電話 そして 糸電話




   その1 「電話」 


    むかし 子供は 
    おもちゃの電話を持っていた
    回すたびにダイヤルは 小さな音をたてるけれど
    呼び出しのベルは 鳴ったことがない
    
    けれど じっと受話器を握っていると
    子供の小さな耳は 
    遠い見知らぬ場所で 
    呼びかけるように 風にそよいでいる 
    葉擦れの音を 聴いていた      



画像
 





   その2 「糸電話」 


    砂がこぼれる音のように 
    絡みつく夏草のように 
    滴る風のように
    遠くから響いてくる音

    つながれた手と手のように
    世界のこちらと あちらがわを
    凛とした一本の直線が 繋いでいる
    見えない声の 確かな身振り
    もう戻ることができない 向こう側で
    糸の端を握っているのは誰?



         むかし わたしは 
         おもちゃの電話を持っていた
         汗ばむ手のひらで 受話器を握ったまま 
         声がやってくるのを 待っていた



         耳の中に満ちてゆく 沈黙(しじま)の中で 
         夏草の蔓が伸びてゆく  











                 







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この記事へのコメント

HT
2014年11月25日 23:56
こんばんは。
こんな風に書けてしまえることが素晴らしいですね。気持が綺麗だから書けるのですね。
読んでいて、私の辿って来た道は何処でこんな風になって行ったのだろうって思ってしまいました。子供だったころ、私は兄妹も無かったし、悪がきたちとは遊ばなかったし、殆ど何も知らないままに社会に出てきてしまいました。色んな汚れが付くたびに電話の糸に結び目が出来て、音を伝えられなくなって来てしまったようにも思えます。何時までもあの綺麗だったもの忘れたくないと自分には言い聞かせて来ていたつもりでしたが、その言い聞かせているものも汚れてしまっていたのです。aostaさんの伝えたかったことと違ってしまいましてすみません。
ぶんな
2014年11月26日 10:03
harukahetoさん、たまにここに見えていた方ですが、そちらの詩、いいと思いつつ、もの申し上げて以来、何か、詩にコメントしにくくなっています。harujahetoさん、詩はつくるものではなく、出て来るものと仰っていますが、これにはマイッタ! と思いましたね。わたしの詩は或る意味力づくという側面もあり、もっと素直にかくべきと思わせられたことでした。その意味で、aostaさんの詩は、ほんとうに詩といえる詩であり、心に沁みますね。懐かしくもあり、くいんと心がまいります。




2014年11月27日 09:27
◇HTさん

>私の辿って来た道は何処でこんな風になって行ったのだろう・・・
>色んな汚れが付くたびに電話の糸に結び目が出来て、
>音を伝えられなくなって来てしまったようにも思えます。

私の中にも同じ思いがあるのです。
年齢を重ねる、ってそう言う思いとともに生きてゆくということなのかもしれませんね。いつどこで、何が変わったのか。あの頃の私と今の私は同じ私なのだけれど、同じではない。
もうやりなおすことができないからこそ、こうした思いが深くなるような気がします。説明のつかない、一種のやりきれなさと郷愁のようなものがこんな文章になりました。HTさんが同様に感じてくださいましたこと、嬉しいです。
ありがとうございました。
2014年11月27日 10:09
◇ぶんなさん

>詩はつくるものではなく出て来るものと・・・・

この感覚はすごくよくわかります。
散文では収まらない、一瞬の感情の揺らぎ、または気配のようなものを集めて、「詩」というカテゴリーに分類しているのですが、ほかの文章と違うところは、harukaetoさんのおっしゃる所と同じく、私の場合、これらが前もって準備できるものではないからです。言葉をかえれば、知らないところから落ちてくる、という感じかしら?
もちろん「落ちてきた」イメージをどう言葉にするかというところでは、呻吟するところではありますが。

今回、「落ちて」きたのは「糸電話」のイメージでした。
子供の頃、二つの紙コップを糸でつないでつくった、あの「糸電話」です。同時に丸いダイヤルのついたプラスティックのおもちゃの電話。あの電話のむこうに広がっていたのは「時間」そのものだった、という感覚も、時間の不可逆性を痛感する年齢になったればこその思いなのかもしれません。懐かしい、といっていただき感謝です。
2014年11月27日 10:22
◇ぶんなさん

