消えがてのうた part 2

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zoom RSS ラ・ストラーダ 「斎藤恒芳作品展」 雑感

<<   作成日時 : 2012/12/17 07:35   >>

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12月9日、先月に引き続き、再びリコーダーを聴くために銀座ヤマハホールまで出かけました。


笹子トンネル事故のため途中で迂回しなければならないので、早めに出発したのですが、
日曜日早朝の上りとあってか、予想に反して車の流れは順調。
時間通りに銀座に到着し、待ち合わせていたお友達の御夫婦と一緒にランチを済ませ、会場へ。
リコーダーの吉澤實さん率いる「ラ・ストラーダ」の演奏会です。
今回は全プログラムが斎藤恒芳さんの作品、という魅力的な企画でした。



斎藤さんの曲でいつも面白いと思うのは、そのタイトル。
たとえば「ダンス・クロニクル」のなかの「皮のサンダルで踊る 或いは、プレイオネの娘たち」とか、
「ベッドの中で踊る 或いは、飛翔した薔薇の精」など。
想像力と、好奇心をくすぐる絶妙なネーミングであります。

今回初演(と思われる)の曲のタイトルは、『リコーダー四重奏のための「華々しき鼻血」』。
・・・・「華々しき鼻血」?!
思わず目を皿のようにしてプログラムを眺めてしまいました。
間違いではありません。副題には確かに『エドワード・ゴーリー 柴田元幸訳「華々しき鼻血」による』とあります。
ゴーリーと言えば、ブラックでシュールな作品で知られる絵本作家ですが、この「華々しき鼻血」も、普段あまり使われることのない副詞ばかりを集めた、言うなればゴーリー流アルファベットブックとも言える作品のようです。
副詞ごとのタイトルと挿絵が描かれているのだけれど、柴田元幸氏訳によるこのタイトルがクセモノ。
たとえばB だったら Balefully。
辞書で引いてみると「悪意をもって」といった意味らしいのですが、柴田訳では「禍々しい」と訳されています。
したがって、Bで選ばれた副詞 Balefullyは"The creature regarder them balefully "で
「禍々しく子らを睨む生き物」となるのですね。
このほかにも「止めどなく編みたるマフラー」とか、「不吉に呼び鈴鳴り響く」とか、およそどんな曲が演奏されるのか
想像もつかないタイトルばかりの26曲・・・
アルファベットブックなのですから、当然26曲なのですけれど。




画像




斎藤さんのセンスが柴田さん的なのか、そのまた逆なのか。
いずれにしてもこうした文章に触発された、4小節から8小節くらいのごく短いフレーズの26曲が、
吉澤さんによる表情たっぷりの曲名(標題)紹介のあと、演奏されるという試み。
それぞれ、クセになりそうな、奇妙な面白味のある曲ばかり。エスプリの効いた楽しい演奏でありました。
吉澤さんのリコーダーには、高音にありがちな耳が痛くなる金属的な響きがないのです。
ふくらみのある柔らかい音でありながら、しっかりエッジが効いています。
聞くところでは、吉澤さんの場合、どんな笛でも、柔らかく響かせるのだとか。
なるほど!というべきか、さすが!!というべきか。
言葉に迷うところでありますが、これが「吉澤さんの音」なのだと納得した次第であります。


プログラムの最後に演奏されたのは、今年3月、初演を聴いた『リコーダーオーケストラのための「狂詩的寓話」』
初演時にくらべると、音楽的には遥かに洗練された演奏になっているのだけれど、今回はなぜか初めて聴いた時のように切迫した感情の動きを感じることができなかったのです。
それが演奏する側に起因するものなのか、聴く側の問題なのか、コンサートが終わってからも、そのことがずっと頭から離れませんでした。
震災直後、多くの音楽家たちが、音楽の力によって、被災地を励まそうと様々な活動が展開されたことはさておき、その「目線」に違和感を覚えたという斎藤さんが、震災から1年経って発表された曲に、生々しいまでの傷みと怖れを感じたのは、わずか9カ月前のこと。
初演時に比べ演奏そのものは確かに洗練され、より音楽的になっていました。
被災地へのメッセージ、若しくは共感は音楽の完成度とともに失われてしまったのかしら。
思えば、震災直後に発表された曲の多くは、荒削りながら強烈なメッセージとともに発信されていたように思います。


