消えがてのうた part 2

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zoom RSS 「ここにある”音”、ここから始まる」

<<   作成日時 : 2014/03/25 21:22   >>

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世界を取り巻いているのは、さまざまなnoise。そしてsound。

noiseと感じていた音も、耳をすますことによって、思いがけず心地よく感じられる時がある。
それはときに懐かしいsoundにもなる。
音の不思議。音の記憶。音の手触り。
音が作り出す風景。

「ここにある”音”、ここからはじまる」は、2008年から始まった茅野市民館の「音風景ワークショップ」で集められた多種多様な音たちを素材にしたコンサート。
コンサートとは言っても、いわゆる調整音楽とは全く趣が異なるものであろうことは予想がついたが、さて、実際にどんな「コンサート」なのか全く見当がつかないまま、会場である茅野市民館に足を運んだ。





画像





最初は、雨音、だと思った。
それも、地面に打ち付ける雨の音に重なるように、鶏のせわしい鳴き声、意味が聞き取れない会話、
雑多な生活音が聞こえてくる・・・
切り取られ、コラージュのように組み合わされ、重ねられた音たちが作り出した奥行のある風景。
それは私にとって、「どこかにあって、どこにもない場所」の風景だった。

私が雨だと思った音が、タイトルを見たとき,雨ではなく海の音だったことに気付く。
視覚に制約されない分、音は自由に語りだすのだろうか。
この時、水の音は、雨であり、海であった。
「音」から喚起されるイメージの豊穣なことよ。





やがて暗闇の中から響いてきたのは笙。
宇宙的とも、幽玄とも思えるその響きは、エレクトロニクスの演奏とあいまって、捉えどころのない、
しかし確かな「場所」を作り出してゆく。
どこまでも開いてゆく宇宙的な感覚。それと同時に、繭のように閉ざされてゆく不思議な体験。
微動だにしない笙奏者は、真っ白な衣装からの連想もあるのだろうが、あたかもひとりの巫女を思わせる。
彼女が巫女なら、もしかしたら、ここは彼岸。
宇宙の最果てであると同時に、世界が揺らぎながら始まる場所。





休憩時間の後に始まったのは、山羊の鳴き声とも、蛙の鳴き声とも似つかぬ、一種異様な音とともに行われた「モノクロームサーカス」によるパフォーマンス「山羊と蛙と女」
JR茅野駅に隣接し、コンコースでつながっているという市民館の利を生かした作品。
それぞれラジカセを捧げ持ったパフォーマーたちが、一般の乗降客が行き交うコンコースから、粛々と市民館ロビーへと移動してゆく前後を、観客である私たちの同じ空間を移動してゆく。
コンコースを過ぎ、市民館内部に入って、通路に平行して設置されている図書館のわきを経て、
ロビーに入った途端、ラジカセを持ったままのパフォーマーたちが走りながら踊り始める。
いや、踊りながら走る、といったほうがいいのだろうか。
コンサートホールの二階通路から、ラジカセがロープに吊り下げられて左右に大きく揺れながら降りてくる。
同時にホールとロビーをつなぐガラス張りのエレベーターが上昇と下降を繰り返す。
水平から垂直へ、垂直から平面へと導かれる視覚は、空間を絶えず移動し続ける「山羊と蛙」の声に翻弄される。
意表を突く展開でありながら、どこか懐かしいような、この不思議な感覚はどこから来たのだろう。
やがて踊り手たちはロビーから去り、促されるままにホールへ入った私たちの前で、ステージに仕掛けられたラジカセが音階とともにゆっくり上下動を繰り返しながらパフォーマンスが終わった。
上昇音階も下降音階も、コーラスグループの発声練習をそのまま録音したもの。
無機的なステージに、暖かな女性の声による音階。用意周到なミスマッチ。
観客席にさざなみのような笑いが広がる。
非日常が日常に戻った瞬間。


日常の音と、非日常の音。
耳をすますことで広がってゆく世界。私たちの世界は音に満ちている。
音を構築することは、ひとつの世界を構築すること。
コンサートの中で、手渡しされていった音の余韻がまだ残っている。
音は物語。
そして私たちには、「物語」が必要なのだ。






それにしても悔やまれてならないのは、コンサートの後に開催されたシンポジウムに参加できなかったこと。
いったいどんなテーマで、どんな展開があったのか、気になって仕方がない。
誰か教えてくださいませんか?







