消えがてのうた part 2

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zoom RSS マーラー 「大地の歌」 ワルター / フェリアー

<<   作成日時 : 2010/12/21 05:32   >>

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明け方の夢の中で一つの旋律を聴いていた。

目覚めたあともなお、その旋律は私の耳元で鳴っている。
西の空に傾いた月が、青く光りながら庭に降りた霜を白く冷たく照らしていた。

夢現(うつつ)に聴こえていたのはマーラー。
「大地の歌」のなかの「青春について」だった。
「大地の歌」は李白の詩に基づいて書かれた曲だ。
こんなに夜明けが明るいのも、こよなく月を愛した李白が暁闇の月を明るませているからなのかしら。
死と再生のシンボルである月は、「大地の歌」の中で何回も場所を変え、姿を変えては現れる。
ある時は軽快に溌溂と、またある時は暗くペシミステックに、
生と死の狭間を行き来するこの曲を傍観するかのごとき足取りで。




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全六曲、テノールとアルトが交互にソロを歌うこの曲は、その四曲までがベートゲ訳の厭世的で諦念に満ちた李白の詩に拠っている。
ワルター率いるウィーン・フィルの音は交響曲というより、室内楽的とも言える抑えた響き。
ホルンが冥(くら)い快哉のように響き渡る第一楽章「現世の寂寥を詠える酒宴の歌」は、抗いつつも、死に魅せられていく暗澹とした曲だ。
何度も繰り返される「生は暗く、死もまた暗い」と言う歌詞のイメージが、一貫して全曲を支配している。
続く第二楽章「秋に消え逝く者」と無情感に満ちた2曲のあと、
池の中に建つ四阿(あずまや)に遊ぶ、若く美しい男女のさんざめきをテノールがうたう「青春について」は、
「和やかに、明るく」と指示のある 変ロ長調 2/2拍子。
時折り翳るような東洋的音階が、水面で揺らめく倒影に青春の儚さ、脆さを重ねていく。
限りなく美しく、透明なまでに明るいこの曲は、それゆえにこその哀感を湛えている。

続くアルト「美について」でうたわれる、若い乙女たちの華やぎも、最終楽章の「告別」で、「君は何処に行くのか、
また何故に」と問われて、「友よ、この世に私の幸福はなかった」と答える。


この曲を作曲した当時のマーラーは4歳になったばかりの愛娘を失い、自身の健康も危ぶまれる中で、
慣れ親しんだウイーンを離れアメリカに渡るための準備に追われていた。
彼は積年の友人であったワルターに「自分がもっとも個人的な事柄について」作曲したことを伝えたと言う。
「最も個人的な事柄」とは言うまでもなく子供の死であっただろう。




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終曲にして最高傑作とも思われる「告別」は、おぼろに暗い薄明の光に包まれている。
葬送の鐘の音にも似た、沈鬱な銅鑼の響きで始まるこの曲は、「告別」以外の5曲を合わせた演奏時間にほぼ等しい、
28分にも及ぶ長大な曲だが、濃密で深い内省に満ちた比類ない演奏となっている。
白熱した金属が輝やくように、痛切にまた劇的に別れを歌うフェリアーのコントラルトは、時として凄みさえ感じさせる。
深く鈍い光沢をもつその声は、この世ならぬ遥かに遠い場所から聴こえてくるようだ。
オーケストラ間奏部分のハープやマンドリンを伴う優美な旋律は、時として甘美であり、彼岸は恍惚の表情をもって永遠へと誘う。
曲の最後に幽かに響き渡るのはチェレスタ。
透明な鉱物の結晶のように澄み切ったその音は、散華のように、死への儚い花向けのように、天からこぼれてくる。



フェリアーはこの録音の翌年、41歳で亡くなった。
あまりにも早すぎる死。
30を過ぎてから演奏活動を始めた彼女にとって、活動期間はわずかに10年。
フェリアー自身、「大地の歌」は自らの死期を予感しながらの演奏であった。



