行く春




今となっては遠い昔の話になりますが、学生時代は、毎年5月連休を待ちかねるように、
喧騒の新宿駅から実家のある長野に帰ったものでした。

特急あずさではなく、急行アルプスでの帰省です。
八王子を過ぎたころから、それまで密集していた住宅はまばらになり、プラットフォームの人影も少なくなって、
線路沿いには勢いのある緑色の畑や、雑木林が多くなり、山梨県に入ると、トンネルが続くようになります。
光と闇に断線を繰り返す風景の中をひた走る電車が、やがて山間部を抜け勝沼近くになると、
窓の外は一面、目も覚めるようなピンク色の桃の花で埋め尽くされています。
花影の中に見え隠れする家々の窓が、明るく光っています。
うらうらと春の日差しを浴びた桃畑、葡萄畑が広がる光景は眠くなるように長閑です。

どこまでも続くかと思われた果樹園もいつしか途切れ、甲府を過ぎて、線路が緩やかなカーブを切るころには、
急に高くなった空の下に、優美な弧を描く八ヶ岳の裾野が、青く見えてきます。
それまで単調なリズムを刻んでいた線路の音が、勾配を上り下りするたびに変則的に変わり、
標高が高くなるにつれて、空気が少しづつ清明にくっきりとしてくるのがわかります。
八ヶ岳が間近に迫り、そして懐かしいその姿が後ろにと流れて、小淵沢を過ぎ、富士見に近づくころになると、
明らかに空気の感触が変わります。
茅野を過ぎれば、上諏訪はもうすぐです。
網棚から荷物をおろしたり、切符を確認したりしながらも、そわそわっと落ち着きません。
やがて電車は、見慣れた国道沿いの景色の中を故郷の駅にゆっくり入ってゆきます。


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実家の庭は東京とはひと月あまり遅れて春の本番でした。
八重桜がぽったりと重たげな花をつけた下には、エニシダが、大きく枝を広げています。
金色の花は輝かしい5月の光のようです。
玄関先の白樺はみずみずしい若葉で装い、その根元には母が大事にしていた鈴蘭が薫っています。
そして花壇には、光るように鮮やかな赤いチューリップと、可憐なスノーフレーク。
一見、地味なスノーフレークですが、真っ白な花弁と愛らしいグリーンのスポットが何より清々しく、
風と戯れるように俯きながら揺れる様子は、可憐で美しい光景でした。




八重桜と白樺は、家を新築した記念にと、父と母が植えたものでした。
私が大学に入ったころは、植えてからすでに10年近くが経っていましたから、どちらの樹もかなりの大木です。
桜が咲けばその下でお花見をし、風が吹けば、さらさらと涼しげな白樺の葉擦れの音を楽しんだものでしたが、
ある年、市内にアメリカシロヒトリが大量発生して、町中が大騒ぎになりました。
桜の樹にも、白樺にも、びっしりと卵が産み付けられ、やがて卵から孵った幼虫は、すべての葉を、葉脈だけ残してレースのようになるまで、食べつくしました。
何とか樹を守ろうとした父は、枝を払ったり、灯油をしみこませた布を巻き付けた竹竿で、アメリカシロヒトリの巣を焼いてみたりと、手を尽くしたのですが、駆除することはできませんでした。
記念樹として大切にしてきた樹を、自らの手で切り倒した父は、さぞ無念だったことでしょう。

帰省のたびに、私を迎えてくれた実家の八重桜も白樺の若葉も、もう見ることは叶いません。
白樺の木陰で優しい花を咲かせていた鈴蘭も、前後して絶えてしまいました。
その寂しさを慰めてくれるかのように、実家のスノーフレークは、毎年増えて群生し、今でも庭の一角で
昔と変わらず涼しげに風に揺れています。








