消えがてのうた part 2

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zoom RSS 「La Paduana de Re 王のパヴァーヌ」 平尾雅子

<<   作成日時 : 2009/06/18 22:54   >>

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ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者、平尾雅子さんの構成によるCD「王のパヴァーヌ」。
副題に 「空想 安土城御前演奏会 〜信長公ご所望の南蛮音楽〜」 とある。

その死の前年、西洋文化に並々ならぬ興味と関心を持っていた織田信長は居城に南蛮の楽師たちを招いた。
豪華絢爛をもって知られた安土城で催された南蛮音楽と舞踏の宴。
鼓を良くし、能舞の名手でもあった信長の耳に「異国の音楽」はどのように響いたのだろうか。
重心はあくまで低く、常にすり足で、大地との接点を保ちながら舞う能舞と異なり、リズミカルにそして軽やかにステップを踏むルネサンスのダンスは、当時の人々の眼には奇異なものとして映ったかもしれない。

しかし、時代は安土。
新しい風が吹いていた。



画像







現在宴の記録は残っていても、そこで演奏された音楽についての記述はない。
いったいどんな曲が演奏されたのだろうか。
そんな好奇心のもとに演奏されたこのCD。
いわば空想の「御前演奏会」だ。
ヨーロッパ留学時代、音楽だけでなく、ルネサンス舞踊についても学び、帰国後もその普及に務める平尾さんのヴィオラ・ダ・ガンバは、伸びやかで豊饒な音色を滴らせる。
実際に「踊ること」を知っている彼女の音楽は心に身体に心地よい解放をもたらしてくれる。

闊達ではめりはりの利いた演奏。
小気味よいテンポ設定。
平尾さんファンの私は、どうしてもガンバの音色に耳を傾けたくなるが、このCDでは、クラボ(小型チェンバロ)、ヴィオラ(リュート)、フラウタ(リコーダー)、アルパ(ハープ)、シャルマイ(オーボエの前身)、ミュゼット等々魅力的な古楽器が使用され、いずれも日本の古楽界を代表する奏者によって奏でられる上質のアンサンブルである。
加えて作曲家はと見れば、ジョスカン・デプレ、カベソン、サンドラン、スザートと錚々たる顔ぶれ。
グレゴリアンに象徴される霊的、天上的な教会音楽とは違い、生活そのもの、人生の喜び、恋の嘆きを歌うルネサンスの世俗音楽だ。。
時に酔いしれ、時に日常から逸脱したように放縦なリズムとメロディは、さながらめくるめく万華鏡のようだ。



1582年、信長暗殺。
宴の翌年の、あまりにも唐突な信長の死を誰が予想できただろう。
ヨーロッパではまさにバロック音楽への助走が始まりつつあった時代であった。
1633年に初回の鎖国令出され、以降、諸外国との交易は国や場所を限定される。
出島は幕府の監視のもとで唯一残された「窓」となった。
以来日本は、300年近い年月にわたって、国を閉ざすことになる。

風は、止んだ。
信長の死後わずか50年あまりの出来事だった。






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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
平尾雅子さんというのは凄い方ですね。小説の世界でも資料をもとにいろいろ人物を描くのはよくあることですが、、万葉集・古今和歌集の貴族の世界から武士の世の、能等へと、戦乱の時代にこういう文化についての信長が、「しかも」なのか「さもありなん」なのかもわかりませんが、信長が耳にした西洋音楽を想像復元を試みているいうのが唸ってしまいます。この人のCDを是非聞いてみようと思います。
イエローポスト
2009/06/19 06:05
安土の時代はそのあとの鎖国時代にくらべると、海外に窓が開かれ、文化が花開いた明るい時代ですね。安土にはセミナリヨがひらかれ、音楽も教えられていたようですね。当時演奏されていた音楽がこのCDからうかがえるとは、すばらしいことです。ぜひ聴いて見たいものです。
森の生活
2009/06/19 16:43
◇イエローポストさん

