山羊のいる風景





軽井沢からの帰り道、そろそろ陽も傾き始める時間。

どうしても長門牧場のソフトクリームが食べたくて(笑)寄り道をした。
めでたくお目当てのソフトクリームを手中に、やっと平常心を取り戻した私。
牛乳本来のこっくりとした厚みのある甘みを楽しみながら、
夕風の中で金色に染まってゆく山の端を眺めていると・・・


遠くの草地で人影と戯れているのは・・・山羊?

それと気づいたら、矢も楯もたまらない。
ソフトクリーム片手に、一目散に山羊の元へ。

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今年の春生まれたケロッグ





山羊のいる風景はいつも明るんで懐かしい。
山羊のいる風景は、素朴で朗らかだ。
そしてどこかさびしい。


山羊は思いのほか人懐こく、しきりに頭をすり寄せては甘える。
笑っているような三日月形の瞳孔は、無心に空を映している。

この理由のない信頼に戸惑いながらも、なんとか山羊の好意に応えようと、
背中を撫で、耳の付け根を掻いてやると、
山羊はさらにも嬉しげに、頭突きをくらわすのだ。

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ケロッグより少し年が上のピメ




一週間後、急に帰省した娘と一緒にもう一度、山羊に会いにゆく。
ケロッグもピメもまるで初対面のような顔をして、私の様子を伺う。
だから私もすまして挨拶する。
「初めまして」


山羊のいる風景はいつも明るんで、懐かしい。
山羊のいる場所はいつかどこかで行ったことがある、確かに知っている場所なのに
それがどこだったのか思い出すことが出来ない。
山羊のいる風景は、どこかさびしい。



ケロッグ!
ピメ!
振り返る山羊たちの後ろに、冷たい秋の風が吹いている。


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                ★「君が笑うから」 → http://folli-2.at.webry.info/200907/article_2.html





この記事へのコメント

yuri
2011年10月23日 01:28
日付が変わってしまいましたが…

お誕生日おめでとうございます。

素敵な日を過ごされましたか?

山羊の表情とても可愛いです。
三日月形の目は、ちょっと苦手ですが、その目の中には色々な景色を映しているんですね。

エコーラインの山羊、通るたびに楽しみにしていましたがいつからか姿が見えません。
ちょっと寂しいです。。。。
アルト笛
2011年10月23日 02:55
いい写真ですね!!
山羊の表情はいつみても穏やかに見えます。
怒っているところをみたことがないような…、いろいろあるだろうに、いつも微笑んでいるようないい顔をしてくれますね。

私もお誕生日のメッセージをと思っていて、こちらへ来るのが日付がかわってしまいました。
お誕生日おめでとうございます!
aostaさんにとっていい歳だったと思える1年になりますように、お祈りしています(*^。^*)

1つ朗報があります。
以前、aostaさんのコスモスの詩に感動して友人の大手術に重ねてコメントを書きましたが、彼女が今日退院しました。
あの詩を読ませていただいた時は「わらをもすがる」という思いでおりましたが、きっと「お守り」になってくれたのだと思います。
彼女にはまだ次の治療が控えていますが、頑張ってくれると思います。
ありがとうございました。
2011年10月23日 05:06
◇yuriさん

おはようございます。
そしてありがとうございます。
昨日、お誕生日の当日は一日仕事でしたので、前日PがUMEZOでささやかなお祝いをしてくれて、無事に一つ年を重ねることが出来ました(笑)。

三日月形の目って、どこを見ているのかわからなくて、確かにちょっと怖いです。
でも、この横長の瞳孔だと、横の方まで視界が広くなるんですって。
広い草原で無心に草を食む山羊の自己防衛としての進化の結果なのかしら。

エコーラインの山羊、いなくなってしまいましたね。
名前も知らないままだったあの山羊、どこかで元気にしていてほしいです。


2011年10月23日 05:14
◇アルト笛さん

おはようございます。
お誕生日の当日、思いがけないプレゼントを頂いてびっくりしました。
「実は今日は私のお誕生日なんです。」と言ったら、相手もびっくり。
不思議な偶然ではありますが、嬉しい偶然でもありました。

