テーマ:エッセイ

6月の花 / 日が照りながら雨の降る・・・

連日雨が続くなかで、草取りもままならぬ我が家の庭を彩る花たち。 気まぐれな晴れ間に咲いた、フウロ草。 黒フウロとも呼ばれるゲラニウム・ファエウムが交雑したとみられる名もない花。 手入れも行き届かない庭で、雨の雫と一緒に、ひっそりと風に揺れている。 うっすらとグレーがかった花色は、華やかさとは無縁だ。 …
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桜桃忌

先日改元なったばかりだと思っているうちに、早や6月。 愛人山崎富栄と玉川上水で無理心中した太宰の遺体が上がったのは、奇しくも太宰の誕生日6月19日。 享年38歳。あまりにも早すぎた死に、今更ながら絶句する思い。 のちに「桜桃忌」と名付けられたこの日は、太宰ファンにとって、心に刻まれる特別な日となった。 その大…
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Lady's finger (貴婦人の指)

Lady's fingerとは、すなわち "okra" . okra? そう、あのオクラのこと。 しかもオクラという名前は"okra"と表記される、れっきとした英語らしい。 その形状からLady's fingerとよばれることもあるという。 ちなみに、オクラが全国で知られるようになる前からオクラを食べていた地方…
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怖いおはなし 後日談

今回の朗読コンサートで読んだ半村良の「能登怪異譚」。 能登は作家の母方のルーツであり、彼自身も小学生の一時期を、疎開先として過ごした土地であるという。 その地方に言い伝えられた伝承を下敷きにしたものなのか、はたまた創作なのかはわからないが、 彼一流のひねりを効かせた語り口は、どれもみなざわざわと背筋が冷たくなるよう…
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ふたつの「なめとこ山」 鹿沼市と朝日村

記事のアップが前後してしまいましたが、1月28日に栃木県鹿沼市で今年最初の朗読コンサートを、 翌月2月18日には長野県の朝日村でを2回目を行いました。 朝日村の図書館スタッフの方が作って下さったフライヤー。ぼおっと煙るような山並と柿の色が本当に素敵 いずれも図書館から依頼のあった朗読コンサートです。…
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宮澤賢治 「なめとこ山の熊」 / 大きな黒いもの

息子夫婦を流行り病で亡くした小十郎は、90歳になる老母と孫たちの世話をしながら、熊を捕って生活している。 見かけはごついが、心根は純朴で美しい。 熊撃ちを生業にしてはいても、自らが仕留めた熊に向かって小十郎は、手を合わせずにはいられない。 熊たちはそんな小十郎が好きなのだ。 だから犬を連れてひとり山歩きをしている…
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「汽車に乗って」 丸山薫

   汽車に乗って あいるらんどのやうな田舎へ行かう     ひとびとが祭の日傘をくるくるまはし    日が照りながら雨のふる     あいるらんどのやうな田舎へ行かう    窓に映った自分の顔を道づれにして     湖水をわたり 隧道(トンネル)をくぐり    珍しい顔の少女(おと…
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夕立ちのあと

  夕飯の食材を買って帰ろうと、駐車場に車を止めた。 娘と買い物に出かけた午後のことだ。 空に低く垂れこめていた雲が、耐えかねたように大きな雨粒を落とし始めたかと思うと、 あれよあれよという間に、叩きつけるような土砂降りになった。 耳を聾さんばかりの雨音。アスファルトの上は跳ね上がる水しぶきで真っ白だ。 傘はすで…
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ディオール ”ミス・ディオール”

「ねえ、もう一度噴水を見に行きましょう。」 思いついたように、そう声をかけてきたのは年かさの友人だった。 3月のジュネーブ、まだ人影もまばらな道を、彼女はいつものように、私の返事を待たず、一人で歩き始めた。 私より二回りほど年上のその女性(ひと)は、長いコートの裾を翻しながら颯爽と前を行く。 後ろ姿はいつものゆっ…
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アノニム・コンサート / アノニムとその時代

「この家のこの部屋で、わたしら 結婚式を挙げたんですよ。」 朝から降り続いていた冷たい雨も小康状態になって、薄闇が降りてきたころから、 2人、3人と、お客様が連れだって来場になりました。 私たちの音合わせも終わり、カフェ・コーナーでは休憩時間にお出しするお茶の準備も整ったころには 日もとっぷりと暮れ、ギャラリーに…
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鯵骨騒動顛末 完結編