追伸です。

>何か、詩にコメントしにくくなっています。

そんなことをおっしゃらず、どうかずばりと「もの申して」いただけたら嬉しいです。詩は主観ですから、それぞれの主観でお読みいただくべきものと考えています。「詩」を読んで思い描くイメージは千差万別、それでこそ「詩」なのだと思いますが、詩を書く立場としては、ひとりよがりなだけでは成長しないと思っていますので、よろしくお願いいたします。

カタナンケ
2014年11月27日 11:26
素敵な詩です~~

昔、、女学生の頃 屋根越しに見える友達の家と 
夜2回の窓から 
懐中電灯で 合図をしあったことあり、、

私「 なにしてる?」 カチッ(電気を点滅の音)
  彼女「星がきれいね」 カチッ

私「宿題済んだ?」 カチッ
  彼女「大熊座が よく見えるよ」 カチッ

私「あした 朝練がるのよ~つらいわ』 カチッ
    彼女「あすも きっと暑い日ね」 カチッ

私「おやすみ~」
    「グッドナイト」

なあんて 声が聞こえないけど 
ちかちか 点滅で勝手に 思い込みで
話し合ってた? あの夜、、
ふっと 思い出しましたよ~
ANNA
2014年11月27日 12:42
aostaさん、こんにちは。


aostaさんの詩や文章が、遠い日の記憶の扉を開けるきっかけとなることがあります。
今回の詩もそうです。昨夜も布団に入って「糸電話といえば…」といろいろ思い出し始め
あの頃にタイムスリップ。
「糸をピンッ!と張らないと音はつたわりませんよ~ここが大事なポイント!」
小学一年生の理科の時間、担任の先生が言った言葉、懐かしい声まで記憶の部屋に入ってました(笑)
長い糸でしたらどうなるの?ということが気になる私と友だちは、後日校庭で50メートル糸電話の「じっけん」をしました。

タイムスリップから戻って、ふと思ったこと。
糸電話の糸をどんどん長くしたら、遠い日のあの時間につながるのだろうか。
今はもう思い出の中でだけ会える人たちと、話すことができたらなーなんて…
何かあたたかい思いで満ちてきて、気がついたら朝を迎えてました。





思い出しました。
後日、
ANNA
2014年11月27日 12:46
aostaさん、ごめんなさい。
また消去したはずの言葉が残ってしまいました(苦笑)
失礼しました。
2014年11月27日 18:59
◇カタナンケさん

素敵な思い出をお持ちなんですね。
懐中電灯で合図しあったお友達は、今もお元気でいらっしゃいますか? 私にも秘密の場所や秘密の合図を共有していた友達がいたんですよ。
アンとダイアナに倣って「腹心の友」なんてね(^-^;
期末テストの前など、真夜中にこっそり彼女の家を訪ねて、窓から部屋に入りこみ、一緒に一夜漬けに励んだこともありましたっけ。
あんな時代があったこと自体,今となっては夢のようです(*^^*)
時ってどうしてこんなにあっという間に過ぎ去るのでしょう。私自身は少しも変わっていないと思うのに、気持ちだけいつも置いていかれます。
2014年11月27日 19:21
◇ANNAさん

私の拙い文章が、ANNAさんの遠い日の記憶の扉を開けるきっかけとなる・・・・なんて素敵なんでしょう!
そんな風に言っていただけて、とっても嬉しいです。糸電話ってなぜか懐かしいですよね。糸を伝わってくる声は、よく知っている友人の声とはちょっと違って聞こえてきましたっけ。そうそう、糸はぴんと張っていなければならないのですよね。あの張りつめた感じが好きでした。
ANNAさんは「ホノアカボーイ」という映画をご覧になられたでしょうか。
大昔におじいさんを失くしてずっと一人暮らしだったビーさんは、孫といってもいい年齢のレオに淡い恋心を抱いて、糸電話で思いを伝えようとするのです。果たしてびーさんは自分の気持ちを言葉で伝えたのかしら。もしそうだとしてどんな風に?
とっても不思議でのんびりしていて、どの俳優さんもとびっきり魅力的なこの映画、大好きです。
2014年11月27日 19:29
◇ANNAさん