お友達が退院なさったとのこと。
アルト笛さんからコメントを頂いてから、私もずっと気になっていたのですが、本当に良かったですね!
でも退院したこれからが、一番大事な時だと思います。
そして一番、「誰か」を必要とする時かもしれません。
アルト笛さんの親身な思いがお友達に何よりの力になるのではないかと思っています。
ゆっくり、マイペーズで回復なさることを心から願っています。
Bluebell
2011年10月23日 19:58
こんばんは!
ケロッグの顔っていったら♪
なんて屈託のない笑顔なんでしょう!
ヤギは、子供の頃、病弱な私のために祖父が飼っていました。
乳搾りをしている祖父の傍で、いつもその様子を見ていました。
温めた乳には、薄い膜が張り・・・
それを節くれだった指で、そっと取り除いてくれた祖父、
すっかり忘れていた風景を思い出してしまいました。
ヤギのいる風景・・・それは、懐かしい祖父の思い出と重なります。
そうそう、aostaさん、お誕生日おめでとうございます♫
bunbun
2011年10月23日 20:02
1日遅れとなりましたが、お誕生日おめでとうございます!!
ちょっと忙しくしておりますので、改めてお邪魔いたします。
ねこギター
2011年10月23日 23:03
こんばんは。
昨日はお誕生日だったのですね。おめでとうございます!
山羊は、ずいぶん昔近所で飼われていたので、懐かしい気持ちになります。
山羊のやさしい顔の写真に和みます。
秋の空の青さ、そこに吹く風を写真を見ながら想像しました。
2011年10月24日 07:05
◇Bluebellさん

ちょっと笑っているような、いい表情でしょ?
私の思い出の中の山羊はミルクのように真っ白だったのですが、こんな毛色の山羊が初めてでした。毎年父の実家を訪ねると、本家の伯父がやはり山羊の乳を搾っては「さお飲み!}と何べんも勧めてくれたものでしたが、飲み慣れない山羊の乳は、青臭く濃くて往生したものです(笑)。
屋根に登って柿の実をもいだり、胡桃を拾ったあの庭を思い出すたび、庭の片隅で青草を食んでいた山羊を思い出します。
Bluebellさんと一緒に懐かしい思い出をたどることが出来たなら、とても嬉しいです。お誕生日のお祝い、ありがとうございました。
多分、Bluebellさんと年齢はあまり変わらないんじゃないかしら(笑)
2011年10月24日 07:10
◇bunbunさん

おはようございます。
昨日は来客が重なり、ゆっくりPCを開く時間がありませんでした。
お祝い、ありがとうございます=^_^=
今年のお誕生日は不思議な日で、思いもかけない人からもお祝いの言葉を頂き、翌日の昨日23日は千客万来で、これはきっと良い先駆けで在ろうと勝手に解釈しています。
bunbunさんもお忙しくしていらっしゃるご様子、無理をなさいませんようにね。
お互い、無理の聴かない年齢です(笑)
2011年10月24日 07:18
◇ねこギターさん

おはようございます。
誕生日の翌日、階段で掃除機をかけていて、足を踏み外し(?)仲良く掃除機と一緒に階段から落っこちました(笑)
幸い、すでに下段に差し掛かっておりましたので、少々の打撲のみで、大事には至りませんでしたが、山道と違い、やはり階段は「危険」です(笑)
でも、お誕生日の翌日、という事が私的には気に入っていて(?)、厄払いではありませんが、多分良くないものも階段から落っこちたに違いないと勝手に思い込んでいます。
だからきと今は、「いいもの」だけが残ってるはず。
2011年10月24日 11:44
階段から落ちたのですか!
少しの打撲との事ですが
大事無くて良かったですね。
私も階段は掃除機をかけるの止めよう
って思いました。
モップで拭くだけにします♪

