5/28(日) 大麦小麦コンサート 「赤い蝋燭と人魚」



物心つくころから親しんでいたのはグリムやアンデルセン。

小川未明の童話集は叔父からのプレゼントだった。
私にとってはじめての日本の創作童話。読んだのは、小学校の3年の頃と記憶している。
「赤い蝋燭と人魚」も、アンデルセンの「人魚姫」も、悲しすぎる物語ではあるのだが、
未明の童話には、お姫様も魔女も出てこない。
素敵な王子様も登場しないし、舞踏会の場面もない。
翻訳物にばかり親しんできた幼い私にとって、この物語はあまりに寂しく直截に心に響いた。
人間に我が子を託した人魚の母親が哀れで。健気な人魚の娘がかわいそうで。
何より欲に目のくらんだ人間が恐ろしくて・・・
そして物語の舞台は、見知らぬよその国ではなく、ここ日本なのだった。
暗い北の海を舞台にしたこの物語は、美しく悲しい。
子供には重すぎたこの物語だが、朗読にかかわるようになってから、いつか朗読したいと思い続けていた。
人魚の母親の思いを、人魚の娘の悲しさを、北の海の冷たさを、彼らに代わって言葉にしたかった。
年齢を重ねたからこそ読める物語もあるのかもしれない。
今月28日、大麦小麦でその願いが形になる。
さて、どんな朗読コンサートになるのやら、実は今から胸が痛い。


「海にゐるのは、
 あれは人魚ではないのです。
 海にゐるのは、
 あれは、浪ばかり・・・」

そう詩ったのは中原中也。
耳を貝殻に例えて、海への郷愁を言葉にしたのはフランスの詩人ジャン・コクトー。
中也とコクトーには、ともに海への(人魚への)イメージがある。
小川未明の童話「赤い蝋燭と人魚」と「金の輪」は、
どちらも日常において、超えてはならない境界を越えてしまった主人公たちの物語。
橋渡しをするのは中也とコクトーの短い詩。




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毎度のことながらご案内が遅れて申し訳ございません

ここ「大麦小麦」での初めてコンサートから4年。
おかげさまで岡埜葡萄の朗読と、武藤哲也によるリコーダー演奏というスタイルもすっかり定着し、毎回顔を出してくださる方もいらっしゃいます。
ビールはもちろん、美味しいお食事、ご用意できます。駐車場も広くなりました。
まだお席がございます。5月28日(日)の夜、お時間のある方はぜひ!
お問い合わせ、ご予約は スタジオ・パパリン 0266-79-5532 もしくは 090-3440-2719 まで。
お電話、首を長~~くして、お待ちしております。





この記事へのコメント

2017年05月20日 12:02
こんにちは。そちらも新緑の美しい季節と思います。
小川未明とは懐かしいですね。「赤い蝋燭と人魚」の他にも、「雪くる前の高原の話」や「港に着いた黒んぼ」なども、印象深い作品でした。
それにコクトーもいいですねぇ!
「私は常に歴史よりも神話を信じてきた。歴史の真実はみるみる虚偽に変貌するが、逆に神話の虚偽はみるみる真実に変貌する」という言葉には、たいへん感銘を受けたものです。

2017年05月21日 19:55
◇カーラビンカさん

コメント欄にカーラビンカさんのお名前を発見し、とてもうれしく思いました。
ご訪問ありがとうございます。もしかしたらこのブログが”Part 2”に移行してから初めてでしょうか。そして久しぶりにいただきたコメントが、小川未明の記事だったこともうれしいです。「港に着いた黒んぼ」は美しく哀切な物語でしたね。「黒んぼ」という言い方にすぐにクレームが付くような時代ですが、この物語のなかの「黒んぼ」は遠い異国の不思議な情緒と、そこはかとない哀感を感じさせる存在のように思われます。離れ離れになった姉と弟の、それぞれの悲しさがひしひしと伝わってくるのも、そこに黒んぼの記憶が介在しているからこそという気がするのです。

小川未明(1882-1961)と堀口大学(1892-1981)、そして中原中也(1907-1937)の共通項は海と人魚。ほぼ同時代を生きた3人が互いにインスパイアされた、と勝手に考えています(笑)

