「生の喜び・死の芸術」 ②  そして パーセル



パーセル 「メアリー女王の葬送のための音楽」

在位半ば、32歳で亡くなったイングランド女王メアリー2世(1662~1694)に終生仕えたパーセル(1659~1695)。
生没年を見れば二人は全く同じ時代を生きています。
女王の死後半年余り後にはパーセルも36年の生涯を終え、この葬送曲は奇しくも作曲者自身の葬送のために、
再度演奏されることになりました。


画像

メアリー2世(1662~1694)



「メアリー女王の葬送のための音楽」を真中にはさむようにして、このCD(には「主よ、我らのとがを思いたもうことなかれ」と、「主よ、わが祈りを聞き給え」の2曲のアンセム(モテット)が収録されています。
いずれもしめやかに美しく、清潔で気品溢れる音楽、そして演奏です。



英国国教会の祈祷書に基づいたこれらのアンセムは、その歌詞を見ても、荘重な音楽的雰囲気からも、
メアリー女王の葬送のための音楽と銘打つまでもなく、葬儀の曲であることは見当がつくかもしれません。
「主よ、わが祈りを聞き給え」は、浄らかな清流を思わせるポリフォニーの響きがフーガのように繰り返され、
やがてその小さな流れが一つに合流したかのような8声の呼びかけへ変わっていく、短いけれど深い祈りの曲です。

そして粛々と進む葬列の足取りとともに始まる「メアリー女王の葬送のための音楽」。
金管の響きが深い喪の悲しみを告げるように響き渡ります。
悲哀の翳りに満ちた清らかな合唱、妙なるポリフォニーの響き。
器楽による演奏と合唱とが交互に繰り返されるこの葬送曲は全7曲。
哀しみは静かな水のように溢れ、やがて薄絹を透したかのような輝きの内へと包み込まれていきます。
儀礼的なものではない深い悲しみと、涙の暖かさを感じさせる真摯な感情が切々と伝わってくるのは、
パーセルがメアリー女王を心から敬愛し、心から仕えたその思いがそのまま音楽になっているからかもしれません。

器楽演奏の「言葉にならない哀しみ」を慰めるかのように聴こえてくる合唱。
器楽による「喪」(死の悲しみ)は、それに続く合唱に引き取られ、深い慰めと喜び(生)へと昇華されていくようです。
最終曲で最初の行進曲が繰り返され、この深く内的な哀悼の曲が静かに終わるとき、
ひたひたと暖かい慰めが満ちてきます。
哀しみは、浄化され、涙は濾過されて、透明に輝く結晶のように祈りは凝縮していきます。
死が、あたかも永遠への通過点として抱き取られていったかのように・・・




         ★ >「生の喜び・死の芸術」 ①  まずは バッハ 」 → http://folli-2.at.webry.info/200901/article_5.html


この記事へのコメント

my
2009年02月02日 13:27
 aostaさん、こんにちは。パーセル、バロック時代の唯一イギリスの誇る音楽家ですね。歌劇 「 ディドーとエネアス 」 の合唱、独唱を聴いていると心の安らぎを感じたものです。aostaさん がお書きになっていらっしゃる 「 メアリーの~ 」 、手に入れたいと思います。実は若い頃、 < 初代メアリー > の時代に興味もち、調べたこのがありました。即ち、パーセルが最初に仕えた チャールズ二世 の前の時代で、所謂、流血の時代です。日本で言えば幕末期のような時代でしょうか。メアリー のカトリック信仰によって、ロンドン塔での血の粛清が続けられ・・・この時代を飽きもせず、調べたものです。若さですね。懐かしい。aostaさんのこのブログを読ませて頂き、思い出したものですから・・・バロック、ロココの時代では、ラモー、スカルティ、パーセル、ヘンデル、バッハといったところが好きです。
 それでは又共通の話題を楽しみにしております。どうも失礼を致しました。
2009年02月04日 20:56
◇myさん

こんばんは。お返事が遅くなりまして申し訳ございません。
なんという偶でしょう。「 ディドーとエネアス 」 、私も最近車の中でピノック、イングリッシュ・コンサートによるアルヒーフ盤をよく聞いております♪

ディドー役のフォン・オッターもさることながらベリンダ役のソプラノの人(すみません!名前が出てきません。CD、まだ車の中なにおで確認できません)がとってもいいです。
そしてパーセルらしい、端正で浄らかな合唱、流れるようなハーモニー。
それぞれの登場人物を彷彿とさせるアリアやレスタティーヴォのなんとドラマティックなこと!!
さりながら、この「メアリー女王の葬送のための音楽」及びアンセムは、それにもまして素晴らしいと思います。ぜひにも御一聴を!
2009年02月04日 21:18
◇myさん

続きです。
この「ディドーとエネアス」はメアリー女王の戴冠式に際して作曲されたという説もあるようです。もしそれが真実であるとするならば、若きメアリーの戴冠から不慮の死に至るまで、パーセルと女王とのえにしは浅からぬものがあったという思いがしてしまいます。

メアリー1世から、始まる流血の英国史は同時にヘンリー8世をめぐる女たちの歴史でもありましたね。一人の男性を、そして王位継承権をめぐる戦いにカトリックトプロテスタントの確執も重なる、まさにmyさんも仰る「血の粛清」が続いた時代でもありました。
英国史は、中学生なったばかりの時読んだ、スコットの「ケニルワースの城」以来私もずいぶんはまり込んだものです(笑)。