コメントありがとうございます。
平尾さん、何回か演奏会に伺ったことがあります。とても優雅でお綺麗な方でした。でも演奏となれば人が変わります。曲にもよるのでしょうがある時は鬼神のごとく、またある時は天使のように・・・(笑)
CD、よろしければぜひ聞いてみてください。
Musica Humanaというマイナーナレーベルですが、ネットでも買えるようです。
aosta
URL
2009/06/20 05:52
◇森の生活さん

おはようございます。
信長の時代は、安土の街をスペインやポルトガルの宣教師は商人たちが自由に行きかい、セミナリオではラテン語を学ぶ声や音楽が流れていたようですね。
信長の死によって、日本の歴史は大きく変わりました。
彼が生きていたら日本はどんな国になっていたのでしょうね。
「御前演奏」について言えば、キリスト教が禁教となった秀吉の時代、長い旅から戻った4人自らの演奏も行われたとか・・・
けれどもその後の4人の運命を考えると暗澹とした思いにとらわれます。
若桑緑さんの遺作が奇しくも「クワトロ・ラガッツィ」でしたね。
こちらも近いうちに読みたいと書棚から取り出してはあるのですが(買ったのはかなり前です)、かなりの大作、果たしていつになったら読めるのか・・・(笑)
aosta
2009/06/20 06:11
aostaさん、こんにちは。
信長公ご所望の南蛮音楽・・・。
西洋の音楽を聴いて、どんな風にココロが動いたんだろうと、すごく気になりました。西洋のクラシック音楽、リズムもハーモニーもきっちり、かっちりと、とても正確なイメージ。日本の古典音楽は不思議な音程やリズムですものね。
 信長公が生きていたなら・・・と、私も同感です。
 
ちょろえ♪
2009/06/20 19:10
ルネサンスからバロック・・・この時代の音楽に興味を持ち始めました。
そしてこの時代の音楽を聴きながら当時の日本の音楽は・・・?と最近良く考えます。
このCD、ジャケット買いしたくなりそうな絵でもあり、平尾先生、そして今私が勉強中の曲も入っています。
早速、注文してしまいました。。o@(^-^)@o。ニコッ♪
yuri
2009/06/20 23:58
いま住んでいる大分は「西洋音楽発祥の地」を名乗っています。1557年、聖歌隊とヴィオールの演奏でクリスマスを祝ったとの記録があるからです。そのため時々、南蛮音楽のコンサートもあります。もっとも山口市はでは、1552年にクリスマスを祝った記録があるので、その時に讃美歌も歌ったはずだとして、こちらが発祥の地だと主張しているそうです。

確かに南蛮楽師が演奏したのは教会音楽ではなく、世俗的な歌謡や舞曲であったかもしれませんね。当時の欧州の舞曲は現代から見ればおとなしいステップで、軽やかに舞い跳ぶようなものではなかったと思いますが、大地を踏みしめる日本の舞踏との違いを信長はどう感じたでしょうか。
かげっち
2009/06/22 12:16
◇ちょろえ♪ちゃん

コメントありがとうございます。
ルネサンス時代の音楽って、後の古典派に比べれば自由な感じがします。
(これは私が聴いた印象ですから、実際には違うかもしれませんが)少なくとも、このCDに関して言えば、とても自然な音楽です。いえ、気ままな音楽と言ってもいいかもしれません。
自在にメロディーに乗って楽しんでいるように聴こえてきます。

>日本の古典音楽は不思議な音程やリズムですものね。

それなのに知らず知らずのうちに身体が覚えてる、というところがまた「不思議」なんですよね(笑)。
aosta
2009/06/22 21:05
◇yuriさん こんばんは。

>当時の日本の音楽は・・・

今も昔も日本の音楽の重要な部分が「間」ではないでしょうか。
信長が得意とした鼓にしても、音と音の間の「間」が一つの音というか、限りなく緊張感が凝縮した濃密な時間ですね。
この「間」は音楽に限らないように思います。
絵画においても、書にいおいても言葉は違え、そこには確かな「間」を感じます。

