武藤哲也リコーダー・リサイタル 終わりました!




台風19号接近のさなか、10月は13日の日曜日。
予定通り武藤哲也リコーダー・リサイタルが無事終了いたしました。


テレビでは終日台風のニュースが流れ、一時はリサイタルを行うことさえ危ぶまれるなか、
お客様が来てくださるか、恐る恐るの決行でした。
開演の直前、嵐の気配を含んだ雲が勢いよく流れてはいましたが、雨自体はほとんど降らず、
心配された風もなかったことが多少なりとも幸いしたかもしれません。




画像





小雨の中、三々五々集まっていらしたお客様で少しづつ客席が埋まり、いよいよ開演。
第一部は、先日亡くなったリコーダー奏者ブリュッヘンへの追悼の意を込めて、彼の母国オランダの曲を中心としたプログラムです。

第一曲目はジョン・ダウランド、ファン・アイク(1589/90頃-1657)編曲による 「涙のパヴァーヌ」。
続いてリコーダー・ソロによる、同じくファン・アイク作曲の「笛の楽園」より「戦争」。
盲目のカリヨン奏者であった彼が残したリコーダーのための曲の中でも「笛の楽園」は特に知られた曲集です。
ダウランドの曲も、ファン・アイクの曲も、魅力的であると同時に奥の深い作品。
単純な旋律とリズムの繰り返しを、リコーダー1本でどこまで聴かせることができるか・・・・
音楽性を問われるという意味で、演奏者にとってはひとつの試金石といえるかもしれません。
さて今回のお客様は、どのように聴いてくださったでしょうか。

続いてのチェンバロ独奏、作曲者不詳17世紀の曲「ダフネ」。
そのタイトルが示すように、ギリシャ神話に想を得た作品です。
河の神の娘ダフネは、月桂樹に姿を変えることで、アポロンの執拗な求愛を逃れたと言われていますが、
そのダフネの心情を表すが如く、チェンバロは様々な変奏を繰り返してゆきます。
そのの響きは、あるときは風のように、またある時は流れる水のように。
また儚げに、そして大胆に、時に息を潜めるように・・・・・圧巻ともいうべき大村さんの演奏でした。

そして第一部の最後は明るく華やかなテレマン。
ダフネの後のテレマン、なぜかほっとしました(笑)







そして休憩を挟んで第二部。
ヘンデルのリコーダー・ソナタト短調HWV360とハ長調HWV365の2曲に加え、チェンバロソロではヘンデルのシャコンヌHWV435。
見てのとおり、オール・ヘンデルのプログラムです。
もしかしたら、今回武藤が一番演奏したかったのはこのヘンデル。
テレマンのようなきらびやかな華やかさこそありませんが、しっとりと歌い上げるような旋律が印象的なヘンデルの音楽には、どの曲にも不思議な暖かさを感じます。
繊細かつ確かな通奏低音に支えられ、リコーダーの響きがホールを柔らかな光のように満ちてゆきました。






画像

小柄で華奢な雰囲気の大村千秋さん。チェンバロに向かうと、表情も演奏も、こんなにも凛々しい!







画像

すべてのプログラムが終わった後の満面の笑顔。客席からは熱い拍手!






画像




そして誰もいなくなったホールにはまだ音楽の名残り。
まっすぐで伸びやかなリコーダーの音色と、乱反射するようなチェンバロの響きが、残照のように漂っているような気がして、いつまでも立ち去り難い想いでした。






今回、悪天候を押しておいでいただきましたお客様、本当にありがとうございました。
また快くチェンバロをお貸しいただいたばかりか、搬入・搬出の労を厭うことなくご協力くださいましたNakajimaさん。
最後に、素晴らしい演奏をご披露いただいた大村千秋さん。

皆様のおかげで今回も無事演奏会を終了することができましたことを、心より感謝しております。
ありがとうございました。





武藤哲也リコーダー&オカリナ教室はこちら → http://folli-2.at.webry.info/201503/article_4.html 




この記事へのコメント

HT
2014年10月21日 21:28
こんばんは。
リサイタル、無事に終えられて良かったですね。お疲れ様でした。
素敵な会場ですねぇ。この会場見ていて思い出しましたが、松本市と塩尻市の境に大きくはないですがコンサートの出来る会場があります。子供達がまだピアノやっていた頃に使っていました。あと城山にも、あれは喫茶店なのかレストランなのかわかりませんが、ピアノの発表会などが行われている所があります。正確な名前とかまた調べますね。
ぶんな
2014年10月22日 20:59
コンサート、どうだったかと気に掛けておりました。
先ず聴きにいらした方々が守られたことにホッとし、滞りなく良い音楽が奏されたこと、何よりでした。
芸術的な雰囲気のコンサート会場ですね。