ヤギさん、可愛い顔。
白樺湖の先に、こんな牧場が有ったのですね。
搾り立てのオチチで作る
ソフトクリームは美味しい事でしょう。

どうぞ、お大事になさって下さい。
かげっち
2011年10月24日 12:03
お誕生日おめでとうございました。

出張に出ていてメールチェックなどできなかったので、
気がつきませんでした。

羊に比べて山羊はかわいげがないと思っていましたが
こうしてみるとなかなかですね(笑)

私は秋田へ行ったついでに男鹿半島にちょっとだけ寄ってきました。
2011年10月24日 19:15
◇Maryroseさん

こんばんは。
打撲とはいえ、まだ身体のあちこちが痛いのですが、生活に差し支えはありません。階段で掃除機をかける時は、それなりに注意していたつもりではあるのですが、結果的に落っこちました(笑)。私もモップにします。

長門牧場のアイスクリームやソフトクリームは有名です。
機会がありましたらぜひお試しください♪
2011年10月24日 19:25
◇かげっちさん

こんばんは。
相変わらず出張であちこち飛び回っていらっしゃるのですね。
お誕生日とはいえ、もうあまり声を大にして言う年でもないのですが(笑)。

山羊の三日月形の目は、確かに怖いです。
マタイでも、山羊は悪しきものの象徴のように記述されていますが、山羊には迷惑な話ですよね。

男鹿半島は今回の震災で大きな被害を受けたと記憶していますが、今現在はどんな状況でしたでしょう。
掛け声ばかりでなかなか進まない援助、復興が歯がゆいばかりです。
2011年10月24日 22:59
ヤギ・・・昔、子供の頃に軽井沢の祖父が庭に3頭飼っていて、それを従姉妹と一緒に朝早くチャリで町の祖母の友達の家に届けていました。 ヤギミルクの匂い好きでした。ヤギミルク好きでした。あのちょっと癖のある香りが。 動物は目がとてもかわいいですね~! ヤギも大好きなのです。
2011年10月25日 04:50
◇mintさん

おはようございます。
ああ、mintさんの思い出のなかにも山羊がいるのですね。
しぼりたてのミルクの暖かさがせつないほど懐かしくてなりません。
幼年期は、もう帰る事が出来ない、遠い場所、山羊は失ってしまった幼いころの日々を思い出させるような気がします。
2011年10月25日 07:04
「山羊のいる風景は、どこかさびしい」とは気になるフレーズでした。山羊のチーズが好きなのでよく農家に買いに行ったときには必ず山羊たちを眺めるのですが、さびしい風景だと感じたことはなかったからです。

でも、ヤギの訴えかけるような目は独特ですね...。牧場で走り回れない冬の間に小屋の中でよってくる山羊たちは寂しげに感じたかもしれない...。

ある夏に行った山羊チーズ農家で、広々とした小屋の片隅にいた数頭の赤ちゃん山羊たちが激しく泣いてすり寄ってきたことがありました。お腹がすいていることに気がついていないかもしれない農家の人に告げたら、バケツに入れたミルクを持ってきてくれました。ピチャピチャと勢いよくミルクを飲む山羊たち。「可愛い、可愛い!」と言いながら眺めていたら、農家の奥さんは「よかったら差し上げますよ」とおっしゃる。遅れて生まれてきた子たちなので手間がかかって困っているのだそう。広い庭がある家に住んでいたら、迷わずいただいて命を救ってあげたのですけど...。山羊のチーズを作っている農家はいくらでもあるので、この農家でチーズを買うのはやめました。

犬のようにつながれているらしいピメちゃんを見たらいたましくて、記憶の奥にあった日のことを思い出してしました...。
かげっち
2011年10月25日 12:21
震災で被害を受けたのは秋田県男鹿半島ではなく、宮城県牡鹿半島でしょう。秋田の鹿の方が擬人化されているのでしょうか???