「三重の意味で、私には故郷がない。
オーストリアではボヘミア人として、ドイツではオーストリア人として、
そしてこの世においてはユダヤ人として…」


私はこのマーラーの言葉と、「告別」の中で歌われる「友よ、この世に私の幸福はなかった」という歌詞との間に
強くシンクロするものを感じる。




「春になれば愛する大地は再び至る所に花が咲き乱れ、
樹々は緑に覆われて
永遠に、世界の遠き涯までも青々と輝き渡る!」

マーラーが自ら書き加えたと言う、「告別」の最後の歌詞は、
束の間の生を永遠に変える、最後の希望と祈りであるかのように思えてならない。




 ★リコーダー演奏 「青春について」 → http://papalin.yas.mu/W225/M004/#M004






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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
けさから明るい日が、解け残った雪景色のうえに満ちています。
aostaさん、こんにちは!
 昼前にちょっと覗かせていただき、あっ「大地の歌」!といま聴きながら書いています。こちらは手っ取り早いところでバーンスタインとなっております。
 「大地の歌」歌詞を思いながら聴きますと、曲の方が詩に押し切られてしまうという感じがし、改めて唐の詩人李白の凄さを認識させられました。これまで解ってはいませんでした。李白の無常観、厭世観、別れの寂漠が曲を凌駕している。これに共感したマーラーの生涯もまたaostaさんが解説くださった
>「三重の意味で、私には故郷がない。…」という自身のことば、そして「友よ、この世に私の幸福はなかった」
 に実感がこもっていますね。
 多くの人生がこのようであるかもしれないと思います。
「告別」の最後の歌詞、
>つかの間の生を永遠に変える、
 この希望と祈り、まさしくそういった感じがいたします。他のマーラーの曲の最後もこのような熱き願い祈りで締め括られているように思いました。
 この一曲を聴くあいだにも、玄関に出たり、台所に行ったりなどの時間が入りましたが、どうやらちょうど第6楽章「告別」のところとなりました。耳を澄ましながら閉じさせていただきます。
bunbun
2010/12/21 14:17
◇bunbunさん

こんばんは♪
マーラーと言えばバーンスタイン、と言う時代がありましたね。
私の愛聴盤は、ずっと時代をさかのぼって1952年録音のブルーノ・ワルター、ウイーン・フィルです。イギリスの名コントラルト、キャスリーン・フェリーアーとテノールはユリウス・パツァーク。ワルターはマーラーと実際に親交のあった人で、演奏会で数多くのマーラー作品を演奏し、世界にマーラーの名を知らしめた指揮者でもあります。個人的にフェリアーが好きなので、私が持っているのはこの一枚だけ。他の演奏と聴き比べたことも聴き比べようと思ったこともないほど「ぞっこん」なのです。
この「大地の歌」は東洋的な五音音階を使う事によって、エキゾチックで神秘的な音楽となっているように思います。今朝何かに誘われるように眼を覚ましたのは未だ4時前。確かに「青春について」のメロディーが聴こえてきたのです。真っ暗な空にはぽっかりと輝く月・・・月明かりの中で眠る庭を見ているうちに、文章が浮かんできました。実は長い間、この「大地の歌」について何か書きたいと思い続けていたのです。でもどうしてもとっかかりがみつからないまま、何年も過ぎてしまいました。先日たまたま夫が「青春について」を演奏したことをきっかけに何か書けるかもしれない、と思っていましたところ、今朝の月です。
手持ちのCDの裏側のDACCA盤のジャケットには偶然にも月が描かれています。
まるでお月さまが道案内をしてくださったような、不思議な感じがしました。
aosta
2010/12/21 21:14
丁寧にお返事を書いていただき、感謝でした。
このワルター、52年に惹きつけられ若干検索してみたのですが、時間的なゆとりがなく見いだしかねました。これがaostaさんがとても大切にしておられることはわかりました。ただその大切さが何なのか知ろうとしたのです。それを書いていただけたこと嬉しく思います。いかにもマーラーとワルターが実際に親交があった、恐らくは先ず如何に演奏すべきかを直接尋ねながら音づくりを進めたかと推測します。そういった意味で、作曲者の意向に最も近い演奏なのでしょう。フェリアー、14歳で学業を終え、電話交換手、結婚といたり、ここから歌の世界に。40歳で癌で亡くなっているようですね。この録音の時が最盛期であったかとも思われます。ほんとうに宝ものですね。
一時期は聞き比べもどきに凝ったこともありますが、所詮音楽に精通しているわけでもない自らです。またさまざまな個性の芸術を比べるよりは、それぞれの個性の豊かさをわがものとしてゆく事の方が賢明と感じられるこの頃です。ただなかなかに賢明には届かぬのも覚えております。
aostaさんの音楽表現、読ませていただくときには、いつも新たな一曲が立ち上がるような思いがいたします。
今後とも宜しくお願い申し上げます。