ラモー、スカルティ、パーセル、ヘンデル、バッハ・・・

私はバッハ、ヘンデルはもちろん、クープラン、リュリなども好きです。
スカルラッティの音楽にはイタリア出身であるにも関わらず、スペイン的憂鬱と熱感がある様な気がして大好きです。
noanoa1970
2009年10月01日 10:17
こんにちは
先日は小生のブログ訪問ありがとうございました。
昨日貴方のブログを拝見させていただき、何か共通点があるように思い、出会った事を喜びたい気持ちです。

ところで「メアリー女王・・ですが、小生勘違いをしており、演奏はガーディナーでした。

別記事にメアリー女王関連の記事を書いたことがあり、そのURLを記しておきますので、よろしければまたご訪問くだされば幸いです。

今後も長いおつきあい、よろしくお願い致します。。

http://sawyer.exblog.jp/4046375
2009年10月01日 20:08
◇noanoaさま

お越しくださいましてありがとうございました。
「何か共通点」・・・そんな風に感じていただけましたことも嬉しいです。

演奏はガーディナーでしたか。
演奏家、指揮者によっても音楽の表情が全く別のものに聴こえてくることは本当に不思議なくらいですね。このパーセルの演奏はまだ聴いたことがありませんが、一時期私もガーディナーにはまりました。

音楽だけでなく、いろいろなことについてnoanoaさんとお話ができたら嬉しいです。HNを拝見しました時にまず連想しましたのがモームの「ノアノア」でした。もしかしたらモームが、それともゴーギャンがお好きなのかしら、と勝手な想像をしております。
2009年10月02日 11:37
aostaさん
noanoaはゴーギャンからです。
というのは、小生京都の白沙村荘:日本画家、橋本間雪の住まいと庭園に倍音をしており、1970年に昭和初期のギャラリー:蔦の絡まるイベリア風の建物を改造してnoanoaというイタリアンの店をやることになりました。その時、関雪の息子の節哉がゴーギャンの研究をしていたのを、その息子でありオーナーの帰一氏が店名にnoanoaと付けたものです。
当時のマッチは「ヴォヤージュトゥー タヒチ」のゴーギャンの版画が使われました。小生のHNはそこからきております。

noanoaは現在も銀閣寺畔で続いており、人気がある店となっています。
今では普通のことですが、ピザとゆで上げパスタの店は京都で初めてではなかったでしょうか。

庭園も、あまり人が大勢来ないところも、白沙村荘は良いです。
白沙村荘:今は橋本間雪記念館という名称になっています。
2009年10月03日 05:54
◇noanoaさま

ゴーギャン、だったのですね。
それにしてもnoanoaさんはレストランを経営していらっしゃるのですか?!
それも京都で初めてのピザとゆで上げパスタのお店・・・
ご自身で厨房に立たれていらっしゃるのでしょうか?
ブログのイメージとはかなり違っていましたので(もちろん私の勝手な思い込みでしかないのでしょうが)にわかには白いお帽子を被ったエプロン姿も凛凛しいnoanoaさんが直結いたしません(笑)。

白沙村荘、何やら涼しげでゆかしい名前です。
お庭もあるのですか。日本庭園と蔦の絡まるクラシックな洋館、古き良き時代の絶妙なセンスを想像してしまいます。
noanoa1970
2009年10月03日 07:01
すみません、タイプミスでバイトを倍音と書いてしまいました。
過去と現在が、そのまま繋がっている印象を与えてしまった事を、お詫びいたします。

小生がnoanoaを開いたのは学生時代~の延長で、2年余り厨房に立って料理をしておりました。白沙村荘時代、いろいろな文化人たちとの触れ合いの場を持ったことが、現在の小生の嗜好を決定づけた要因でもあります。小生実は白洲正子さんとお話ししたことも、陶芸家の小山富士夫さんともお話をしたことがあります。

白沙村荘は、当時そんな、文化芸術的サロンでもあったのです。
音楽はもう少し古い時代からの趣味でしたが・・・・

現役時代は、OA機器製造販売会社で勤務しておりましたが、早期に退職し、現在は主婦と中高年者のための、個人パソコン教室をやっております。

古今の陶芸、絵画、そして骨董の陶磁器は、義父の影響もあって、お気に入りを少しコレクションしていて、それに料理を盛って楽しむのも好きなことです。

aostaさんの雰囲気、ブログを拝見する限りでは、幅広い文化芸術に関心がおありのようで、文章がいつも詩的なことも、素晴らしい感性の持ち主であることを彷彿させます。

素晴らしい方との出会いを感謝しております。
2009年10月03日 16:48
◇noanoaさま

ありがとうございます。
なぜ「倍音」なのか、私も不思議でした(笑)。私の知っている倍音とは別の意味を持って使われることもあるのかしら、と頭をひねっておりました。
私も日常茶飯事の如くキーイン・ミスをしては、あわてて訂正しております。
そればかりかミスしたことに気がつかないまま、ということもあってお恥ずかしい限りです。

>白沙村荘は、当時そんな、文化芸術的サロンでもあったのです。

時代を代表するような方たちと実際に言葉を交わすなど、羨ましくてため息が出そうなお話です。
それに加えて音楽そして骨董と、noanoaさんの世界はどこまで広いのでしょう。
私もその広い世界のはじっこで、いろいろ学ばせて頂きたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

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