CD、注文なさったのですね。
ぜひ感想をお聞かせください♪

aosta
2009/06/22 21:14
◇かげっちさん

キリシタン大名であった王友宗麟がおさめた大分の地にあっては、当時も南蛮音楽は身近にあったものなのでしょうね。むしろ世俗音楽ではなく、教会の典礼音楽を耳にする機会も多かったのではないかと思います。山口にしても、ザビエルとのえにしを考えれば、確かに「西洋音楽発祥の地」であると名乗りを上げても不思議はありませんね(笑)。五島列島の隠れキリシタンたちの間では、本国スペインやポルトガルにおいてもすでに失われた典礼音楽が(形を変えながら)守られ、伝えられていたという話を聴いたことがありますが、五島に限らず、私たちの知らないところで守られてきた音楽があるかもしれない、と考えると、感慨深いものがあります。

跳躍が印象的なバレエは、ルイ太陽王の時代からでしたね。
ルネサンスのダンスはおっしゃる通りしずしずとした荘重なものであッ田のでしょうね。パヴァーヌにしてもガリヤルドにしても、「跳躍」のイメージはありませんし。
aosta
2009/06/22 22:20
ネット注文は便利ですね。
今日届きました。まだ聴き始めたばかりですが・・・。
平尾先生が歌われているのでしょうか?
また、ゆっくり感想をと思っております。
千々の悲しみに興味を持って聴き入りました。色々な楽器曲やミサ曲にも編曲されているようですね。この曲を元にしたスザートのパヴァーヌは知っています。
天正少年使節たちがヨーロッパから戻った翌年1591年に秀吉の前で演奏された曲の中にこの曲があったのではと推測もされているようですね。
何だかワクワクしてきました。
yuri
2009/06/23 19:04
◇yuriさん

おはようございます。
もうお聴きになったんですか?ネット注文、早いですね。
気に入っていただけたようでうれしいです。
歌っているのは、平尾さんではなく、カウンターテナーの男性です。
私はどちらかと言えばカウンターテナーは苦手なんですけど、このCDでは構えないで聴いてしまいました
このレーヴェルやコジマ録音のCDからは、きっとyuriさんが興味をもたれる曲集が何枚も出ていますよ♪
aosta
2009/06/25 07:24
この盤はとても心惹かれました。信長は不合理な既成概念に捕われず、物事を怖じ惑わず断行できる人物との印象をつよく持っています。曲を聴いてみないことには何とも言えませんが、単なる想像ですが、信長は斬新、新鮮と聴き、もたらされる品々、話しなどをも鑑み、曲の向こうに広がる異世界に想いを馳せたのでは。
何しろ、音楽は手持ちで間に合わせる在り方を選択しているため、強く惹かれつつも、いまだ・・・いったん聴いたら、面白くてたぶんのめり込みそう。それが怖いですね。それほどの魅力の内蔵を思わせる一枚ですね。
当ブログのほうのコメント、聖会から帰って間もないために、勢いのままに。もしそちらで行っている所がありますならそちらもまた恵まれるはず。僭越だったかもしれません。お詫び申し上げます。
天候が不順ですね。不思議に不快感や憂鬱をあまり感じずに過ごしています。aostaさんに、aostaさんの周りに、目には見えぬ守りが常にありますように。
aostaさんの音楽感性が研ぎ澄まされ、いよいよ良き詩が醸されますように!!
bunna
2009/08/09 23:21
◇bunnaさん

おはようございます。
今朝も雨です。
一昨日、昨日と予定していなかった仕事が入り、bunnaさんのブログにお邪魔しながら、コメントは記せないまま失礼いたしました。
bunnaさんの御返事も、お詫びどころか、とても嬉しく拝見いたしましたよ♪

信長、快刀乱麻のごとき決断力と研ぎ澄まされた感性にはなにか「魔」のようなものさえ感じてしまいます。そしておそらく並々ならぬ知性。あの時代の日本になぜあのように特異な人物が存在しえたのかただただ不思議です。

>音楽は手持ちで間に合わせる

私もずいぶん沢山CDを買っていた時代がありました。
最近はめったに買いません。本も同じで、新しいもの、新しいものと追いかけることにあまり魅力を感じなくなったからです。何度か耳にしている音楽、過去に読んだことのある本をもう一度「最初からまるごと」味わう楽しみを見つけたからかもしれません。年をとるのも悪くない、と思えるのはそうして何度も新しく出会うものがあるからですね。
aosta
2009/08/10 05:52

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