消去したはずの言葉が残っていた・・・・
なんだか言葉がその場所に漂っているみたいな感じがしましたよ(^-^;
前のコメントで映画のURLを添付し忘れましたので、こちらに入れさせていただきました。ご興味がありましたらどうぞ。

>糸電話の糸をどんどん長くしたら、遠い日のあの時間につながるのだろうか。

そう。この感覚。いつも私の胸を波立たせています。たとえば、以前のブログにも書きましたが「湿原の水鏡に映る空に、みんながまだ子供だった頃の空が繋がっていないか、瞳を凝らす。」という感じ。やっぱりANNAさんが共感してくださいましたっけ。

2014年12月01日 08:49
お写真の植物の芽が、
糸を手繰る、ハープを弾く、娘の手のようです。
何の芽でしょうか?
2014年12月02日 16:58
◇ぴぴんさん

御無沙汰しております。
コメントをいただき嬉しいです。
おたずねの植物の画像ですが、たまたまネットで公開されていた画像をシェアさせていただいたものなので、何の芽なのか私にもわからないのです。
あまりに美しく、祈る手のようにも見えませんか?
後ろに写っている葉っぱの感じからすると、マメ科の植物のような気がしますがどうでしょうか。指先のように見えるものが少しづつ開いて葉っぱになるのではと思います。マメ科だとしたら左右対称に丸い葉っぱが付くのではないかしら?
ANNA
2014年12月02日 17:29
aostaさん、映画のご紹介ありがとうございます!
倍償千恵子さんはもちろん、出演者がみな素敵な俳優さんばかり。
糸電話で告白というところがまた、キュンとしますね(笑)
映像を担当する市橋織江さんという方、この方の写真を観たことがあるのですが
光の捉え方が本当に美しいんです。aostaさんご紹介のこちらの映画も、市橋さんならではの美しい光が捉えられているのではないのかな~そういう点でも楽しみです。
ANNA
2014年12月02日 18:05
続きです。
「湿原の水鏡に映る空に、みんながまだ子どもだった頃の空が繋がっていないか、瞳をこらす」この一文。深く頷きたくなるような言葉でしたので、わたしもよく覚えてます。
この思い、年々強くなってくるようです。
何かのきっかけで思いが湧いてくると、心がざわざわとしてきて
気持ちにぴったりの言葉を探しだそうとするんですね。
言葉が見つからないと、いつまでもその思いは心の中をさまよい続けていて
なんだか落ち着かない。
aostaさんは、本当に豊かな言葉の泉をお持ちなので、aostaさんが綴られた文の中に
私が探していた言葉が見つかると、嬉しくなるんですよ。ありがとうございます。



2014年12月02日 20:31
◇ANNAさん

こんばんは。コメントありがとうございます(*^^)v
「ホノアカボーイ」は特別わくわくどきどきするドラマもありませんし、ほんわか。しんみりとした時間がゆっくりとたゆたうように流れてゆく映画です。あまりヒットしたという話は聞きませんが、嵌まる人は嵌まる映画だと思います(笑)

>出演者がみな素敵な俳優さんばかり。

そう言っていただけると嬉しいです。
度の俳優さんも、ほんと「いい仕事」しています。松坂慶子ってこんなにいい女優さんだったの?って常日頃「松坂慶子大根説」を唱えてやまない私の目からポロポロうろこが落ちました。市橋織江さんがお好きなのだとしたら、必ずや楽しんで頂ける作品だと思います。
2014年12月02日 21:01
◇ANNAさん

>この思い、年々強くなってくるようです。

ANNAさんも、ですか?
私もここ数年、同じ思いに駆られることが本当に多くなっています。
「あの頃」への思いは、「あの頃」と「今」が隔絶してゆくほど強くなります。
単なるSF世界の話、と思っていたパラレルワールドですが、実際に物理学の世界でも理論的な可能性が語られていると知って以来、祈るような思いを馳せることが多くなりました。もちろん「並行世界」は過去と同じではありませんが、ありえたかもしれないもう一つの世界と思えば、懐かしい人や懐かしい場所が存在しているかもしれない、と夢想してしまうのです。でも夢想はたいてい、切なく淡く消えてゆきます。あのころへの思いだけが残像のようにいつまでも瞼の裏側で懐かしく揺れています。

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