真珠 (眠りし者)




二枚貝の 暖かな肉に包まれることを 願い

ひたすら完全な球体を夢見ていた。


抗(あらが)う小鳥の 一途で かたくなな 羽ばたきにも 似て

幾重にも閉ざしていった 

眠ることのない 夢


虹色の皮膜は

何のための 眼くらましだったのか

そのことさえ わすれてしまうほど

流れていった 記憶は 遠くなった





画像

シメオン・ソロモン Simeon Solomon ( 1840-1905) [眠りし者等と目覚めし者]





冷気が露を結び

明け方の空に 水の粒子が満ちるとき 

寒冷紗を透かすように 

真珠の色をした

おぼろな霧雨が降る


記憶の中に  

雨の気配が しのびこむ

やわらかく 冷たい指先が

一筋の 淡いひかりのように 触れてくる



夢は あえかな 目醒めの兆しの中で

かすかに みじろぎをする




2008-11-17 aosta






☆アーカイブに書き溜めた詩はこちらからご覧ください → http://follia.at.webry.info/theme/006cd61c84.html







ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

かざぴー
2008年11月18日 21:33
何度も読み返しています。
すばらしい詩ですね。
はじめに読んだ時はドキッとするくらい
せつなく辛い気持ちを感じました。
何度も読むうちに、真珠の輝きが目に浮かんできました。
宝石はほとんど持っていませんが、真珠だけは大好きです。

part2の存在を今日はじめて知りました。
ご無沙汰しています。プログされていなかったので、
どうされたのかなあと思っていたところでした。
また素敵なお写真と文章を楽しみにしています。
いよいよ山々が美しい季節になりますね。
2008年11月19日 08:15
PCの故障だったのですね。再度の登場で安心しました。その間に貝の真珠を育んでいたのですね。貝から真珠が次次顔をだすことでしょう。
生き物で、自分の分身を育てているのは真珠貝以外には見当たらないですね。玉虫も自分の翅の一部ですし。隠し育てたものはわが子のような人間の子供のように胎内でそだてられたのでしょうか。先日の雨の道にガソリンが広がって、珍しく真円にちかい虹の絵でした。
2008年11月19日 21:45
◇かざぴーさん
 すっかりご無沙汰していてすみません。

>何度も読み返しています。

一番うれしいお言葉をいただきました。
この詩が生まれたきっかけは「雨」でした。
眠りも浅くなった明け方、ふと雨の気配に目が覚めました。
まるで、何者かに呼びかけられたような感じとともに、浮かんだ小さなフレーズが変奏を繰り返すようにして生まれたのがこの「真珠」でした。
夜明けの夢ともつかないこの詩を繰り返し読んでくださったことに感謝します。ありがとうございます。

2008年11月19日 21:51
◇イエローポストさん

コメントありがとうございます。
思いがけないアクシデントでご心配をおかけしてしまいましたことお詫びいたします。
胎内で隠し育てたもの、まさしく私の分身なのかもしれません。
芥子粒程の小さな核が、時間とともに真珠層を厚くまとい、美しく変容するように私の言葉が育つことを願っています。

真円に近い虹・・・
これもまた、何かを予兆するようなイメージですね。
2008年11月20日 03:57
aostaさんへ
お早うございます。次回で「カメオに似合う宝石は真珠」と言っておられますが、真珠がお好きなようですね。実は私も真珠養殖に携わったことがあり、友人には九州でのアコヤ貝の真珠、琵琶湖での池蝶貝での真珠、オーストラリアでの白蝶貝や黒蝶貝での真珠作りをしていたものがいます。学生時代にはアワビでの半円真珠つくりの研究に多少かかわったこともありました。三河湾で初めて真珠を取上げた時は感動しましたね。アコヤ貝が丁度母親が自分の胎内で我が子を育てているような実感でした。なおアコヤ貝のアコヤは愛知県の知多半島にある半田市(ゴンギツネで有名)の一地方の名です。詩に関係のないことを書いてしまいましたが、私の無粋さ、ごめんなさい。
2008年11月20日 07:52
◇ひょうすけさん

おはようございます・・・って、午前3時のコメント、朝なのでしょうか?それとも深夜(笑)?