さて私が一人図書館で本を読んでいた間、夫はどのような状況であったのだろうか。 以下は彼から聞いた話である。 やっと名前を呼ばれ診察室に入ったのは、受付を済ませてとうに2時間は過ぎた頃であったという。 まずは内視鏡による検査だ。 どうやらアジの骨めは喉の左奥に刺さっているらしい。 普通ならば、ここで左鼻腔…
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鯵骨騒動顛末

朝起きてきた夫が、例の骨が喉に刺さったまま、まだ取れないと、浮かぬ顔で言う。 一昨日の昼食はアジの開きだった。 我が家の昼食はいたって簡単。たいていはご飯に味噌汁のほか、あるもので済ませるのだが、 魚の干物は焼くだけの手間いらずなのでよく登場する。 毎度のことながらよく噛まずに飲みこむ癖のある夫は、アジの骨を、そ…
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ダリアの庭

毎年夏になると、祖母の庭で大きなダリアの花が咲いた。 丈高く大輪のダリアの花は、松葉ボタンや鳳仙花、百日草といった花たちを見下ろしながら、 夏の日差しに挑むかの如く、ひときわくっきりと鮮やかに咲き誇っていた。 わけても陽が傾き始める時間、紅(くれない)とはかくやと思うほどに花色は燃えたち、 ほかの花々を圧するばか…
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秋海棠

長いこと探していて、やっと見つけた秋海棠の苗を、去年の春さきに植えた。 寒さには強いと聞いていたのに、春になってもいつまでも新芽が出てこない。 半ば諦めていたのだが、知らないうちに草の間で大きくなり、花が咲いてそれと知れた。 秋海棠(しゅうかいどう)・・・・ そっと声に出して見れば、優しいその響きとともに遠く過ぎてい…
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弁慶草

百日草に鳳仙花、松葉ボタンに弁慶草。 夏の日差しに白く焼けた祖母の庭で咲いていた花たちが懐かしい。 毎朝、朝顔の花を数えるのが日課だった夏の日。 緑濃く広がったへちまの木陰で、みずみずしいへちま水がガラス瓶いっぱいに光っていた。 へちま水は十五夜のころのものが一番なのだと教えてくれたのは祖父だった。 花びらをつ…
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風の薔薇

咲き始めは、ほのかなピンク。 咲き進むにつれ花びらは透き通るように白くなって、ふわふわと風に浮かびながら咲いている。 可憐な花とは対照的に鋭い棘があるポールズ・ヒマラヤン・ムスクは、伸びたい方向に伸びて、 ガーデンシェッドの屋根に登った。 元々きっちり誘引するより、枝先が風に揺れる風情が好…
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庭の不思議

手つかずのまま、何年も放置されたままの庭だった。 雑草が我が物顔にはびこり、大きな石がごろごろと土の中からのぞいていた。 どんな庭にしたいのか、そのイメージも定かでないまま、最初に3本の薔薇を植えた。 厳冬期には氷点下20度近くになるというこの八ヶ岳山麓で、地植えでも寒さに耐えられる薔薇、といえば …
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「塔」をめぐる会話

「朗読とリコーダーによる『塔の物語』」をめぐってこんなメールやりとりがありました。 Sさんから私(aosta)、私(aost)からSさんへ。 双方とも、あくまで私信のつもりで書いたものですから、 (特に私のメールは)思いつくままの反射的といっていい内容ですが、いただいたメールには 心に響く言葉がいくつもありました。 …
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行く春

今となっては遠い昔の話になりますが、学生時代は、毎年5月連休を待ちかねるように、 喧騒の新宿駅から実家のある長野に帰ったものでした。 特急あずさではなく、急行アルプスでの帰省です。 八王子を過ぎたころから、それまで密集していた住宅はまばらになり、プラットフォームの人影も少なくなって、 線路沿いには勢いのある緑色の…
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シャヴァンヌ 「気球」・「伝書鳩」

もう2年近く前になるでしょうか。 自作の詩「さかなのかたち」とともに、シャバンヌの「伝書鳩」という作品をアップしたことがあります。 不思議な印象のこの絵には、対とされるもうひとつの作品がありました。 「気球」と題されたその絵は、「伝書鳩」と同じく、時代を経たフレスコ画にも似たセピア色の色調で描かれています。 デフ…
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片倉館の日々 その2 