そもそも、音楽によるメッセージとは何なのでしょう。
より洗練され美しいとさえ感じられた今回の「狂詩的寓話」を聴きながら、また聴いた後も、つらつら私は考えたのです。
もしかすればメッセージが具体的で、強ければ強いほど、そのメッセージ性が風化するのも早いのではあるまいか。
対して、3・11の衝撃を、その時だけの嘆きや怒りにとどめず、もっともっと深いところで共振したいと願った斎藤さんの音楽の深い悲しみ、怖れには、「一つの悲劇的な出来事」にとどまらない普遍性を求めたがために、メッセージは音楽の深部に潜まされたのではなかったか。
だから「あの日」からちょうど1年目の春、たまたまこの曲を聴いた私たちの想いと、音楽の奥深くに潜んでいたものは大きく交感し合うことができたのかもしれません。
音楽とは、出会うものでもあります。
出会いが必要とされたそのときに、音楽に託された真実は私たちの心の奥深くまで届けられる。
絵画や文学作品とはちがって、一つの場所に特定されることが出来ない音楽。
音楽が時間の流れそのものであり、時間とともに熟成してゆくものであるなら、演奏はさておき、音楽そのものは完成することはない。
そして完成しないからこその、流動的なエネルギーに満ちた音楽は、私たちに問いかける力を失う事はない。

真実の「メッセージ」が風化することは決してないでしょう。
もしかしたら、今回の演奏で私はその「真実」に近づくことが出来なかったのかもしれません。
おりしも12月。久しぶりの銀座はクリスマスのイルミネーションに彩られ、華やいでいました。
人のこころは正直です。
あの時の私の気持ちは、3・11から遠いところにいました。

この次『リコーダーオーケストラのための「狂詩的寓話」』を聴くことができるのはいつになるのでしょう?
なろうことなら、5年後、10年後のこの曲を聴いて見たいと思います。
総選挙も終わりました。その時の日本がどうなっているのか、不安の方が大きいのですが・・・・






       ◆残念ながらラ・ストラーダの演奏ではありませんが、P氏の演奏で、雰囲気だけでもお楽しみ頂けたら幸いです。
             個人的には「ダンス・クロニクル」と「タングエラ」の演奏が好きです。
             (『リコーダーオーケストラのための「狂詩的寓話」』は、まだ楽譜が出ておりません。)


                斎藤恒芳 「四つのタブロー」他 → http://papalin.yas.mu/W243/#M031
    




武藤哲也リコーダー&オカリナ教室はこちら → http://folli-2.at.webry.info/201503/article_4.html 








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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
前にトンネル事故をタッチの差?で免れたこと何よりでした。
吉澤先生プロデュースのステージは、興味深く面白いですよね。
今回は齊藤作品で、ゴーリーの影響のもとにある作品も。リコーダーはシュール(たぶん)をどのように表現したのでしょうか。

被災地のこと、地元にいてさえも、心が離れていることにはっとすることがあります。継続的な支援がいかに難しいことか。互いに触発できるような組織、グループに身を置くことが必要かと思ったりもします。
ぶんぶん
2012/12/17 15:04
◇ぶんぶんさん

笹子トンネル事故の第一報を知った時点では、あんな参事になるとは予想できず、その後の報道をみて、本当に驚きました。事故や災害はいつ起きたにしても悲しい者ですが、クリスマスという大きな喜びを控えたこの時期のアクシデントには、ことさら胸が痛みます。

ラ・ストラーダの演奏を聴くのはこれで二回目になります。吉澤さんのお人柄でしょうか、とても暖かくて楽しい雰囲気であったことは、変わらないのですが、前回とはまた違った魅力を発見したコンサートでした。
ゴーリーの絵本「華々しき鼻血」は確かに相当シュールですが、曲自体は、軽快なタッチでユーモラスなものが多かったように思います。吉澤さん御自身、曲目の説明を楽しんでいらっしゃる雰囲気が伝わってきました♪

「リコーダーオーケストラのための狂詩的寓話」に関しては、作曲のいきさつがどうであれ、まず音楽そのものが素晴らしいこと、これは必要条件でしょう。メッセージだけが先行する音楽だとしたら、すぐに消えてしまう。メッセージに固執する聴き方が必ずしも良いと言う訳でもなく、あとになってそれと気づかされることがあってもいいのかもしれませんね。

最近また地震のニュースが気になります。どうぞお大事に。
aosta
2012/12/17 16:42
演奏のようすをお教えいただき感謝です。
私の場合は、音楽を聴く場合、メッセージにはあまり固執しません。何につけてもマニアではない分気楽なものです。
また宜しくお願いいたします。
ぶんぶん
2012/12/17 22:17
◇ぶんぶんさん