引用された歴史と神話についての考察は、コクトーでしたっけ。
歴史と神話、どちらが真実で、どちらがフィクションか。その関係は、さながらメビウスの輪のようにも思えませんか?
2017年05月25日 10:26
aostaさん、お久しぶりです!
色々あって、なかなかゆっくりお邪魔できなかったのですが、今年のコンサートなどがまた気になりだしてお邪魔させて頂きました。
小川未明なんですね。実は大好きです。今でも時々読むんですよ。金の輪も静かな怖さが残るお話ですよね。とっても不思議で。我が家3人とも、金の輪が好きです。
中原中也も、どこか夜を感じさせるような、静かな怖さをたたえた詩に心が惹かれます。サーカスのゆやーん、ゆよーん、、とか、私の上に降る雪は、、とか、静かで、寂しげですね。好きです。
素敵なコンサートに違いありません。よい時となりますように。
2017年05月25日 16:08
◇keikoさん

まあ!こちらこそご無沙汰しておりましたのに、お尋ねくださりありがとうございました(^^♪
Keikoさんも未明がお好きと伺い、思わず歓声をあげてしまいましたよ。
それも「金の輪」がお気に入りなんて!「赤い蝋燭と人魚」に比べたら、かなり地味なお話ですよね。遠くから近づいてくるのは、細い金属が触れ合う透明で密やかな響き。輪を回している不思議な少年の誘うような微笑み・・・Keikoさんが書いてくださった”静かな怖さ”という表現、本当にぴったりだと思いました。
あっ!ここで私連想しちゃった!!
一人の少年に心を奪われ、コレラが蔓延するベネツァに自らとどまった老エッシャンバッハ。彼を見るタジオのまなざし、微笑みの妖しいまでの美しさに魅入られたままエッシェンバッハは死んでゆく。一瞬「ベニスに死す」の一場面を思い浮かべてしまったaostaであります。あまり関係ないですよね(;^ω^)

ゆあ~ん、ゆよ~ん、ゆやゆよん・・・
あの不思議なオノマトペ、中也の世界にも不思議な「魔」のようなものを感じます。
そして、その「魔」の気配が私も大好きなのです。
コクトーの詩は・・・・
短すぎて、さて、どう読もうか。思案のしどころで。私たちのコンサートを、いつかkeikoさんに聴いていただければ、と願いつつ、今日もこれから練習、練習!
笑みす
2017年05月29日 23:47
文明によって失っていった人間の自然さを一つの切ない世界として描いている「赤い蝋燭と人魚」と声の響きはぴったりでしたね。
これだけ意図的な構成で朗読会をやる岡埜葡萄とは何者なのか、とても気になり始めました。
2017年05月30日 21:07
◇笑みすさま
コンサートにお越しくださったばかりか、コメントまでお寄せくださいましてありがとうございました。受付で思いがけなく笑みすさんのお顔を発見したときは、本当に嬉ししゅうございました(^^♪

意図的な構成。そうなのです(笑)
朗読することの醍醐味とは、私にとってどのような構成にするか、ということに尽きるような気がします。複数の物語や詩、そして音楽を有機的につなぎ合わせてゆくことで、私の世界観というか、岡埜葡萄の世界を構築してゆくことが楽しいのです。そしてその世界は、共有し共感してくださるお客様がいらして初めて完成する世界だと考えています。

何者かって・・・(笑) 残念ながら、大した者ではございません。
化けの皮が剥がれてしまうかもしれませんが、また一度ゆっくりお話ができればとおもっております。どうぞよろしくお願い申し上げます。
katananke05
2017年07月02日 11:45
かわらず お元気で ご活躍ですね~
嬉しいです~

このポスターの 岩場の写真は どこの場所でしょう~
先日 でかけた 紀伊半島 串本の トルコ船 遭難の場所を
彷彿とさせます~(丁度 いまブログに出してますが)
偶然ですね~
2017年07月04日 05:39
◇katanankeさん

おはようございます。朝から大粒の雨です。
この写真は、以前(7年位前だったかな?)能登に旅行した時の写真で、富山か石川県の海岸です。石川県だった可能性が高いような・・・

トルコ船。
エルトゥールル号でしたっけ。やはりこんな岩場で座礁したのですか?
歴史を知っていればこその感慨がありますものね。
やはり、過去に思いを馳せる旅がいいですね。紀伊半島は吉野熊野あたりに行ってみたいなぁ。憧れです。

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