秋田では思いがけない人に出遭ったり、親友を一人増やしたり、ラオス産テキスタイルを入手したり、仕事以外にも収穫多い旅でした。

余談ですが私は山羊のチーズが大好きです。一度だけ沖縄で食べてしまったことがあります。
2011年10月25日 19:42
◇Otiumさん

コメントありがとうございます。

>さびしい風景だと感じたことはなかったからです。

私も、目の前で無邪気にじゃれついてくる山羊の姿を見ている時は、「寂しい」という感覚はなかったのです。寂しい、と感じるのはむしろ、イメージとしての山羊ですね。私にとって山羊の記憶は、懐かしく甘やかで安寧に満ちた幼年時代の思い出とイコールなのかもしれません。もうあまりに遠すぎて手が届かない黄金の日々。心象風景としての山羊は、私には失われたものの象徴なのでしょうね。

>犬のようにつながれているらしいピメちゃん

最初、平日に行った時は、ケロッグもピメも囲いこそあれ、かなり広い草地に放されていました。二回目は週末という事もあり、観光客も多いので、囲いから出され、皆に撫でられたり、写真を取られたりしていた、という訳です。山羊には迷惑な話かもしれませんが、すくなくとも、繋がれるのは週末だけだと思います。

山羊のチーズ、私も大好きです!!
ミルクの時は、匂いがきついようにも思うのですが、チーズになるとむしろ香しい香りになるんですね。山羊のチーズではシェーブルが有名のようですが、地方ではなかなか手に入りません。昔食べたクロタン、美味しかった!
あれも山羊でしたっけ??

2011年10月25日 19:51
◇かげっちさん

こんばんは。お忙しいところ、コメントをありがとうございました。

>震災で被害を受けたのは秋田県男鹿半島ではなく、宮城県牡鹿半島でしょう。

ああ、かげっちさんの仰られる通りでした!!
完全に私の勘違い。秋田の方にも宮城の方にも申し訳ないことを致しました。

ラオス産の織物、興味があります(^^♪
もしかして少数民族の手仕事による多色織りのものでしょうか?
機を織る、という世界のどの民族にも共通する手仕事。時代を超えて引き継がれてきた業に込められた思いを想像すると、どの布も愛おしい無二のものとなるような気がします。

沖縄で召し上がった山羊のチーズ、もしかして合いの手は泡盛でしょうか?
山羊のチーズって豊潤で繊細、しかもしっかりコクもあって、本当に美味しいと思います。山羊に限りませんが、私はチーズの皮が大好きです(笑)。
2011年10月26日 00:19
>心象風景としての山羊は、私には失われたものの象徴なのでしょうね。
⇒ プルーストの『失われた時を求めて』に出てくる、菩提樹の花のハーブティーにマドレーヌを浸したときの感覚でしょうか? 私にそういうものがあるだろうか?... と考えてしまいました。

少し前に酪農が盛んな山岳地方に滞在したとき、乳搾りのために歩く乳牛の行列を部屋の窓から眺めていました。なぜか重々しく歩く牛たちと鈴の音を聞きながら、こういうところで育って故郷を離れた人は、この何でもない平和な光景と音に再会したときに涙が出るくらいに懐かしいのだろうな... と、少し感傷的な気分になりました。私がフランスを離れて久しぶりに戻ったとしたら、夕方に教会のアンジェラスの鐘の音を聞いたときに必ず涙ぐんでしまうだろうと思っているので。aostaさんにとっての山羊のいる風景は、私にとってのアンジェラスの鐘の音に近いかな、と思いました。

>昔食べたクロタン、美味しかった! あれも山羊でしたっけ??
⇒ クロタン・ド・シャヴィニョルのことだったら山羊のチーズですね(クロタンだけだと家畜の糞になってしまうので! 変な名前をつけたものですね)。ほとんど地元の山羊チーズしか食べないのですが、これは定評のある山羊チーズです。山羊のチーズがお好きとは嬉しいです。