そして、おめでとうございます!!
2014年10月23日 04:29
◇HTさん

おはようございます。
リサイタル、おかげさまで何とか終了いたしました!(^^)!
コンサート会場のこと、いつも気にかけていてくださいましてありがとうございます。
松本市と塩尻市の境にある会場・・・・お子さまのピアノ発表会の会場だったのでしょうか?
城山のお店は、何となくあそこかな、と見当がつきました。
ギャラリーと喫茶を兼ねた「憩いの森」のことではありませんか?
いい雰囲気のお店ですね!
2014年10月23日 04:39
◇ぶんなさん

コンサートについてご心配いただきありがとうございました。
台風上陸は全く不測の事態で、お客様の入りが心配されましたが、とか開催の運びとなっただけでなく、コンサートの前後も激しい風雨に見舞われることなく終始しましたこと、本当に感謝です。
こじんまりとしたコンサートですが、その分音楽を身近に感じることのできる、贅沢なコンサートだったと思います。演奏が終わるたびにいただく拍手も本当に心のこもったものでした。演奏する側も、演奏を聴く側も、ひととき音楽の喜びを共有した時間でもありました。特に第二部、ヘンデルの演奏では会場の雰囲気が高揚していくのを肌で感じた素晴らしいひとときでもありました。
幸せなコンサートという言葉があるとすれば、まさにそんな感じのコンサートでしたよ。
ANNA
2014年10月24日 22:47
aostaさん、こんばんは。

BWV106番のカンタータのソナティーナが、リコーダー奏者フランス・ブリュッヘンとの
出会いでした。以来、音楽に詳しい先輩に教えていただきながら他の録音も聴くようになりました。氏のヘンデルのリコーダーソナタは、私にとって今でもとっておきの特別な演奏です。
今回のコンサートに伺いファンのひとりとして、ブリュッヘンを偲びたかったです...

2014年10月26日 06:49
◇ANNAさん♪

おはようございます。
BWV106、私もほんとうに大好きな曲です。寄せ返す波のような、温かく悲哀を帯びたリコーダーの旋律は忘れられません。
以下は以前私がこの曲につい書いた際のP氏のコメントです。
実際にリコーダーを演奏してみて、初めて納得することだっとも思いますのでちょっとな外ですが全文引用させていただきます。

「なぜバッハは、わざわざ2本のリコーダーをユニゾンにしたのか、考えたことがあります。恐らくバッハの時代でも、リコーダーはフルートと同様、パートは一人で吹いていたはずです。そしてフルートよりも、リコーダーの方がはるかにピッチのズレを聴き取りやすい。つまり2本で演奏すると、大抵は不快ピッチのズレを感じることは知っていたはず。ではどうして?

きっと、微妙なズレが欲しかったんだと。
リコーダー1本だけの、"優等生的な"音ではなくてです。
増4度とか6度といった、不安げなメロディを多用しているのも同じ理由ではないかと思うのです。でも皮肉なことに、これ以上なく優しい音楽になっているのですね。」

5分にも満たない小さな曲なのに、この上なく優しく、悲しく、どこかしら諦念をも感じさせるソナティーナ。このような曲をバッハのほかに誰が書き得たでしょう。 
ANNAさんがこの曲でブリュッヘンを知られたとは、なんて素晴らしい出会いであったことかと、わが身に置き換えて想像してしまいました。(私が聴いた初めてのブリュッヘンは、ラ・フォリアでした)
ヘンデルはP氏が最も愛する作曲家のひとりである上に、ブリュッヘンへの思いが重なって、私が申し上げるのも気が引けますが、本当に心に染みる演奏だったと思います。
ANNA
2014年10月26日 21:45
aostaさん、こんばんは。

私の愛するBWV106のソナティーナのお話をありがとうございます!
Papalinさんのコメントの
なぜバッハは、わざわざ2本のリコーダーをユニゾンにしたのか?の分析
また、増4度とか6度といった不安げなメロディを多用していることについて
こうした答えを見いだせるのは、音楽と、リコーダーという楽器の特性、特徴をご存じの
Papalinさんだからこそ!ですね。ひとつひとつなるほど!と思いながら読みました。

