、これまた圧巻でした!
いきなりの下降音階から始まるプレリュードの中で繰り返される印象的なテーマ。
典雅なアルマンドやクーラント、荘重な趣のサラバンドと続いた後は、
一気になだれ込んだジーグの、煌めくような疾走感。

その昔イエラン・セルシェルの11弦アルトギターによるリュート作品全集のCDは私の愛聴盤でした。
リュートの音色を愛したバッハでしたが、自身でリュートを演奏することはできず、わざわざリュートに近い音色を出すチェンバロ”ラウテンベルク”を作らせたのだとか。
いうなれば、バッハのリュートへの憧れがこれらの曲を作らせたといえるのかもしれません。
「リュート組曲とは言うけれど、これは鍵盤のための曲で、そのままリュートでは弾けないんじゃないかと思うよ。
もしリュートでこの曲を演奏するとしたら、それ用に別の楽譜があるんじゃないかな。」とはP氏の弁。
なるほど、帰宅後に調べてみたらその通り。
確かに鍵盤用に比べると、リュートのための楽譜は部分的に音が少ないのです。
杉本さんが演奏された時の、たたみこむような音の重なりは、鍵盤楽器だからこそ可能なことなのでしょう。
記憶をたどれば懐かしいギターの響きではありますが、今回のクラヴィコード演奏には、より緻密に切迫してくる感覚がありました。

今回は、リュートに近い響きを、ということであえてクラヴィコードで演奏された杉本さんですが、
近く予定されている金沢での演奏会では、同じプログラムをチェンバロで演奏なさるそうです。
クラヴィコードに比べ、残響も豊かで絢爛たる音色のチェンバロ。
また違う装いで奏でられるであろうこの曲に思いを馳せるうちに、とうに日付は変わっていました。




静寂と沈黙のあいだ

更けてゆく夜の時間。
聞くのではなく、聴くために耳を澄ませた沈黙のひととき。
沈黙は豊穣な音に満ちていました。





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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
細かな氷がこすれ合ったりぶつかったりする音を連想してしまいました。
クラヴィコード、まだ聴いたことがありません。
音が出ないのが残念。文章から貧しい想像するのみです。
「最愛の兄の旅立ちに寄せるカプリツィオ」、いつか聴く機会があると良いのですが…。
ぶんな
2014/04/23 19:50
◇ぶんなさん

おはようございます。
先ほどのNHKニュースで盛岡でも桜が満開と知りました。我が家の桜はまだ咲きませんが、山から降りてゆく道すがらに見る桜もほぼ満開です(*^^)v
ぶんなさんと同じ時期に桜を眺められて嬉しいです。
クラヴィコードはチェンバロのように弦をはじくのではなく、たたく(押さえる)ことで発音します。少しくぐもった感じのフォルテ・ピアノに通じる響きがあることも、発音の仕組みから考えると納得がいきますね。実際に鍵盤を押さえてみると、ストロークが浅くて驚きました。こんな繊細な楽器でどうやって強弱を表現できるのか、本当に不思議です。

>細かな氷がこすれ合ったりぶつかったりする音を連想して・・・・

杉本さんの華奢な指先から、生まれる時には氷片、時には五月雨のような「音」と「音楽」は、タイトル通り「静寂と沈黙」から生まれてくる響きでした。
aosta
2014/04/24 07:00
クラシックの音楽用語がいっっぱいあり
よくは 判らないですが
耳をそばだたせて 音の世界に 自分を近づかせる
努力をして 聞かせていただく、、ような
繊細な楽器なのでしょうかしら、、
どんな音色なのでしょう、、
興味がわきます〜
カタナンケ
2014/04/24 20:41
◇カタナンケさん

おはようございます。
自分だけわかった様なつもりの文章になってしまい、すみません。
要は、カタナンケサンが書いてくださった通り、耳をそばだてて音を引き寄せる(素敵な表現ですね!)ということに尽きると思います。
しばらく前のブログ「いまここにある”音”、ここから始まる」でも経験したことですが、音って耳が、無意識のうちに選択しているんですね。聴こうという意志があるところに音がある。クラヴィコードの音も、意識して耳をそばだてなければ日常の雑音の中で埋もれてしまいようなか細い音、かすかな音楽といえるのかもしれません。
aosta
2014/04/25 06:33

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