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ブルネラは忘れな草によく似た花ですが、忘れな草に比べるとかなり草丈が違います。
何よりも、忘れな草は一年草ですが、ブルネラは宿根して冬を越し、春になると一回り大きな株になって
花を咲かせます。
去年植えたときは,手のひらに乗るほどの小さな苗だったのですが、今年は一回りどころか二回り以上大きくなったような気がします。





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我が家の八重桜もそろそろ終わり。
庭には種類の違う桜が何本かあるのですが、山桜と前後して咲き出すこの八重桜が一番遅咲きです。
桜が散ってしまうと、桜に代わって、この樹に絡んでいる野いばらが、白い滝のように花を咲かせます。
植物は、自分の順番を違えることなく花を咲かせては散り、やがてそれぞれに実を結び、その実が落ちて
また次の世代が育ってゆきます。
その繰り返しが、以前にも増して愛しく思える春です。






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この記事へのコメント

HT
2014年05月21日 00:16
こんばんは。
ご実家の記念樹残念でしたね。もしかしたら同じころなのかもしれませんが。私の家でもアメシロで桜の木がダメになってしまい、切り倒してしまったことがありました。鈴蘭は私が1本だけ貰ってきて植えたものが今は群生して咲いています。
懐かしい思い出、東京から帰省してくるときの電車からの景色の移り変わり良くわかります。信州の春は東京とは1か月違っていますものね。大切な思い出ですね。私にはもう両親はいませんが、私の育った家はそのままになっています。壊すに壊せなくています。思いでは心の中で大切にしていきましょうね。
2014年05月21日 08:40
最初の方は、その情景が目に浮かぶようでゆっくり読ませていただきました。私も子供の頃の軽井沢の祖母の家を思い出しながら・・・ 桜の木、残念でしたね~・・・お父様やご家族の気持ちのこもった木、アメシロが恨めしいですね。 子供の頃は軽井沢まで電車でしたので、埼玉後半になるにつれ、TVアンテナも高くなり、山々も見え始め、空気の感じの違いを子供ながらに感じながら移動して行きました。帰って来る時は埼玉に入ると今まで消えていた汗疹がまた噴出して来たりもありましたね。 懐かしい記憶を今、辿りながらほんわかした気持ちになれました。
2014年05月22日 07:46
先日は静岡の友達を誘って見延線から原村入りでした。
aostaさんもあの八ヶ岳の裾野をぐるーと廻り込む景色を何度もたのしまれたのですね。私は韮崎から向こうは初めてで、東側からの八ヶ岳をたのしみました。

お庭見に行きたいわ!
ぶんな
2014年05月22日 09:33
当時のaostaさんの新鮮な目線が感じられます。若き日の、今もお若いですが、記憶から呼び出された景色、情景のみずみずしさよ!!
2014年05月22日 13:41
◇HTさん

お返事が遅くなって申し訳ありません。
一時期、桜をはじめたくさんの樹がアメリカシロヒトリの食害でやられましたね。
今はほとんどその名前を聞かなくなったのは、有効な薬ができたということなのでしょうか。HTさんのお庭には鈴蘭が群生しているんですね。花の季節には庭いっぱいに、さわやかな香りが広がるのでしょうね。白樺の木に鈴蘭という組み合わせは、母がイメージした高原の風景だったのでしょう。本来鈴蘭は強健な植物のはずですから、どうして消えてしまったのか、今だにわかりません。
現在の実家は私は小学校4年の時に建てられました。上諏訪駅近くにあった懐かしい家は、その後ほかの方が住んでいましたが、現在では取り壊されて新しくなりましたが、当時の家の間取りや庭に咲いていた花など、今でも鮮明に覚えています。思い出の中のこの家が、一番懐かしい家です。
2014年05月22日 13:55
◇mintさん