こんばんは。

>メッセージにはあまり固執しません

これが正解かもしれませんヽ(^o^)丿
何よりも、音楽を感じること、これが一番ですよね。
私の場合、何か書こうと思うと大上段に構えるクセがあるので・・・^^;
aosta
2012/12/17 22:24
こんばんは。
コメントを頂戴し、ありがとうございました。
斉藤君は大学の同級生で
在学時の試演会で彼の作品を演奏したこともありまして
つい懐かしくなり、気持玉を付けさせて戴きました。
活躍ぶりが、同期としては嬉しいですね。
また記事を拝読しに伺わせて戴きます。
ふっこ
URL
2012/12/17 22:33
◇ふっこさま

御訪問、ありがとうございました。
斎藤さんと同級生なのですか?!
リコーダーに関しては作曲者であると同時に演奏者でいらっしゃる斎藤さんの音楽、今回も楽しませていただきました。
クリスマス、年末と何かとお忙しい季節と思います。ご活躍をお祈り致します。
aosta
2012/12/17 22:47
とても興味深いコンサートレポートを読ませていただきました。
ゴーリーの絵本。パンフレットの東山魁夷の「道」を素材にした表紙。
二つの意外な取り合わせですね。
人間の愚かさを距離感、ユーモアを持って直視すること。
そして、それでも人々は生きていくんだということなのかなあ。
そしてaostaさんの思索が、こちらまで「音楽とは何か」と考えさせます。
私も時間芸術としての音楽について、以前考えたことがあって…。
リズムとは、心臓の鼓動、今生きているという実感、現在の表現。
メロディとは、生きてきた記憶の表現(過去)ではないのか。
そして音楽家のメッセージとは、これから生きていこうとする意志、未来の表現―。
P氏の演奏で斎藤さんの作品「7つのタブロー」「ダンス・クロニクル」「キンダーブック」を聴かせていただきました。
とくに「キンダーブック」気に入りました。
とても楽しい、そして不思議に懐かしい曲想ですね。
ねこギター
2012/12/19 12:23
◇ねこギターさん

コメントありがとうございます。
コーヒーポットを取りに行ったついでに階下の温度計を見てみましたら、外気温は昨日に引き続いて今朝も氷点下16度です。陽が昇る前のこの時間が一番寒いんだろうな、とまだ真っ暗な庭を眺めながら思うのですが、この暗闇が少しづつ薄くなり、白々と夜明けを迎えす瞬間が好きなので、ストーブとコーヒーで暖まりながらコメントを拝見させていただきました。ゴーリーと魁夷(笑)確かに唐突な組み合わせですね。アンサンブルの名前が「道」を意味するところから魁夷の同名の作品を使われているようです。ゴーリーのブラックな雰囲気などどこ吹く風、とばかり”我が道をゆく”プログラムでありました(笑)

>リズムとは、心臓の鼓動、今生きているという実感、現在の表現。
 メロディとは、生きてきた記憶の表現(過去)ではないのか。
 そして音楽家のメッセージとは、これから生きていこうとする意志、未来の表現―。

音楽の始まりはリズムであった、と私も思います。手を叩く、木の棒で転がっている石を叩く、大地を足で踏みならす・・・それが日常の感情表現であれ、呪術的行為であれ、ねこギターさんのお言葉通り、人は身体の中のリズムを感じながら生きてきたのですね。生まれ落ちてから最期の瞬間まで、ひたすらリズムを刻み続ける鼓動は、まさに生そのもの。意志の力ではコントロール出来ない存在(心臓)リズムを命の源として体内にもつということはつくづく不思議なことで在ります。メロディやメッセージについてのねこギターさんの考察も、本当にその通りなのかもしれません。メッセージは未来への意志なのですね。
ここではたと、自分が過去をイメージしながら斎藤さんの曲を聴いていたことに気が付きました。メッセージが向かう方向とは逆を向いていたわけです(笑)。
aosta
2012/12/21 05:46
◇ねこギターさん

長くなりましたので、二つに分けますね。

>とくに「キンダーブック」気に入りました。

キンダーブック!
この曲集は斎藤さんが6歳から8歳にかけて、浮かんだ曲想を「音楽日記」に記していた曲だそうです。いろいろ難があるけれど、和えて手を加えないまま出版した、と言う事ですが私など、どこに「難」があるのか皆目見当がつきません^^;。子どもの目が見たもの、感じたものが、まさしく「日記」としてそのままメロディーになっていると言う感じがします。何の衒いもなく水のように素直な音楽。さすがの斎藤さんも、今となってはこのころの純粋さを懐かしく、大切に思われたからこそ、原曲のまま発表することを選ばれたのでしょう。それにしても、8歳ですよ!!
aosta
2012/12/21 05:48

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