コンサート「ここにある“音”、ここからはじまる」プログラム

    日時   2014/3/23 sun OPEN 13:00 / START 13:30
    場所   茅野市民館 マルチホール ほか



1作曲 リュック・フェラーリ  演奏 今井慎太郎
 「プレスク・リヤン(ほとんど何もない)あるいは海辺の夜明け」より

2 作曲 今井慎太郎 演奏 今井慎太郎、笙 中村華子 
  「あは」笙とエレクトロニクスのための

3 作曲 ピエール・マリエタン パフォーマンス ピエール・マリエタン、5名の共演
  RUMEURS EMERGENCES EMPREINTES

4 作曲 足立智美 演奏・ダンス モノクロームサーカス
  「山羊と蛙と彼女たちの交わり」


5 作曲 ブリュンヒルド・フェラーリ 演奏 今井慎太郎
  エクステリオール――デイ(外観――1日)

6 作曲 ジョン・ケージ 演奏・メディア作成 足立智美  技術アシスタント|James Welburn
  「 フォンタナ・ミックス+Solo for Voice 2」
  ※インターネット中継によるパフォーマンス





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コメント(12件)

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ごぶさたしています

とても興味がありますね

音って本当に不思議です。ノイズとサウンドは受け取る側の立ち位置でかわる。。。
しっぽ
2014/03/26 09:08
ふ〜む、、想像するのがむずかしい〜

前衛的コンサートをいうのでしょうか、、
聞いてみたい〜
カタナンケ
2014/03/26 19:50
奇遇ですね、実はこの企画には前々から参加していて、「音風景のライブラリー」の半分以上は拙者が編集しました。←ここだけの話

16日の公募作品発表会用にもその音風景のライブラリーのみで曲を作りました。楽器を一切使わずに作曲したのはこれが初めてでした。

いつかどこかで聞けるかもしれませんぞ!

てる
2014/03/26 21:09
今朝この記事を読んでから出かけましたところ、さまざまな音が聞こえてきました。で、気付いたことは、いつしか漫然と聞くようになっていて、そして無意識のうちに聴かなくなってしまっている音があったことです。馴れきってしまい感知しなくなっているといったらいいでしょうか。それが雑音ではなくともあったのですから。驚くなかれ川の水の流れる音がそうでした。朝だというのに。これでまたさまざま聴こえるようになっています。
ぶんな
2014/03/26 22:08
こんばんは。
ちょっと想像の出来ないコンサートで、一生懸命読ませていただきましたが、こんな感じなんだろうなって云うのはわかりましたが、如何も今一つわからないです。私はこう云うコンサートを聞いたことが無いので…。音楽は聞いている時の自分の気持ちや体調によっても随分違って聞こえて来てしまうような気がします。同じ音楽でもその時の聞いている場所によっても違ってきてしまいます。音楽は好きですが、不思議なものですよね。私の処の次男君バンド組んで音楽しています。一度だけ松本でライブしたので聴きに行きましたが…全く理解できませんでした。
HT
2014/03/26 22:33
◇しっぽさん

ご無沙汰したままで申し訳ありません。
コメントをいただき嬉しいです(*^^)v

普段こうした音楽(音楽?)を聴く機会はまずないのですが、ひょんなところでこのコンサートのプログラム・ディレクターの方とお話しする機会があり、興味を持った次第。凄く刺激的でわくわくする経験でした。
まだ私がずっと若かった時代、コンセプチュアル・アートに興味をもっていたころのことや、当時の友人を思い出しました。

自然の中の音、生活の中の音、街の音・・・・
耳が開いていると、いろいろな音が語りかけてきます。そのひとつひとつが魅力的です。現代の私たちの生活はこうした「音」が失われているのではないかと思います。音はそこにあるのに、私たちの意識はそこにない、という意味ですが。
その「音」に人が加わってモンタージュされた作品にはまた違った魅力があります。意図的な音楽以外の「音楽」に気がついた体験でもありました。
aosta
2014/03/27 07:04
◇カタナンケさん

おはようございます。

「音楽」を言葉で表現することって、本当に難しいと思うのですが、 私たちの身近にある音、環境音そのものをひとつの「音楽」とする感性を元に作られた作品を「演奏」した今回のコンサートの場合はもっと難しい・・・
音符ではなく、モチーフとしての「音」を組み合わせるという手法で「作曲」された作品を聴いたのは、私も初めて。今まで私たちが親しんできた旋律やリズムとは全く無関係の「音楽」です。その意味では「前衛」と言えるのかもしれませんが、私にとってはとても新鮮でわくわくどきどき。とってもインテリジェントな体験でした。
aosta
2014/03/28 07:00
◇てるさま

