「生の喜び・死の芸術」 ①  まずは バッハ





私がCDや本を買うときには、ジャケット・デザインや装丁の美しさが決め手となることがよくあります。

中身は中身であって、外見とは違う、という見方もあるのでしょうが、
なぜか、気に入ったデザインのものは、内容もしっくりと私と相性の良いものが多いような気がします。


おぼろげな輝きは黎明のひかりなのか、それとも薄暮のひかりなのか。
時間の流れが停止したかのような空と海のあわいに浮かぶ小さな船。
一見、音楽とは無関係に思えるこのジャケット、よく見ればなんとヘンゲルブロック。
それもパーセルとバッハ!!
これは買わねばなりません。

というわけで、今回私が思わず「ジャケット買い」したCDがこれ。


画像




まずは、バッハ。
バッハのカンタータ BWV131「深き淵より われ汝に呼ばわる、主よ」

素晴らしすぎる演奏!
オーボエと弦から始まり、4声のアンサンブルへと引き継がれていく憧れと畏れに震える第1曲の美しさ・・・
ソロとコラール合唱がポリフォニックな対話となって重層的に絡み合う第2曲と第4曲は、
ソロと合唱による言葉が絡み合って、音楽的霊感に満ちた対話のように聴こえてきます。
特にテノールのアリア、とアルトのコラールはあまりにも美しく
わたしはこのテノールのアリアに釘付けになってしまいます。
期待しつつ待ち続ける、という能動的な心のあり方は、「ローマ人への手紙」の一節を思い起こさせます。


    見えるものに対する希望は希望ではありません。
    現に見ているものを誰が望むでしょうか。
    わたしたちは、目に見えないものを望んでいるなら、忍耐して待ち望むのです。

                               「ローマ人への手紙」 8:24~25


テノールとソロと合唱による第4曲は、この「忍耐して待ち望む」という信仰を、
寝ずに見張りをする夜警の想いに託して歌われます。


     わたしは主に望みをおき
     わたしの魂は望みをおき
     御言葉を待ち望みます
     わたしの魂は主を待ち望みます
     見張りが朝を待つにもまして
     見張りが朝を待つにもまして。

                      詩篇130:5~6



繰り返される言葉の力と、バッハの音楽、憧れと希求がこれ以上は望めない形で結びついています。
美しい、というだけでどうしてこんなに悲しいのでしょう。
本当に美しいと思うものに出会った時なぜ悲しみに似た感覚をおぼえるのでしょう。
それも心だけでなく、身体全体で感じる痛いような哀しみ・・・
文学や美術といった芸術に比べて、音楽はより直接的に深く、心を揺り動かす力を持っています。
それは理屈ではなく、まさに「身体が感じるもの」です。

本当に美しいものとは、なにものかの影なのかもしれません。
決して到達することができない究極の美しさとは、そのままひとつの真理となりうるものといってもいいのかしら。
瞬時に私たちの前から失われる真理への憧憬が、「美」という形で束の間幻のように立ち現れるのでしょうか。


なにはともあれ、今回の「ジャケット買い」は、大成功でした(笑)!!



         「生の喜び・死の芸術」 
                           トーマス・ヘンゲルブロック指揮 
                           バルタザール・ノイマン合唱団&アンサンブル 
             
              H.パーセル  メアリー女王の葬送のための音楽 ほか

              J.S.バッハ  カンタータ BWV131 「深き淵よりわれ汝に呼ばわる」
                        カンタータ BWV150 「主よ、われは汝を求む」

              J.L.バッハ  モテット 「われは知る、われらが地上の住家」


 


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この記事へのコメント

2009年02月01日 16:44
aostaさん、こんにちは。

>おぼろげな輝きは黎明のひかりなのか、それとも薄暮のひかりなのか。
 時間の流れが停止したかのような空と海のあわいに浮かぶ小さな船。

本当に素晴らしい写真ですね、それにこの文章、素敵です。

>素晴らしすぎる演奏です!
 オーボエと弦から始まり、4声のアンサンブルへと引き継がれていく第1曲の美 しさには、ただただ溜息・・・
 そして、バスのアリーソとソプラノによるコラール。
 4声の憧れに満ちたコラールをはさんで、テノールのアリア、アルトのコラー  ル。
 わたしはこのテノールのアリアに釘付けになってしまいます。

こんな風に言われると、また聞きたくなってしまいます。お小遣いがあるうちにかってしまうべきか・・・・。

>本当に美しいと思うものに出会った時なぜ悲しみに似た感覚をおぼえるのでし ょう。
 それも心だけでなく、身体全体で感じる痛いような哀しみ・・・
 本当に美しいものとは、なにものかの影なのかもしれません。
 決して到達することができない究極の真理。

続く


2009年02月01日 16:47
悲しい感覚というのは、私には、分かるような、わからないような・・・・・。

>本当に美しいものとは、なにものかの影なのかもしれません。
 決して到達することができない究極の真理。
 瞬時に私たちの前から失われる真理への憧憬が、「美」という形で束の間幻のよ うに立ち現れるのでしょうか。

aostaさん、すごいですね、あなたはそういうところまで見据えているのですね。
私とは少し見方が違うようですが、素晴らしいです!!