こんにちは。
同じ長野県でも、諏訪・松本へは新宿起点の中央本線、軽井沢・長野へは上野が起点の信越線ですね。中央線と信越線とでは見える風景も違っているでしょうが、信州に入って感じる空気は同じだと思います。現在では、上野・長野間は新幹線が主流なのでしょうね。山がちでカーブの多い中央線には新幹線は向かないのかもしれませんが、時間が早いという理由は、私にとってあまり魅力的なことではなく、ゆっくり車窓の風景を楽しめる電車、なろう事ならば各駅停車の旅をしたいな、と思います。

>埼玉後半になるにつれ、TVアンテナも高くなり・・・

私、そのことにはまったく気が付きませんでした(笑)
考えてみれば電波も山にさえぎられるんですものね。なるほど!
信州は空気が乾燥していますから、子供の頃、じとじと蒸し暑い夏は経験したことがありませんでした。汗疹も未経験だった私は東京での生活で一番応えたのも湿度。
最近は信州でも30度を超す暑い日が珍しくなくなりました。今のところ湿度は昔とそう変わらないようですが、温暖化の影響はじわじわと進んでいるようですから油断はできませんね。
2014年05月22日 14:07
◇さえさん

こんにちは。
電車の窓から八ヶ岳が見えてきたときのうれしさ!
今でもよく覚えています。
4年生になるまで住んでいた上諏訪駅近くの家からは八ヶ岳は見えませんでしたが、引っ越した先の家からちょっと先の川の橋からはよく見えました。高校への行き返り、自転車を止めては、良く眺めた懐かしい山です。
見延線は学生時代の友達の結婚式に出席するために一度だけ利用したことがありますが、浜松までひたすら遠かったことしか覚えていません(笑)。今は電車の本数も多くなって当時より時間短縮されているかもしれませんが、長野県人が身延線を利用する機会は、今も昔もそう多くないような気がします。

6月も中旬近くになれば、薔薇の花も咲き始めると思います。
お声をかけますから遊びにおいでください(*^^)v
2014年05月22日 14:17
◇ぶんなさん

>記憶から呼び出された景色、情景のみずみずしさよ!!

ただ電車の窓から見えた光景を描写しただけですのに、ありがとうございます。
若いころって、小さなことでもよくおぼえているものですね。
些細な出来事にも感動していた、あのころの自分が懐かしく思い出されます。
最近は上京するにも高速を利用することが多くなりましたが、高速道路の上からは遮音壁のために、風景を愛でることができませんね。そこで思いついて、先日各駅停車で東京まで行ってみました。特急では通り過ぎるだけの駅に停車し、乗り降りする人々を眺めているだけで、忘れていた時間を思い出すような、暖かい気持ちになりました。
カタナンケ
2014年05月22日 17:33
私がまるで 急行アルプスに乗って 上諏訪に帰郷するかのような
情景、、 読ませていただきましたよ、、
電車の窓から海や山がみえる、、というのは ひときわ印象ぶかい
風景だと おもいます、、
わたしも 神戸から 高円寺に 来たとき(実家が転居)
中央線の車窓のそとが 六甲山でなく
どこ迄も続く 甍の波、、というのに
いいしれぬ不安をかんじたものです、、

ちょうど同じ頃かもしれません
わがやの サクランボの木を切ったのも、、
隣に枝がでては きりつめていた サクランボの木に
アメリカシロヒトリがいっぱいつき お隣から
クレームがついたので とうとうばっさり、、
毎年ざるにいっぱいは サクランボがとれたのですよ、、
残念でしたよ~
サクランボの季節になると 思い出します~
2014年05月23日 09:21
◇カタナンケさん

おはようございます。
昨夜の雨も上がり、森も庭もみずみずしい緑色に呼吸しています。

小さな旅を一緒に経験してくださって、嬉しいです。
学生時代は中央線沿線に住んでおりましたから、高円寺という名前も懐かしい響きを持っています。高層ビルは少ないにしても、住宅が線路沿いまで密集し、山並みは望むべくもない街並み、私もカタネンケさんと同様の不安を感じていました。
どんな山であれ、そこに山があるというだけで、心が落ち着くのは山国に育った性でしょうか。気持ちがそぞろになった時は、良く井の頭公園を散策したものです。公園とはいえ、緑豊かな木立の中に身をおくと落ち着いたものでした。