おお!
もしかして、こちらでお目にかかるのは初めてですよね?!
ようこそおいで下さいました。
ささ、ずっと奥のほうへ・・・・どうぞごゆるりとお寛ぎ下さいませ(^^ゞ

「こだけの話」
知りませんでした。そうだったんですね!でも考えてみれば、今まで聴かせていただいたてる様の作品も、感覚的にはこうした作品と共通するものがあるような気がします。てる様の作品は、どれも映像とマッチした疾走感にあふれた魅力的なものですが、そうした商業的なニーズに基づいた作品ではない、てる様が自由に作った曲(作りたい曲)も聴きたいです。
またそれとは別に、てる様が「音風景のライブラリーのみで作った曲」もぜひ聴かせてくださいな。楽しみにしています。お仕事がひと段落したらまたおしゃべり致しましょう。私たちはいつでもOKです(*^^)v
aosta
2014/03/28 07:26
◇ぶんなさん

音って、そのつもりになるといろんな音が聞こえてきますね。友人の一人が、そうした状態を「耳が開いている状態」と表現しました。私たちって、ちょっと意識するだけでいろんな音に気がつくはずなのに、知らず知らず聞こえてくる音に無関心になって、耳を閉ざしてしまっているのかもしれません。もちろん耳を覆いたくなるような騒音もありますが、自然の中の音、生活の音は本来、耳にも心にも心地よいものだと思います。
音に限らず、慣れることは惰性につながります。いつも生まれたての赤ちゃんのように耳を開いていたいですね!(^^)! いつも発見や驚きのある生活でありたいと思います。
aosta
2014/03/28 12:16
◇HTさん

>ちょっと想像の出来ないコンサートで、一生懸命読ませていただきました

HTさんの誠実なお人柄が伝わってくるコメントをありがとうございました。
毎日の生活の中で、私たちが気付かない季節の変化や変ってゆく町並み、変わらない町並みなど、HTさんの写真には、いつも私が見落としている穏やかな営みを感じています。同じものを聞いても、同じものを見ても、その時々の気持ちや体調、そして場所によって感じ方が違ってくるということは本当に不思議です。特に、視覚的なものと違って「音」は自分の意思とは無関係に聞こえてしまうもの。だからなおさら意識的に耳を閉ざす人と、聞く人との違いが大きくなるのかもしれませんね。

お子様がバンドをやってらっしゃるんですか?素敵ですね。若い世代の音楽すべてに共感することは、なかなか難しいですが、わからないと言いながら、息子さんのライブに足を運ばれるというHTさんは素敵なお父様だと思います!(^^)!
aosta
2014/03/28 12:36
aostaさん、こんにちは。

 音の記憶」って、確かにありますね。
漁業の盛んな港町に生まれ育った私の記憶の底に眠っている音というと
カモメの声、出航する船が鳴らす「ポー」という汽笛の音...それから
実家近くにあった造船所から聞こえてくる音でしょうか。
港町特有の音に囲まれて育ったなあと思います。

 カモメの鳴き声や、船の汽笛の音は、いつ聞いても心地いいものですが
船の製造や修理の際に聞こえてくる金属を叩く音、削る音などの様々な金属音は
心地よく思えないときもありました。今となっては、その音も当時の記憶とつながる大切な音になっています。

 

ANNA
2014/03/31 13:28
◇ANNAさん

こんにちは(^^♪

音の記憶には、頭だけでなく、身体そのものが反応するような気がします。懐かしい音は、その時の空気や香りとともに、記憶を鮮やかに蘇らせてくれますね。
音楽はそのいい例でしょうが、単純な音はもっとプライベートでひそやかな記憶を連れてきてくれるのではないでしょうか。
ANNAさんの「音の記憶」は海に因んだ音なんですね。海のない信州で生まれ育った私には思い出と一体になった「海の音」はありません。海を包含された故郷で聞こえていた自然の音、生活の中の音・・・そうした音の記憶が豊かであればあるほど、大切な記憶もまた豊になるような気がします。ちなみに私が小さかったころの「音の記憶」について書いたブログのURLを添付させていただきました。
aosta
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2014/03/31 18:17

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