庭の不思議




手つかずのまま、何年も放置されたままの庭だった。
雑草が我が物顔にはびこり、大きな石がごろごろと土の中からのぞいていた。


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どんな庭にしたいのか、そのイメージも定かでないまま、最初に3本の薔薇を植えた。
厳冬期には氷点下20度近くになるというこの八ヶ岳山麓で、地植えでも寒さに耐えられる薔薇、といえば
まずはルゴサ系の薔薇。そしてかつての庭から持ってきた原種の薔薇。
もちろん宿根草も、耐寒性の強いものを選んだ。





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しかし庭は思いのほか手強く、人間の思惑など全く意に介さないように見えた。
薔薇も宿根草も、毎年様子を見ながら増やしていったが、いつの間にか絶えてしまったものも少なくはない。
春から夏にかけては雑草取りに明け暮れ、何か植えようと思えば、意地悪くも必ず土の中から顔を出す大きな石と格闘すること数年、気が付けば庭は自分の意志で育っていた。





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それぞれの植物が成長しようとするだけでなく、「庭」それ自体がひとつの生き物なのだ。
生き物なれば、庭にかかわる人間との信頼関係が必要になる。
ころ合い良しと、庭が心を開いたとき初めて、庭が庭として育ち始めるのではなかろうか。






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庭のあちらこちらで群生しているフランス菊をはじめ、
門柱の前で、白い花をこぼれるように咲かせている可憐な野いばらも、
ボーダーの脇で、薄い和紙のように繊細な花びらをそよがせているひなげしも、私が植えたものではない。
どこからともなく風に運ばれてきた種や、小鳥たちが落としていった実が、いつの間にか芽を出して大きくなった。
いうなれば、庭が呼び寄せた花たちだ。






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今年、庭は一気に成熟した。
薔薇も今までになくたくさんの蕾をつけ、花開いた。
宿根草は、ひと回りもふた回りも大きくなって、たくさんの花穂をあげている。

手をかければ植物は応えてくれる。
それはそれで本当だと思うが、最近はそればかりではないと感じるようになった。
どの植物も、この場所の最初からの住人であるかのように庭になじみ、混然と一体になっているさまを見れば、
私たちのささやかな努力とは別のところで、何かの力が働いているとしか思えない。






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最初に植えた薔薇のひとつ、ピンク・グルーテンドルスト。
目を見張るような色は今までになく澄んだピンク。





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ピンク・グルーテンドルストの後ろで咲く赤い薔薇はF ・J グルーテンドルスト。
こちらの枝振りも見事である。





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記念樹として植えたゴールデンアカシアも、今では見上げるばかりの大木となった。







この庭と一緒に過ぎていった時間を思いながらぼんやりと眺める雨の庭は、
ただひっそりと、みずみずしく呼吸している。






★庭のはなし → http://folli-2.at.webry.info/201106/article_9.html







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