bunbun
2010/12/22 10:44
◇bunbunさん

こんにちは。
ワルターの52年度盤、AMAZONで捜しましたら余りの高値にびっくり!
もう廃番なのでしょうかね。
フェリアーの声は初めて聴くと違和感があるかもしれません。鈍い光沢の太くて重いコントラルト、どちらかと言うと暗い感じの声質と言ったらいいかしら。
フェリアーはピアノはかなりの腕前だったようですが正規に声楽を学んだことはなかったようです。たまたま出演したコンクールで優勝し、歌手として見出された時は既に完成していたと言われたそうです。彼女の個性的な声や感性が、教育によって矯正されることがなかったことは何よりの幸いであったかもしれません。
ワルターは彼女の歌を絶賛し、何回も共演しています。ワルターに対するフェリアーの信頼は絶対的なものがあったでしょうし、マーラーの一番の理解者であったワルターが、マーラー作品の演奏に書ける情熱もまた、並々ならぬものがあったことでしょう。この二人が共演した「大地の歌」が感動的であることも頷けます。「大地の歌」は1911年ワルターによって初演されました。その後何回もこの曲を演奏したワルターですが、フェリアーとの出会いによって、この曲への想いをさらにも深くしたのではないかしら。
フェリアー自身は、ワルターと出会う前にこの歌を聴いたことはなかったと思います。誰かに教えられるまでもなく、彼女は自分自身でこの深い音楽の森の中に入り込み、彼女のスタイルで歌い、結果的にその歌が、ワルターの感性に強く訴えかけるものであった・・・など勝手なストリーを思い描いております(笑)
aosta
2010/12/23 13:09
◇bunbunさん、続きです。

>aostaさんの音楽表現

私は、移動ドの段階で音楽の授業から落ちこぼれてしまいました(笑)
基本的な音楽知識も不十分なまま、好きな音楽の事を日常的な言葉で伝えることは本当に難しいと常々思うのですが、そこで編みだしたのが、「文学的(?)表現」(爆)
これならお読み下さる方の解釈の幅も広がるでしょうし、場合によっては私が意図した以上の内容を汲みとって下さるかも知れません(笑)

PS
本文中、6楽章「告別」についての少し文章を書きくわえました♪
aosta
2010/12/23 13:26
aostaさん、私の「大地の歌」記事へのコメントをどうもありがとうございました。
マーラー自身は「この曲を聴いた聴衆はみな自殺してしまうんじゃないだろうか。」と心配していました。でも今ではこんなに世界中で愛聴されているのですから、マーラーの杞憂に終わって良かったです。
それにしても本当は9番目の交響曲なのに、不吉なジンクスを恐れて番号を付けなかったマーラー。次の曲に9番を付けて、「もう大丈夫だ。これは本当は10番だからね。」と神様を出し抜いたつもりが、やはり9番以降は完成させられずにこの世に別れを告げたマーラー。この人の運命の皮肉と悲哀をつくづく感じます。
今年はマーラーの生誕150年ですが、僕は「生まれた喜び」を素直に喜べなかったこの人の生誕記念を祝う気持ちは起きません。来年の没後100年で静かに悼たいと思っているんです。
ハルくん
URL
2010/12/23 16:15
◇ハルくんさん

おはようございます。
機能は久しぶりにお邪魔させていただき、いつものことながら、記事が充実していることに驚かされました。遡って思いがけずも「大地の歌」の記事を発見し、フェリアーへの言及もあり、嬉しく拝見した次第です♪

>今年はマーラーの生誕150年ですが

そうだったんですか?
勉強不足でした(汗)。マーラーがこの世に生を受けたからこそ、今の私たちが、彼の音楽を聴くことが出来ることを考えると、マーラーが自身の誕生をどのように感じていたか私は知らないのですけれど、マーラーが与えてくれた音楽の喜びを大切にしたいと思うばかりです。
aosta
2010/12/24 08:51

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