ケロッグちゃんとピメちゃんが繋がれているのは週末だけと聞いて安心しました♪ 日本では山羊は珍しいでしょうから人気者でしょうね。
2011年10月27日 06:57
◇Otiumさん

おはようございます。
再コメントをありがとうございました。

昔読んだ何かの本の中で、『日本語の「懐かしい」という語感に対応する外国語はない。』という記述と読んだ記憶があります。
仮に日本語で「懐かしい」と訳されている場合でも、心理的に微妙に違う背景があるのだとか?
私たちが「懐かしい」という時は、一緒に何らかの思い出が伴うものですが、楽しい、嬉しいに限らない様々な思いが、かすかな痛みのように蘇り、目の前の光景に重なって行きます。懐かしいと言う感覚が「失われた時」をベースにするものであるなら、(数少ない例外はともかく)失われることを前提とした木造の文化と、何千年も変わらない石の文化とは、感覚的には確かに違うものになるのだろうな、と思いました。石の文化の中で「懐かしい」と感じる時は、Otiumさんが仰るように、昔から変わることのない人々の営みと、その背景なのでしょうね。
あら、それでしたら、日本人だって同じですよね(笑)!
『外国語に日本語の「懐かしい」該当する言葉はない。』とは私の記憶違いなのでしょう。
というより、その作家の方が「懐かしい」という感覚をどう定義したのか、そこを確認しなければ話になりませんよね(笑)

つづきます(^^♪
2011年10月27日 06:59
◇Otiumさん

もうすこし私のたわごとにお付き合い下さいね。

>(クロタンだけだと家畜の糞になってしまうので!

思わず噴き出してしまいました。
あんなに美味しいチーズに、事もあろうか「家畜の糞」とは(爆)!!
確か墨がまぶされてまっ黒けのチーズも山羊のチーズですよね?
あの黒助君でしたら「家畜の糞」という名前も仕方ないかもしれませんが(黒助くん、ごめんなさい)クロタン・ド・シャヴィニョル(正しい名前を教えて下さいましてありがとうございます)は、真っ白でトロリとしているかと思いきや、ほくほくナッティー♪とっても美味しいチーズでした。何しろ一度食べただけなのにいまだに名前を覚えているくらいですから(笑)
2011年11月02日 18:02
日本語の「懐かしい」にずばり相当するフランス語はないのに気づかせてくださいました。「懐かしい」と言いたい場合に使う単語は実に色々あって、それぞれの単語には「懐かしい」以外の感情も含まれている。つまりは「懐かしい」とは違うわけですね。ノスタルジー/ノスタルジックは仏語にも英語にもありますがイコールにはならないでしょうね。

少し前、近所のミルク工房が作った美味しいバターを、年配の奥さんが出してくれたときの言葉が耳にひっかかっていました。「私が子どものころに食べていたバターの味なんですよ」と言ったのです。日本人だったら、ひと言で「懐かしい味のバター」と言えるのに、フランス人はそういう言い方をするものなのだと気になったのです。「昔の風味があるバター」と短く言うこともできるでしょうが、これだと昔を知らない若者も使える表現なので「懐かしい味」にはならない。

もろに懐かしさを歌い上げている曲に、シャルル・ドレネの「Douce France」という有名なシャンソンがあります。フランスがナチスに占領されていた時代に彼が作曲して、フランスに愛を捧げています。彼が子ども時代を過ごしたフランスを懐かしいと歌っているわけで、聞き直してみると、日本語では「懐かしい」と訳せてしまえる単語を色々入れていました。

歌詞の和訳: http://www.kouchaguma.com/columns/feast/doucefrance.html
シャルル・トレネが歌っている動画: http://youtu.be/9_bqIvNljPs
2011年11月02日 19:12
なぜクロタンとついているのかなと気にしながら書いていたのです。馬やロバの糞はクロタン(crottin)と呼びますが、山羊の小さな糞はクロット(crotte)と呼ぶ方が普通ではないかと思ったからでもあります。調べてみたら、このチーズを作るのに使っていた型がオイルランプの「crot」の形に似ているから付けられた名前のようです。失礼しました! 日本語情報もありました。
クロタン・ド・シャヴィニョルの真実:
http://izuizu.cocolog-nifty.com/izuizu/2007/03/post_1ff4.html

