「ポテト・ブック」 マーナ・デイヴィス著 伊丹十三訳




かれこれ30年近く昔に出会った本がある。

著者についての知識は全くなかったが、ストレートな書名に惹かれて手にしてみれば、
翻訳はかの伊丹十三。序文はなんと、トルーマン・カポーティ?!
改めて内容を確認してみても、書名は確かに「ポテト・ブック」。
初版は1976年。
あの伊丹十三が料理の本?

それがこの本との出会いだった。




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「俳優」伊丹十三との出会いは、30年をさらに遡る。
テレビの深夜劇場で見たアメリカ映画「北京の55日」が、そもそもの始まりだった。
主演のチャールトン・ヘストンを筆頭に、エバ・ガードナー、デーヴィッド・ニーヴンといった往年の名優たちに伍し、
堂々と日本軍人役を演じきった俳優が、若き日の伊丹十三だった。
それまでのアメリカ映画に見る、ステレオタイプの日本人とはひと味もふた味も違う、凛々しくも知的な演技で、
居並ぶ大物俳優に一歩も引けを取らなかった。
そしてその数年後にはリチャード・ブルックス監督による「ロード・ジム」で、英国の名優ピーター・オトゥールと共演。
クランク・アップ後も、二人は良き友人としての親交があったと聞く。
183㎝という長身もさることながら、流暢な英語と衒いのない演技は、それまでの欧米映画の「日本人」のイメージとは
明らかに一線を画するものだった。

彼を「俳優である」とのみ認識していた私が、彼の著作を読むようになったのは、いつのころからだったか。
気がつけば「「ヨーロッパ退屈日記」や「女たちよ」、「再び女たちよ」といった、軽妙洒脱にして深い含蓄と、ユーモア、
そして痛烈な風刺に満ちたエッセイが、独特のリズムで展開する文章にすっかり魅せられていた。
加えてそれぞれの著書に、彼自ら描いた挿絵の完成度は、素人の域をはるかに超えていた。

そして「ポテト・ブック」!
彼の英語力とセンス、料理へのこだわりで、この本が素敵に楽しい読み物になった。



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残念ながらこの本の挿絵は伊丹氏の手によるものではない。
しかしながら、実にこの本の魅力の一つが、23人のイラストレーターが描いた作品にある。
そもそもこの本の成り立ちは、ポテトの産地として有名なロングアイランドに住む著者が、地元の学校の奨学資金の基金を設立するために本の出版を思い立ち、地域の人々に呼びかけたことが発端であったと言う。
その呼びかけに応えて、友人・近所の人たちがポテトに関する伝承や自慢のレシピを持ち寄り、一冊の本となった。
極め付きは、当時地元のポテト畑の真ん中に住んでいたトルーマン・カポーティが序文を書いていること!
彼もまた、この奨学金基金に賛同しての寄稿だった。
そして著者の夫君、ポール・デイヴィス氏がイラストレーターだった縁により、アメリカ国内の23人のアーティストが挿絵を描いたことで、この本にさらなる魅力が付け加わることとなった。
ちなみに、ブックマン社版の装丁は、名イラストレーター、矢吹申彦によるものだ。

私たち「日本の読者」にとっての幸運は、この何とも素敵な本の翻訳者として伊丹十三という才能を得たことであろう。
もしかしたら・・・
伊丹流のスパイスを効かせたこの翻訳は、原書以上に痛快な読み物となっているのかもしれない。



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彼は、この本を単なる料理書にとどめ置くことを良しとしなかった。
それは本を読んでみれば一目瞭然。
この「ポテト・ブック」の中には「アメリカがアメリカだった頃」の伝統と、生き生きとした文化の香りがある。
レシピごと、寄稿者ごとに翻訳のニュアンスは自在に変わり、その生き生きとした語調はかつてのアメリカの田舎から吹いてくる健やかな風を感じさせる。
それにつけても、現在この本が絶版であることがいかにも残念でならない。


伊丹十三という才能。

彼を知るための格好の一冊がある。
その名もずばり「伊丹十三の本」(「考える人」編集部編 新潮社)


見返しには、こうあった。

伊丹十三(1933~1997) 映画俳優、デザイナー、エッセイスト、後に映画監督

私なら、さらにも付け加えたい。
翻訳家、料理人、そして「良き家庭人」と。




          ☆関連過去ブログ 伊丹十三 「タンポポ」 → http://follia.at.webry.info/200702/article_3.html







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