前回ご紹介した浴場棟に隣接する、会館棟屋根のドーマー。 そのドーマの窓はトンガリ帽子のような小さな屋根を被っている。 雨水などの侵入を防ぐためといった実用的な目的に適うと同時に、見た目も面白いデザインだ。 壁面にあるガラス格子の窓と、ドーマーの斜め格子の窓の幾何学的な美しさ。 二種類の窓が連続することで生…
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片倉館の日々

1928年、信州は諏訪の地にあって、製糸業で財をなした片倉家が諏訪湖畔に建設した片倉館。 実家の近くにあったこの建物の庭では、よく遊んだ。 小学校の写生の時間もこの場所だった。 あまり身近にあったために、小さい頃は特別な目で見ることもなく、長じても改めて出かけることもなかったのだが、 先日片倉館の見学会が…
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そして ココアの季節

ドロステのココア。 カルディで見つけて、即購入。 昔のままのパッケージ・デザインが懐かしい。 中学生になるまでは紅茶とココアだけ。紅茶は必ずミルクティー。 コーヒーは飲ませてもらえなかった。 当時の母には、コーヒーのカフェインは子どもには強すぎる、というイメージが合ったのかもしれない。 しかるに今では、私の一…
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「ぼんぼん」 夏祭りの夜

松本に住んでいたのは、子供たちがまだ小さかったころのこと。 松本で過ごしたのは5年ほどでしたが、毎年8月7日の七夕の夜に行われた「ぼんぼん」で 当時まだ小学校に入ったばかりの長女が、初めての浴衣にはしゃいでいた姿を思い出します。 浴衣を着て髪に大きな花飾りをつけた小さな女の子たちが、町内を歌いながら歩く、ただそれだ…
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霧ヶ峰 つれづれ

赤茶けた山肌を見せている鉄平石採石場を過ぎるころには、道の左右に緑濃い木々の梢が迫ってくる。 やがて美しく手入れされた諏訪湖カントリーのグリーンを木の間隠れに見ながら、生い繁る木々で翳る道を進むと、 馬たちがのんびりと草を食む霧ヶ峰牧場のサイロが現れる。 少し登れば、ひろびろとした開けた草原の中に小さな池が点在する…
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干し柿の季節になれば

「ねえ、ねえ。いつになったら甘くなるの?」 「まだまだ先だよ。」。 「ひとつくらいなら、食べちゃってもわからないかもしれないよ。」 「もう少しお待ち。まだ食べられないよ。」 そんな会話が聞えてきそうな風景。 秋が深まるにつれて長くなった陽射しの中で柿すだれが、遠い思い出のように揺れていました。 …
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薄風忌

それは不思議な夢だった。 「晩秋の霧ヶ峰に、もう一度行きたいわ。 風に翻る薄(すすき)の穂が、銀色の波のように寄せては返していた。 あの景色が忘れられないの。」 そう言った玲子さんの言葉を覚えていた私は、夢の中の彼女がじっと目を凝らしていた先に、 薄(ススキ)の原が海のように広がっていた事を信じて疑わな…
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ボンボンがいた日々

ひと月前までは、ボンボンがいた。 すでに二カ月余り、半身不随の形で寝たきりでではあったけれど、水も流動食も、 シリンジ(注射筒)で口に入れてあげれば、よく飲み、よく食べた。 食欲のあるうちは大丈夫、そう思うことで安心したかった。 けれども日を追うにつれて食欲は落ち、それとともに体力もなくなって、ある日からぱたりと…
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石垣を登ったはなし

私がまだ小学校4年生の頃の話です。 昭和の半ば、私が通っていた小学校の近くに古いお城の跡がありました。 かつて日本の三大湖城のひとつと呼ばれていた高島城の跡です。 明治8年、天守をはじめ建造物はみな破壊され、当時は本丸の石垣と堀が残っているだけの公園でした。 そのころの園内にあったのは、わずかな植栽と桜の樹、そし…
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「銀貨30枚を返すユダ」  レンブラント

前回「ユダの接吻・ユダの裏切り」の続きである。 果たして「完結編」になるかどうか、はなはだ不安のまま続投。 ユダは、自分が売り渡したイエスが有罪となり、十字架刑の宣告を受けたと知って、何を思ったのだろう。 裏切りの動機が何であったにせよ、極刑までは予想していなかったに違いない。 ここに至ってユダが激しい…
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