「マタイ受難曲」について思うこと




もう三か月近く前、6月20日のお話です。

前から来客予定のあったこの日、先方の都合で急遽キャンセルとなりました。
突然降ってわいたような「何の予定もない休日」です。
さて、何をしようかしら、と思案する間もなく、「マタイを聴きに行こう!!」という夫の一声で即決。
長野市のお隣、須坂のメセナホールでの「マタイ受難曲」演奏会です。
かろうじてチケットを入手することが出来た事はまさに僥倖でした。

今回の演奏会はバッハのオリジナル・スコアを忠実に再現した初めての試み。
独唱・合唱含め8人プラス3人、ソリストが合唱部分も歌うという極めて小編成の演奏会です。
この編成ですと、テノールに至っては最初から最後まで「出ずっぱり」で歌わなければなりません。
う~ん。まさに体力勝負!!
指揮はジョシュア・リフキン。
彼が率いるケンブリッジ・コンツエントウスの「第一グループ」と、JCBの桐山健志さんを中心とする「くにたちiBACHコレギウム」の「第二グループ」による演奏です。
実を言えば、浅学な私はリフキンという名前を聴くのは今回が初めてでしたが、指揮だけでなく、ピアニスト、チェンバロ奏者として、またバッハ研究家として知られる方なのですね。

舞台右手に第一グループのソリストたち。
左には第二グループ。
中央にはこれまたふたつのセクションに分かれた管弦アンサンブル。

登場人物の相克する想いを吐露するかのような第一グループのアリアと、ドラマから少し距離を置いた群衆の声を現す第二グループとの掛け合いのようなやり取りはバッハの独創だということです。少人数による編成とこの舞台設定は音楽による対話として、この曲に深い奥行きと臨場感を与えていたように思います。



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『ゴルゴファの夕べ / キリストの埋葬準備』 ヴァシリイ・ペトロヴィチ・ヴェレシャギン(1835 ~ 1909)



今回の演奏を聴いて感じたこと、思ったことを少し・・・

「マタイ受難曲」は新約聖書の「マタイによる福音書」26節から27節を元にした最後の晩餐前後から始まります。
より形而上学的ともいえる「ヨハネ受難曲」に対して、個々人の内的独白とも言うべきアリアに大きな比重が置かれているマタイは、一人一人の心の声、内なる葛藤のドラマと言ってもいいかもしれません。
一方、ヨハネ受難曲は、キリストの受難・死を経て復活の栄光を予感させる壮大で晴れやかなコラールで終わっています。美しく輝きに満ちたおおらかで素晴らしい、「大団円」とも言えるコラールです。
このコラールが象徴しているように、「ヨハネ受難曲」は、キリストの受難と死、そして栄光に満ちた復活によって預言が成就するという、予定調和に満ちた展開になっています。

それに対し復活の喜びを予感させることのないままの「キリストの死」と「神の沈黙」で終わる「マタイ」。
底知れぬ沈黙の深さ、罪なき者の不条理な死は、答えを与えられぬまま絶望的な痛みとなって、信じる信じないの壁を越え、聴く者すべての心の奥深くに鋭いくさびとなってを打ち込まれます。
キリストの死を、全人類のための「贖(あがな)い」と受け取るか否かは別として、多くの人がその意味を問わざるを得ないほど、その死には重く激しく、迫るものがあります。
取り残された弟子たちや母マリアが打ちのめされた苦しみ、茫然自失する絶望の深さは、それゆえに、より普遍的なものとして言葉や宗教を超えて共感されるのではないでしょうか。
キリストが、全身全霊、人々の救いのために死を目指して生きたという事実にのみ光を当てた「マタイ受難曲」は、すべての人間に、根源に迫る問いを投げかけてきます。

そう考えると、自他共に認める日本の古楽の第一人者であり、内外で活躍する音楽家のお一人が仰られている
「信仰なくしてバッハを理解する事は不可能。」という言葉(春秋社刊「バッハからの贈りもの」)に、私はどうしても同意しかねるものがあるのです。
私はバッハの音楽がクリスチャンだけのものとは思っていません。
バッハの音楽を聴くとき、信仰とは関係なく、至高の存在の前に頭(こうべ)を垂れ、宗教的敬虔に導かれたという人は少なからずいらっしゃるはずです。
聖書的な解釈とは別のところでも、神を感じて震える魂があります。
神を感じる心に「説明」は必ずしも必要なものではありません。
その意味で「説明以前」のバッハの音楽は、確かに私たちへの言葉を超えた「贈りもの」なのだと思うのです。



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アンゲラン・カルトン「アヴィニョンのピエタ」


「すべて道行く人よ
あなたがたはなんとも思わないのか。
主がその激しい怒りの日にわたしを悩まして
わたしにくだされた苦しみのような苦しみが
また世にあるだろうか、尋ねて見よ。」
(旧約聖書「哀歌」第1章12節)





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