>墨がまぶされてまっ黒けのチーズも山羊のチーズですよね?
長い筒状のチーズで、真ん中に藁が1本入っているのだとすると「サントモール・ド・トゥーレーヌ」で、私が地元以外のを買うときに選ぶ山羊チーズです(http://www.cheesemarket.jp/saintmaure/2.html)このチーズのPRでは「ビロードのような肌」と表現しています。でも、チーズは色々あるので、別のチーズをイメージなさっていらっしゃるかもしれない...。
2011年11月03日 09:13
◇Otiumさん

おはようございます。

>日本語の「懐かしい」にずばり相当するフランス語はない

ああ、やっぱりそうなんですね。
自分で書いたことなのに、誰がどこで書いていたのか覚えていなかったので、ちょっと不安もあったのですが、Otiumさんからのコメントを拝見して、私の記憶違いではなかったことに安心しました(笑)。
「懐かしい」というひとことに込められた様々なニュアンス、これは日本人に特有の感性なのでしょうか。単に昔を懐かしむ、というのともちょっと違う。まさに懐かしいとしか表現の出来ない感覚ってありますよね。言葉はイコール感性です。フランス語や英語に、「懐かしい」に対する言葉がないということは、そうした想いを知らない、という事になるのでしょうか。
添付していただきました、URL聴かせていただくのが楽しみです。
今日はこれから庭仕事の予定ですので、まっ黒けのチーズへのコメントと合わせもうしばらくおまちください
2011年11月03日 22:12
◇Otiumさん

お昼を過ぎて3時ころまで庭仕事をしておりました。
午後は、立ち枯れていた草を刈って燃やしました。
Pと二人で火の番をしながら飲んだビールは美味しかった(笑)。
庭仕事をしている時、いつもお昼をどうしようかと頭を悩ませます。
美味しいチーズと美味しいパン、それに軽めのワインがあったら、満足感のあるランチになるのに・・・など思いながら、仕方なくキッチンに立っています(笑)。
そうそう、クロタン、家畜の糞ではなかったんですね。
何やらほっといたしました。美味しいチーズを「家畜の糞」と呼ぶのがフランス流のユーモアなのかしらと、少しばかり不安に思っておりましたので(笑)。

前後いたしましたが、シャルル・トレネの歌、歌詞はしっかり確認できましたが、動画サイトにたどり着くことができませんでした(哀)。
日本語の「懐かしい」という言葉のように、一言で、多くの人が同じように共感できる言葉がフランス語にはない、という事なのですね。想いを共有するためには、まどろっこしいほどいろんな言葉を連ねて、具体的に説明しなければならない。
確かに、これもひとつの文化なのでしょう。いい、悪いという問題ではないのかもしれませんが、やっぱりまどろっこしい・・・(笑)。

私が食べたまっ黒けの山羊チーズに藁は入っていなかったと思います。
ちょうどクロタンと同じくらいの大きさ形で、色は白というより、クリーム色に近かった感じ。もう十数年も前、チーズに力を入れていたレストランで頂きました。
いろんなフレッシュチーズを頃合い良く熟成させて提供してくれるので、毎回楽しみにしていたのですが、田舎ではチーズへの関心が薄く、召し上がる方もまれで、赤字が続いた結果、チーズはメニューから外されてしまいました。
むむむ・・・なんとも残念。
2011年11月06日 20:14
「懐かしい」という表現:
私が付き合っているフランス人たちは、明治維新と敗戦の後に先進国になるために突っ走った日本人とは比べものにならないほど、「昔は良かった」と懐かしむ発言を連発しています。ひと言では意味が通じない仏語の感情表現を探したら、他にもたくさんあるはずだと思いました。日本は常に相手の気持ちを推察しますが、フランスでは怒っているのかという正反対のことまで明確に意思表示しないと理解してくれません。疲れますよ~!

