カンタータ第151番「甘き慰めなるかな、わがイエスは来ませり」





 「見張りの者よ、今は夜の何どきか。見張りの者よ、夜の何どきなのか。」
  見張りの者は言った。
 「夜明けは近づいている、しかしまだ夜なのだ。」
 
                                     (イザヤ書 21:11~12)



夜明け前の闇は、一番深い。
闇の濃さは、人の心を圧迫し道を失わせる。
人は解放の時である夜明けを待ち望む。

しかしながら同時に、命を育むのも闇である。
神の子イエス・キリストの誕生は長かった夜の終わり。
闇が深ければこそ、光は眩(まばゆ)く輝く。



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降誕節第3日(12月27日)のためにバッハが作曲した、カンタータ151番のソプラノ・アリア
「甘き慰めなるかな、わがイエスは来ませり」は、燭光の美しさと暖かさに満ちている。

フルートのゆったりと柔らかなオブリガードで始まるこのアリアは、あどけないまでに清らかだ。
慎ましい通奏低音に支えられた、たおやかなフルートの響きに導かれて、玲瓏とソプラノが歌い始める。
漆黒の闇の中に一筋、また一筋と差し染める暁の光のように。
フルートとソプラノは、揺れそして戯れ、また優雅に呼び交わす。
この上ない幸福感に満ちたこのアリアは、クリスマスの平和と喜びそのものである。


クリスマス、おめでとうございます。





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          ◆カンタータ第151番「甘き慰めなるかな、わがイエスは来ませり」 (リコーダー演奏)
           
                     → http://papalin.yas.mu/W238/M151/#M151








この記事へのコメント

bunbun
2011年12月25日 19:54
クリスマスおめでとうございます!!
「忙」という字は「心を亡くする」と書くそうで、あまりに忙しくしていると、十字架を見失い永遠の命を亡くしてしまうそうですが、ことしは正しくそのような年末となってしまいました。これはさまざまな不手際からでもありましたが、きょうのクリスマス礼拝を終えまして、いまaostaさんのブログにお邪魔しましたら、カンタータ第151番が。さっそくP氏にお邪魔し、実はそれを聴きながら書かせていただいております。
 穏やかな光の戯れささやき、これは人々の、主がお生まれになりますよというささやき交わしでしょうか。心が穏やかになっていくのを感じております。
上京したとき、ヤマハホールでたまたま吉澤実先生がリコーダーの歴史、種類などのお話し、そして演奏をなさったのですが、リコーダーという楽器も語ればまた尽きない魅力があると思いましたが、きょうもこちらでそれを楽しませていただきました。お陰様でよいクリスマスの締めくくりを持つことができました。感謝です。
2011年12月27日 05:23
◇bunbunさん

お返事が遅くなりまして申し訳ありませんでした。
良きクリスマスをお迎えになられたことと思います。
今年は天気予報通り厳しい寒さの中で迎えたクリスマスでした。
イブの夜から舞い始めた雪が、翌朝には固く凍りついた土に粉砂糖のような雪をうっすらと積もらせました。

151番、お聴きくださってありがとうございます。
バッハのクリスマスカンタータの中で一番好きなアリア、喜びの日にふさわしい美しくて暖かい曲だと思います。同じ151のアルトのアリアも素晴らしいですね。
芳澤先生には、3年ほど前になるでしょうか、やはりヤマハでお目にかかったことがあります。ちょうど恒例のリコーダーフェアが開催されていて、Pがキュングのコントラバスを購入した時でした♪
ねこギター
2011年12月27日 20:54
こんばんは。
クリスマスの夜は、カンタータのCDは第140番と第147番しか持ってなかったので、第151番を聴きたくてgoogleで検索しました。
あったと思ってクリックしてみると、P氏のHPでした。(^^)
さっそく第151番聴かせていただきました。おかげ様で穏やかな気持ちで夜を過ごすことができました。
それにしてもすごいサイトですね。P氏の音楽に対する情熱に感嘆しました。
「見張り塔」というと、私は、フォーク・ロックのボブ・ディランの歌の方を思い浮かべてしまいます。
「見張り塔からずっと」という曲。これもその「イザヤ書」の一節に材を得て書かれているそうです。
夜明け前の闇の深さ。人間は昔から自らの力に溺れ過ちを繰り返してきたみたいですね。
堕落と崩壊、そしてまた再生していく力…。人間のどうしょうもなさと素晴らしさ。人間は不思議な生き物です。
2011年12月28日 05:52
◇ねこギターさん

クリックしたらPのHPだった・・・
すみません。思わず笑ってしまいました。
でもねこギターさんも、クリスマスに151番を聴きたかったのだと知って嬉しいです(^^♪
140番と147番は本当に有名ですが、この151番があまり知られていないような気がするのは私だけかしら?(147番の「目覚めよと、われらに呼ばわる物見らの声」はいつ聴いてもしん底、心が晴れやかになる曲、勇気をもらう曲のにとつです)

ボブ・ディランの「見張り塔からずっと」を検索してみました。
有名な曲なんですね。
原詩の”watchtower”は仰る通り、イザヤ書からの引用なのでしょう。
荒れ地から吹いてくる殺伐とした風、刻々と深い闇。何者かの訪れ。
とても暗示的な詩です。
「堕落と崩壊、そしてまた再生・・・」宿命としか言いようのないこの繰り返しを自覚した故に、人は宗教を必要としたのかもしれません。
何千年時が過ぎても人の心と行いは変わらない、と言う事実が悲しく、また愛おしい。本当に「不思議な生き物」としか言いようがありません。
ANNA
2012年12月03日 18:20
aostaさん、こんばんは。
12月に入り、こちらもだいぶ寒くなりました。
日々のおたのしみで、ゆっくりのんびり…ゆるゆるペースで
カンタータを聴いています。
お気に入りのアリアはいろいろありますけれど
私も151番のソプラノ・アリアが大好きです。
aostaさんが表現された「燭光の美しさと暖かさに満ちている」
というお言葉が、ほんとうにぴったり!

ご主人様、Papalinさんの演奏も聴かせていただきました。
心の芯まであたたかく、とても落ち着いた気持ちになりました。
冬の日のあたたかな音楽をありがとうございます。
2012年12月05日 06:01
◇ANNAさん

おはようございます。
季節は私の気持ちを置いてきぼりにしたまま12月になってしまいました。
私もANNAさんに倣って心安らかにカンターターを聴かせて戴こうと思いました(^^♪
快活なコラールが終わって、それこそ光が差すようにしめやかなソプラノ・アリアの旋律が入ってくる時の、なんとも言いようのない感覚をANNAさんと共有することが出来て、本当に嬉しいです。慈しみ、そのものといってもいいこの音楽を言葉で説明することなど出来ないのですが、Pの演奏を添付出来ることは何と言う幸せでしょう。暗闇の中でかすかに揺れながら、ちいさくとも確かな炎を灯し続ける灯りこそが慰め、そして希望。
小さくてつつましいこの灯りにはイルミネーションのキララかさはなくとも、見る人の心を暖かく照らす慈愛に満ちているように思います。

実はこの曲、昨年、クリスマスも間近になってPにリクエストした曲なのです。
アドヴェントが近づくにつれ、何かが足りないような気がして落ち着かなかった私、はたと気がついたのは、このカンタータを聴きたいのだと言う事でした。
もちろん手持ちのカンタータ全集で聴くことも出来るのですが、あの時はPのリコーダーで聴きたかった・・・
結果的に、この演奏はブクステフーデのシャコンヌと並んで、私の大のお気に入りとなりました。

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