世界の果ての時

「世界の果ての時」

時を測る
落下する砂粒で
それとも 古びた時計が 密やかに刻む音で

測られた時たちどこへ行くのだろう
水のようにとめどなく
水のように流れて         
        

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ポール・デルヴォー(Paul Delvaux 1897年 - 1994年)「街灯のある風景」



世界の果てで 時は 森のように静まるのだ
重なり合う暗い枝々に絡めとられ 戻ることができない

私たちは 少しづつ森へと 近づいてゆく
森で滴り落ちる 時を汲む






       ◇個人的な言い訳◇


    あまり久しぶりの更新で、やっとのことでログインに成功(汗)
    以前、備忘のつもりで書き留めてあった作品に
    手を入れてはみましたが、いまだ未完成。
    そのうち、ジグソーパズルのピースのように、
    ぴたりとはまる言葉が見つかりますように。
 
            
     
     


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この記事へのコメント

Maria
2020年06月08日 21:26
こんばんは!

今日は私のブログにおいでいただいてありがとうございました。
aostaさんの素敵なブログ、これからまたゆっくりと読ませていただきますね?

これからもよろしくお願いいたします♪
aosta
2020年06月09日 05:57
◇Mariaさん

おはようございます。
ご訪問、ありがとうございました。こうして久しぶりにブログを更新できましたのも、Mariaさんのおかげです。感謝!

長いことPCに触りませんでしたので、まごくことばかり。
文字列が合わないのは、なぜ?夫に聞けばすぐ教えてくれるのでしょうが、こんなことがまだわからないの?と言われるのが悔しいのでもう少し頑張ってみます(笑)
風信子
2020年06月09日 20:49
連投です。不思議な雰囲気の詩ですね。デルヴォーの絵にぴったり。この絵の女性は後ろ姿しか見せていませんが、デルヴォー描くところの女性は大きな目を見開いているのに何も見ていないような、虚ろな目つき。時間の隙間というか、時から見放されているというか、そんなふうな眼差し。『時を測る』なんですね。普通なら『測る』とは書きません。そこのところが詩を書くひとのこだわりなのか。
aosta
2020年06月10日 18:47
◇風信子さん

まあ!こちらにもコメントをいただいていたんですね。気が付かずに申し訳ございません

昔からデルヴォーの絵が好きでした。風信子さんがおっしゃるように彼が描く女性はみな不思議な眼をしています。私たちには見えないものをみているような漠とした眼差し。彼女たちが住んでいる世界は時間が止まったまま閉ざされて、水のように青い空気の中にある。時間も水のように流れ、水のようにどこかで揺らいでいるのでは、などと、ひとりで勝手に夢想します。私の中で時間と水とが同質のもののように感じられた結果が水の深さに関係する「測る」という字を選ばせたのかもしれません。しかとした理由があってのことではありませんでしたので、しどろもどろのお返事になってしまいました。お恥ずかしい限りです。

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