本当に、このソナティーナの旋律は、なんと美しく不思議な色合いを持った音楽なのでしょうか。
優しさと悲しさ、覚悟と諦念と
様々な(感情の)色の糸で織られたタペストリーのようです。
大好きな曲のお話が伺えて、とても嬉しかったです!
aostaさーん、Papalinさーん、ありがとうございます。






相反する感情が



楽器の特性
ANNA
2014年10月26日 21:54
aostaさん、続きです。
ごめんなさい。下の方にコメント編集中の文章が、残ってしまいました。
あらやだ、もう、はずかし一(笑)
Papalinさんのブリュッヘンに捧げるリコーダー・ソナタが素晴らしい演奏であったことは
想像できます!本当に聴きたかったです。
2014年10月27日 19:52
◇ANNAさん

こんばんは。
再コメントをいただき、嬉しいです。
たまたま昨日も、P氏と話をしているうちに、楽曲と楽器の特性についてといった話が出たところです。リコーダーのために作曲された、または編曲された作品の中にも、リコーダーという楽器が持つ特性を考慮されていないものも少なくないということです。楽器の特性を知ってこ、祖の楽器の魅力が最大限に発揮できるるというわけで、それは作曲だけでなく演奏するにあたっても同じことがいえると思います。その意味でも、ブリュッヘンのソナティーナは本当に素晴らしいと思います。

ANNAさんがこの曲を「優しさと悲しさ、覚悟と諦念と様々な(感情の)色の糸で織られたタペストリーのようです」と書いてくださったことに全く同感です。そして、ANNAさんが「覚悟」という言葉を選ばれたことに、どきんとしました。背反しあう感情を結んでいるのは、まさにこの「覚悟」の印象なのかもしれませんね。

2014年10月27日 20:02
◇ANNAさん

>下の方にコメント編集中の文章が、残ってしまいました。

ふふふ(^-^; 
私なんか私のブログへの書き込みを、こっそり編集しなおすことがしょっちゅうですよ。そればかりか誤字や脱字も多くて、それこそ、はずかしいー(笑)

ちょっと迷いましたが先のコメントでP氏がコメントを入れてくれたブログのURLをリンクさせていただきました。
もしご興味があるようでしたら、覗いてみてください。
ちょとナーヴァスな心境での印象なので、その分は割り引いて(笑)くださいませ。
ANNA
2014年11月10日 22:17
aostaさん、こんばんは。

記事のご案内、ありがとうございます。
モーリス・ドニの絵画とともに、aostaさんが書かれた「ソナーティナ」の記事
味わっておりました。 aostaさんの文章を読んでいると音楽がきこえてくるようです。

ドニのこの絵画、私は初めて観たのですけれども色調といい、絵画全体の雰囲気
といい「ソナーティナ」の旋律にぴったりですね。いつかこの絵画を観てみたい
!そう思いました。
音楽を聴いた時、特定の色や絵画作品がイメージされたり、以前見た景色が
思い出されることがあります。一方、絵画や写真を見た時に知っている音楽の
フレーズが鳴り出すことも…
私の場合、視覚と聴覚が互いに補いながら作品の印象を作っているような気がします。
2014年11月11日 19:36
◇ANNAさん

勝手にリンクさせていただきましたのに、お読みいただいたばかりか、丁寧なコメントをいただき恐縮です。

ある傷心の夜、たまたま聴こえてきた「ソナティーナ」。
演奏者は決して有名なひとでありませんでしたし、今となってはその名前さえ思い出せないのですが、心に深いところでこだまするように聴こえてきたあの旋律を忘れることはありません。一期一会とでもいうべき不思議な経験でした。
ドニの絵は昔から好きなのですが、このバッハの曲と分かちがたく結びついています。
「音楽を聴いた時、特定の色や絵画作品がイメージされたり、以前見た景色が思い出されることがあります。」というANNAさんの経験は私にも共通することで、特に色との関係はある種の共感覚とでもいうようなものを感じています。
音楽が記憶を喚起し、音楽が記憶を喚起する。音楽は私にとって一種の心象風景ともいえるのかもしれません。

この記事へのトラックバック