それにしても、CD買おうかなあ、どうしようかなあ・・・・・・。

2009年02月01日 18:23
aostaさん、私も最近これを聴いていました!嬉しい偶然です!!
このジャケット良いですよね~。
131番を今練習しているので、以前購入してしばらくほってあったのを引っ張り出して、音取りを兼ねて聴いています。
私もテノールのソロが好きですが、バリトンソロの"zurechnen"のところも身震いするんです。バッハの曲は、言葉と音と思い(信仰)とが本当に結びついていると痛感します。
そして、これを演奏しているバルタザール・ノイマン合唱団の演奏は、とても素晴らしいと思います。やっぱり、体の内にそなわっている神との距離感、語りかけがあるように思います。
坂本誠
2009年02月01日 20:11
aostaさん、こんばんわ。
昔の黒いレコードLPの時は、ジャケットデザインが素晴らしかったのですが、CDになって、小さくなってしまったので、なぜかデザインが、いま一つになったように感じますね。
CDジャケットのデザインで、凝ったものを見たいものですね。
でも、CDデザインが、ばっちり合って、演奏も良くてよかったですね。
では。
2009年02月03日 21:52
◇harukahetoさん
 こんばんは。コメントありがとうございました。

>本当に素晴らしい写真ですね

そうなんです!何とも言えない雰囲気のある写真、想像力を刺激される美しいジャケットですね。実際はこの写真より穏やかな色なのですが、スキャンしたものは青が強めに出てしまいました。

音楽でも、絵画にしても感じ方は人さまざまですので、絶対お勧め!と言い切る勇気はありませんが、かなりいい!!と思います。いえ、やっぱり凄くいいです(笑)!!
2009年02月03日 22:04
◇alexさん

こんばんは!!
alexさんもやっぱり、ですか?嬉しい偶然が重なってなんだか幸せな気持ちになりました。本当にこのCD、このバッハは素晴らしいですね。
ポリフォニーによるソロと合唱の掛け合いなど霊感に満ちていて震えてきそうな感動を覚えます。
信仰がなくても、この曲の深さ美しさに感動することはもちろんですが、私もalexさんと同じように、バッハの音楽を聴くたびに彼自身の想いがいかに神に近かったかということを思います。
このCDのジャケットに見る静けさは何でしょう。
しんしんと心に沁み入ってくるような静けさと深さです。
バッハの、そしてパーセルの音楽に、これほど似つかわしいジャケットはないように思います。

>131番を今練習しているので・・・

alexさんのバッハ、聴いてみたいです!!
2009年02月03日 22:32
◇坂本誠さん
 いつもコメントありがとうございます。

>CDになって、小さくなってしまったので、なぜかデザインが、いま一つになったように感じますね。

本当にその通り!だと思います。
CDは確かにコンパクトで持ち運びも容易、どこでも好きな音楽を聴くことができるようになったということは、凄いことなのですが、同時に音楽を安易に聴くことも多くなったように思います。レコードの時はひたすら「有難かった」(笑)音楽が、CD化によって「当たり前」になってしまったような気がします。
レコードのジャケットはインパクトがありました!
ライナー・ノーツのいまよりもっと読みでがあって、じっくりと読んでいたような気がします。

ちょろえ♪
2009年02月04日 11:47
aostaさん、こんにちは。
以前、クラシックってなんだか少し退屈で、やっぱり現代音楽のほうが楽しいや。なんて考えていたんですが、いい大人になりまして、行き着くところはやはりクラシックなんだなと思うようになりました。リズムもハーモニーもシンプルで、落ち着きます。
 たまに考えるんですが、音楽にしても絵画にしても、今のように情報の渦にまみれていない時代のほうが、とても高貴で純粋だったんじゃないかな?ちょっと羨ましいな。って思うのです。贅沢な愚痴?でした。。。
2009年02月04日 21:30
◇ちょろえ♪ちゃん
 こんばんは!

>行き着くところはやはりクラシックなんだな

クラックも作曲されたその時代には「現代音楽」だったのでしょうね。
でも、現われてはすぐに消えていくうたかたのような音楽ではなく何百年もの間人々のころころを揺さぶりつつけたからこその「クラシック・古典」なのでしょう。時間の風化を免れて生き続けた真実の音楽だからこそ、とも思います。
そして現代のように録音の技術もない時代にあって、演奏はまさに一回きりその場限りの真剣勝負だったのでしょうね。その意味で、今では考えられないほど純粋なものであったのだろうとうらやましい思いもいたします。
純粋で高貴な音楽が一方では、生活の中の楽しみとして家族の団らんの中に息づいていた、ということにも憧れを感じてしまうaostaです。

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