私は外国人なので言葉のハンディキャップに耐えざるをえないわけですが、フランス人でも言語障害になると、私より酷い苦痛を味わうことになるのだと知りました。心臓麻痺で言語障害になった友人のことを書いたブログの日付を見たら(http://otium.blog96.fc2.com/blog-entry-520.html)、もう10年近く彼は人には理解してもらえない言葉で生きていると分かって心が痛みました。友人の友達なので、会いに行くときは誘ってくれるように言っているのですが、足が遠のいているようです。言語障害の彼が言うことは、不思議にもフランス人より私の方が理解できるので行ってあげたいのですが...。一緒に草原にでも座ってボーっと空を眺めて時を過ごすような心の触れ合いもあると私は思うのですが、言葉が通じないと会いに行っても意味がないし、話しができない親友を見るのは辛すぎるとfフランス人たちは考えるようです。日本人同士なら「学生時代が懐かしいね~」、「うん…」ですむのに、どういう風に懐かしいのかを言葉で表現できなければ意味をなさないとすると、見舞いに行っても何もすることがないと途方にくれてしまう友人の気持ちも分かります。
2011年11月06日 20:15
>美味しいチーズを「家畜の糞」と呼ぶのがフランス流のユーモアなのかしらと・・・
⇒ とんでもない単語を食物の名称に使う例は、フランスでは他にもあるはずだと思います。「修道女のおなら」という名の有名なお菓子もありますし!( http://www.sweet-cafe.jp/chihougashi/30.html

>チーズはメニューから外されてしまいました。
⇒ それは残念でしたね。「醍醐味」の語源はチーズではないかと思っているので( http://gogen-allguide.com/ta/daigomi.html )、日本人もチーズの味に目覚めれば好きになるでしょうに...。『美味礼讃』の著者ブリア・サヴァランの格言に「チーズのない食事は片目のない美女だ」というのがあります(現代では批判される発言ですが!)。
2011年11月07日 06:21
◇Otiumさん

おはようございます。

>フランスでは怒っているのかという正反対のことまで明確に意思表示しないと 理解してくれません。

あいまいな言い回しや、まあまあというところで納得しない、出来ない国民性が、美しいだけでなく、フランス語という明晰菜言葉を育んだのでしょうね。
翻訳でしかその雰囲気を知らない私が、こんなことを申し上げるのは僭越ですが、ラファイエット夫人の「クレーブの奥方」やコンスタンの「アドルフ」などに見る明晰で冷やかなまでに理性的な文章は、フランス語でしか表現できない世界ではないかと思ったものです。
一方で、フランス語を外国語とするOtiumさんと、言葉に障害のあるフランス人のお友達の間にある不思議な交感。この「言葉にはならない」気持ちの温かさ深さといった感情を、言葉で説明できないが故に、無意味としてしまうのはあまりにもさびしいことだと思いました。
仰る様に、ただぼおっと空を眺める、風の音に耳を澄ます、そこに一緒にいる、ということがフランス的思考では私たちが考える以上に難しいのでしょうかね。
2011年11月07日 06:32
◇Otiumさん

「修道女のおなら、添付頂きましたURLで観てまいりました。
名前はともかく、美味しそう!!
「修道女のためいき」という別名もあるとのことでしたが、私は「おなら派」似一票を入れましょう(笑)。
ふわふわで熱々の「修道女のおなら、一度食べてみたいです♪

醍醐が、牛乳やチーズ似関連した言葉であることは、どこかで聞き知っていましたが、醍醐味とはまさにチーズに由来した賛辞であるかもしれないのですね。
その昔シルクロードによって伝播した食文化の一つが日本にまで到達していたことは、驚きこそすれ不思議ではありません。
ひととおり食事が済んだあとに、チーズボードが出てくるときって、なんだかわくわくする大好きな一瞬でしたが、今ではそうしたお店に出かけることが滅多にありません。

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