祈りのかたち







朝晩はまだ氷点下10度前後まで気温が下がるとは言え、
いつの間にか月は改まって4月。

既に季節は「光の春」だ。

日中の透明な春の日差しが、雪解けの黒土をうらうらと温めて行く。


気がつけば、背比べでもしているつもりなのか、霜柱と競うかのように、
土の中から小さなチューリップの芽がのぞいていた。





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例年にも増して極寒の冬を耐え忍んだ植物たち。
きららかな光の中で再び芽吹いたその姿が、私の胸を痛いほど熱くする。

3月のあの日以来、失われた数しれぬ命、帰るところを失った思い出、喪われたふるさと・・・

ほんのりと赤みを帯びた幼い芽は、命のエネルギーそのもの。
芽吹いたばかりのそれは、祈りの形をしている。






春一番に咲くクロッカスの花言葉「信頼」と「切望」を、
言葉にならない苦しみとともにある東北の地へと送ろう。

あなたたちの故郷は、私たち日本人すべての、魂の故郷でもある。
長(なが)の歴史の中で、辛苦ゆえに精神の豊饒が導かれた地。
あなたたちが故郷を喪う事は、私たちが魂の根っこを失う事にも等しい。




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あなたたちの精神(こころ)を育んだ香しい大地が、はろばろと広がる海が、
この未曽有の困難を克服し、再び蘇ることを、心から切に、切に願う。

クロッカスの花言葉が「切望」であることを、私はこの春、初めて知った。
今年の春ほど、草花の芽吹きを愛おしいと想ったことはない。











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陽だまりに咲いた クロッカス・アルペン・サフラン アルプスに自生するクロッカスの原種






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この記事へのコメント

minimana
2011年04月05日 00:03
原子炉から流れ出る不安、悶々とする気持ちをどう表してよいかわからず
毎日投げやりな口調で文句を唱え、絶望の思いを重ねています。
それが良いとは思っていません。
ただ、どうしてよいのか、誰に祈れば良いのかわからないのです。

私達はこれからずっと、未来に謝り続けなくてはいけないのですね。
かげっち
2011年04月05日 12:53
原発のことがなければ、もっとまっすぐな気持ちで祈れるのかもしれません。喉に刺さった棘のように・・・
2011年04月05日 21:04
◇minimanaさん

こんばんは♪
コメントありがとうございます。
今日のニュースで、海中から基準値の75万倍の放射性ヨウ素が検出された事を知り慄然といたしました。地震だけでも日本の歴史に類をみない規模であったのに加え壊滅的は被害をもたらした津波、かてて加えて、とどめの一撃とも言うべき原発事故。今のこの日本で現実にこのような大惨事が起きるなんて、誰が想像しただろうかと震える想いです。私も今回ほど、祈ることを難しく感じたことはありません。言葉に尽くせないほどの、あまりにも大きな悲しみと苦しみを想うと、minimanaさんがおっしゃられた、誰に祈ればよいのかわからない、と言う言葉が私の心にも突き刺さってきます。私たちの子供の未来、世界の未来を変えてしまった放射能への恐怖の前に、打ちのめされています。
それでも、被害の甚大さと、放射能への言いようのない不安の中で、祈ることしかできないとしたら、例え祈る対象が判らなくても祈り続けるしかない、と思うのです。
2011年04月05日 21:13
◇かげっちさん

こんばんは。
こちらにもコメントありがとうございました。
地震の衝撃はあまりにも大きく、心が感じていることを言葉にすることができませんでした。どんな言葉も嘘になる、と想いました。
想いと言葉がこんなにも大きく乖離するなんて・・・どんな言葉も現実に追いつくことが出来ない、と感じていました。

>原発のことがなければ、もっとまっすぐな気持ちで祈れるのかもしれません。

このお言葉の通りだと思います。
原発で起こったこと、今現在、周辺に住まわれる人々がおかれている、言いようのない苦しみを想うと、時として祈ることさえ不遜なことではないかという思いにとらわれます。

喉に刺さった棘・・・
その痛みから逃れる術はありません。
bunbun
2011年04月06日 09:38
>春一番に咲くクロッカスの花言葉「信頼」と「切望」を、
言葉にならない苦しみのとともにある東北の地へと送ろう。

aostaさん、おはようございます。
20日も経ってから、顔を見知った方、それも模範的で善良な方々が津波に流されたことを知ってからは、すこし涙もろくなっています。
aostaさんのこの言葉にぐっとくるものがあり、また涙が滲みました。
岩手の地方紙は連日紙面のほとんどが被災者の方々が登場しています。見るのがつらいこともあります。

いまはイエスさまの十字架を遠くに近くに見つめ、「主の祈り」を繰り返しています。この地にお心を寄せてくださっていることに感謝いたします。

我が家の庭にもチョーリップの芽が出揃いました。
長野は標高も高い目のところにあり、というわけでもないでしょうが、何か守られているといった感じがしています。いまだ氷点下10度も、寒いというよりも、清々しく思われているこの頃です。
2011年04月08日 17:52
◇bunbunさん

こんにちは。
昨夜は思いがけない強い余震、そちらでは少なからぬ被害もあったのでは、と心配しています。少しづつ落ち着いてきたかのように思えていた分、動揺も大きかったのではないでしょうか。

震災以来、何をしていてもかの地の事が気になってしかたありません。
親しい方の訃報を耳にするたび涙を誘われるbunbunさんのお気もち、どんなにお辛いことかと思うにつけ、言葉の無力を痛感します。
空を見上げれば、この同じ空が、被災された方たちの上にも広がっていることが不思議でなりません。空が繋がっているのなら、空を渡る風に私の想いを乗せて送りたい、そんな気持ちでいっぱいです。
bunbunさんのお庭に芽吹いたチューリップが早く愛らしい花を咲かせ、bunbunさんのお心の慰めとなりますように。
bunbun
2011年04月08日 22:07
aostaさんのお優しさに心なぐさめられました。ありがとうございます。
昨夜は真夜中に真っ暗な玄関前に避難しました。ぐらぐら揺れる家をじっと見ておりました。直下型のように感じました。あとで震度5と知りました。沿岸はご存じのように6だったようです。ラジオを聴きながら、ああまた沿岸の人たちがまっしぐらに駆けているのだと思うとやるせない気持になりました。きょうの昼頃には電気も回復。ほっとしました。
私こちらの地方に視線が集中しておりますうちに、長野北部でも地震があったようですね。しかしきっと守られると信じております。
また元気回復して徐々に自然体に戻ろうと思います。
有難うございました。
2011年04月09日 06:21
◇bunbunさん

おはようございます。
夜の地震ともなれば恐怖も倍加されたのではないでしょうか。
沿岸の方にとっては津波の悪夢がよみがえった一瞬だったことでしょう。やっと快復した電気も、また・・・と思っていましたが、既に回復したとのこと。明るいと言う事は、本当にありがたい事なのですね。
長野県、栄村の地震は震度6だったようです。豪雪地帯のため、災害時、民家はまだ雪に埋もれた状態で、屋根の上にも相当量の積雪があり、被害が大きくなってしまったようです。先日、テレビで放映された映像では、民家の破損はかなり大きいようです。同じ長野県でも我が家には被害はありませんでした。
御心配ありがとうございます。
何か、守られているような感じ・・・不思議なことですが、このあたりに移り住んできた方の多くが同じことを仰います。私もそんな風に感じています。

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    Excerpt: 蒼く晴れ渡った空を一直線に伸びて行く飛行機雲・・・ 少し肌寒いけれど、気持ちのよい朝になりました。 Weblog: 消えがてのうた part 2 racked: 2011-04-19 09:17