サクランボも同じ桜と同じバラ科ですから、アメリカシロヒトリに狙われたのでしょうね。お庭でざる一杯のサクランボが採れたなんて、うらやましい限りです。サクランボはお高くて、当時はなかなか買えませんでした。そういえば、吉祥寺にチェリーパイがおいしい喫茶店があって、アルバイトのお金が入ると友達を誘って食べに行ったんですよ。チェリーパイといっても、アメリカンチェリーでしたが、とても美味しかった。
サンロードをちょっと横に入ったビルの中にあったお店は、もうなくなってしまいました。
カタナンケ
2014年05月23日 18:53
おお、、aostaさんは 高円寺も 吉祥寺も おなじみがあったのですね、、
高円寺は実家、、 結婚して住んだのは となりの 阿佐ヶ谷、、
ほどなく 東村山、、そして 井の頭線 久我山、、
三鷹台とか吉祥寺は 子供が小さかったけど
公園につれていったり 懐かしい場所でしたよ、、
同じ空気をかんじていたときも あった、、か、、な、、??
2014年05月23日 19:54
◇カタナンケさん!

私、井の頭5丁目に住んでいたんですよ!
毎日、井の頭公園の池を渡って吉祥寺まで歩いたものです(*^^)v
もちろん三鷹台も久我山もよぉ~く知っています。
阿佐ヶ谷にも同級生がいたはず。学生時代はロンロンの中にあった本屋さんでアルバイトをしていました。きっとカタナンケさんも知っているはず。弘○堂書店です。
意外なところでカタナンケさんとつながっていたんですね(^^♪
Richard
2014年05月23日 22:21
新宿から長野への車窓の景色と上諏訪の花達を眺めていたら、急に阿佐ヶ谷の話が出て来たので何か書きたくなったしまった。私は中野出身で善福寺川や大宮八幡を遊び場にしていたから山が無いのが当たり前だったのですが、就職で滋賀に来てから自然と山波に囲まれ長く住んでいますので、たまに東京に行くと駅の雑踏に戸惑い、空を見上げて山を探すようになりました。 でもやはり武蔵野はふるさと、阿佐ヶ谷に息子もいるので時々上京した時に阿佐ヶ谷一町目の飲み屋街で呑むのが楽しみ。又遠からず東京にも長野にも行こう!
2014年05月24日 05:27
◇Richardさん

ようこそ!
丁寧にブログをお読みいただきありがとうございます。
長野県と滋賀県は「琵琶湖周航の歌」でつながっていますね。
規模こそ違え、私の故郷は山と湖の街です(*^^)v
山がないのが当たり前、、なるほど生まれて育った場所によって、海も山も違う意味が与えられるのでしょう。大宮八幡は知りませんでしたが、立派な神社ですね。こうした場所は時が流れてもあまり変わりませんから、当時の思い出がそのままなのではないかと想像します。人はおかしなもので、私など、わずか数年の東京暮らしでしたのに、卒業して実家に帰ると、東京の人混みが懐かしくてずいぶん寂しい思いをしたものでした。今ではたまに上京しますと、雑踏の中をうまく歩けません( ;∀;)
私の知っている阿佐ヶ谷は、駅前の庶民的な商店街が賑やかな町でした。居酒屋が似合う町、阿佐ヶ谷は、今でもきっと住みやすい街なのでしょうね。

もうじき6月、蓼科の夏も間近です。お目にかかれる日を楽しみにしております。
2014年05月26日 13:43
確かに 植物の従順さに
頭が 下がります、、、
2014年05月26日 16:14
◇バクさん

こちらにもコメントをいただきありがとうございます。
植物って、決して約束を違えないんですよね。動物も裏切りません。
そうしてみると、つくづく人間って因果な生き物だと思います。

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