マジックアワー





太陽が沈んだあと暮れ残った陽が、世界を儚い薔薇色に染める束の間

マジックアワーは名前通りの魔法の時間。



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                    光は金色の粒子をまとい、樹々の幹も光沢を放つ。




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            満開を過ぎた八重桜の花が、不思議な明るさの中で音もなく花を散らしている。

           重力に耐えかねたかのような不意の落花に、なぜか「永遠」という言葉が木霊する。
   


                        時間さえ失われたかのようなひと時

                     一日の最期の光が風景を彩るマジックアワー。





            
                 ◆光の庭 magic hour  →  http://folli-2.at.webry.info/201006/article_11.html







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この記事へのコメント

HT
2014年05月24日 00:03
こんばんは。
夕暮れ時の写真綺麗ですね。私はこう云うの上手く撮れなくて殆ど撮ったことがありません。この時間は何となく寂しいものですよね。
今日は夕方山が綺麗にピンク色に染まったので夕焼けはどうかなって待っていましたがダメでした。ここのところ夕焼けしません。其方は如何でしようか。
2014年05月24日 20:51
◇HTさん

陽が沈んだ後、明るさが残っているとはいえ、写真撮影の条件は難しいですね。
シャッタースピードが遅くなり、どうしても手ぶれしてしまうのは私も同じ。
トンビが油揚げをさらうように、P氏の写真を拝借したちゃっかり者は私です(;^ω^)

夕暮れ、という言葉からしてどこか物悲しく寂しい感じがする一瞬ですよね。
帰りたいのに、帰り道がわからず、途方にくれた子供のような心境になるのはなぜなのでしょう。薔薇色の淡い光が、見慣れた風景を見知らぬものに変えてしまう不思議な時間です。

>ここのところ夕焼けしません。

この写真を撮った日もそうでしたが、こちらではきれいな夕焼けが見られますよ。
同じように晴れていても、塩尻峠を挟んで条件が違うのかしら。
ぶんな
2014年05月25日 05:29
前ページのスノーフレークの写真にも感心しましたが、これもまた。
早朝の景色もいいですが、夕暮れのこの一瞬もまたすばらしいですね。地上を日が照らしはじめるとき、そしてこの名残惜しげに日が没する直前のひとを引き込む美しい瞬間。光と影のドラマ。思えば久しく見ておりませんでした。感謝です。
2014年05月25日 06:03
◇ぶんなさん

おはようございます。
早朝や夕暮れの光は特別ですね。きらきらとエネルギーを発する朝の光、そしてまさしく「名残り惜しげに」暮れ残る夕。
季節が移るにつれ、光の濃さも表情も変わっていきます。
今の季節の光はまだ淡く優しげです。
朝起きればまずは庭のパトロール(笑) 
庭をひと巡りする間、私も植物たちと一緒に朝日を浴びています。
夕暮れ時ともなると、「今日の庭」の見納めとばかり、再び庭のパトロール(笑)。 たった一日の、朝と夕ですが、名残惜しくてなりません。
朝はまだうずくまったままだった蕾がわずか一日ですっくと立ち上がっているのを発見したりすると、もう嬉しくて(^^♪
2014年05月26日 13:35
マジックアワー
ゆっくりと
感じてみたい、、、
2014年05月26日 16:12
◇バクさん

三谷幸喜さんの「マジックアワー」という映画もありましたよね。
三谷さんらしい、コミカルで洒脱な映画でしたが、あの作品の中では、『人生で最も輝く瞬間』」というニュアンスで使われていました。人生を一日に例えるなら、残照に照り映えるマジックアワーは、確かに一番美しい旬かもしれません(*^^)v
2014年05月28日 04:31
マジックアワーとか、ゴールデンアワーとかいう表現があるとは知りませんでした。一番目に入っている写真のように、木の幹が黄金色に輝くのを教えてくれた友達がいました。夏休みを過ごすために田舎に住む私の家に滞在していた彼女と庭に座っておしゃべりをしていたら、「見て、見て~! これが私は大好きなの~!」と叫んだのです。そこにずっと住んでいるのに、こんな珠玉の時間があるとは全く気がついていなかった私でした。夕暮れ時といえば、空が赤くなるのを探していただけなので。

マジックアワーを教えてくれた友達は、生粋のパリっ子。子どものときに夏休みを過ごした田舎の別荘で、「野菜畑でパセリをとってきて」と言われて張り切って庭に出て、ニンジンの葉を摘んできてしまったので、大人たちに大笑いされたので傷ついたと話していました。裕福な家庭に育ちながら、幸せな子ども時代ではなかったようなので、ゴールデンアワーに喜びを見出していたのかもしれません。

林に差し込んだ夕日が木の幹を黄金色に輝かせるのは、夕焼け空の美しさに勝るとも劣らないと教えてくれた友達。それを見るたびに、今は天国にいる彼女のことを思い出しています…。
2014年05月29日 05:33
◇Otiumさん

おはようございます。薔薇のお話の続き、そのままで申し訳ございません。
もう少しお待ちくださいね。

マジックアワー、またはゴールデンアワーは、束の間世界が違う装いを見せてくれる狭間の時間でもあります。光に縁どられたその時間は、いつも私たちが慣れ親しんできた世界が揺らぐときでもあります。
懐かしいような、寂しいような、それでいてどこか満たされたような不思議な時間を親しいお友達と共有できたことは、そのお友達がすでに亡いことを思うにつけ、大切な大切な思い出のひとこまとして残っているかと思います。
私とっては、この金色の時間は、デジャヴ的な感覚が呼び覚まされる、まさに「魔法の時間」です。マジックアワーという呼び方を知らなかった子供の頃、世界が金色の光の中に包み込まれるこの時間が喜びでもあり、不安でもありました。

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