真珠にはとても心を惹かれます。
眺めていて飽きることがありません。
まだ小さかった頃、実家近くの諏訪湖の岸に打ち上げられていたカラス貝、祖母が庭のツツジの根元に置いていたトコブシの貝殻などの幽かににじむような色がそもそものはじまりだったかもしれません。
真珠貝の輝く虹色とは比較になりませんが、なんてきれいなんだろうと思っていました。祖母が愛用していた塗りの櫛にも螺鈿の象嵌がありました。今に至るまで、真珠は私の憧れであり、自然が作り出したもっとも美しいものの一つに違いないと思っています。
真珠の養殖、素晴らしいお仕事にかかわっていらしたのですね。
昔、世界で初めて真珠の養殖に成功した御木本幸吉について読んだことがありますが、あの大変な苦労を乗り越えられたのも真珠へのあこがれがあったのかもしれないと思いました。
2008年11月20日 07:58
◇ひょうすけさん、つづきです。

>詩に関係のないことを書いてしまいましたが、

いえいえ、とんでもない。
「ごんぎつね」はよくこどもと一緒に読んだ懐かしい絵本です。
読み聞かせている間にも目も心も涙でいっぱいになって声が出なくなることがよくありました。
新美南吉、また小川未明の作品には、大人になって初めて知る大きな哀しみと深い愛があるように思います。
2008年11月21日 04:13
aostaさんへ
再びお邪魔します。年寄りですので朝3時には起きてしまいます。なにもすることがないのでかっては読書をし、また朝ごはんの準備をしたりしていましたが2年前にブログを始めてからは3時から6時頃までが私のブログ時間です。詩についての評論は私には出来ませんが貴女様の文章の素晴しさには感動しております。私のクラス会の記事中に「首を絞めて財をなした男」が出てきますが、彼は真珠養殖をしており彼の作った真珠のネックレスが女性の首を飾ったということでこの言葉御木本幸吉さんの有名な言葉でした。それから半田市には勤務したことがあり、新見南吉資料館には良く行きましたよ。
2008年11月22日 05:31
◇ひょうすけさん
 おはようございます。

>朝3時には起きてしまいます。

なるほど!私も無理して遅くまで起きているより、ぱっと寝ちゃって翌朝早く起きるのが好きです。
ひょうすけさんには負けましたが、今朝は4時に起きました(笑)。

「首を絞めて財をなした男」・・・
一瞬、溝口正史か何かの小説からの引用かと思ってしまいましたが、御木本幸吉さんの言葉でしたか(笑)。言い得て妙ですね。
2008年11月22日 11:24
お久しぶりです。
この絵からイメージされたのでしょうか!?
なんだか色っぽくて、
はかない感じのする詩ですね。
aostaさんの言葉使いはとても素敵です。
2008年11月24日 06:59
◇pale moonさん
 こちらこそお久しぶりです!
 コメントありがとうございました。

>この絵からイメージされたのでしょうか!?

一番最初にあったのは、夢うつつに聞いていたしめやかな明け方の雨の音でした。その音からいくつかの言葉が生まれ、言葉達は時間とともに私の中で育ちました。イメージに合う絵画作品を思い浮かべたのはこのあとでした。でも実際にに詩と絵を一緒に並べてみると、ちょっと違うかなというものばかり。今回に限らず、言葉が先行することの方が多いので、これだ、という絵を探すまでことのほか時間がかかってしまいます。
今回はなぜか作品のタイトルまで、ぴったりでした。


色っぽくてはかない・・・

素敵なおほめの言葉をいただいて嬉しいです!
ありがとうございました。
坂本誠
2008年12月10日 22:22
「抗う小鳥」が、悲しげな希望の表れとして感じます。
その「抗う小鳥」が、夢に変化しているように感じます。
「虹色の皮膜」の「記憶」が「遠くなった」しまうように、切ない愛を感じます。
「記憶の中」に「雨がしのびこ」んでくるので、悲しみが読者に伝わると思います。
僕が思うに、愛情を歌っていると思うのですけど、この詩を読んで思うのは、以下の雰囲気です。
日曜日の朝に目覚め、うとうとと、まどろんでいる最中、起きなければならない、だけど、起きたくない、まどろみの中に漂っていたい。
という雰囲気をイメージできます。
ありがとうございました。
2008年12月11日 21:17
◇坂本さん こんばんは。

>起きなければならない、だけど、起きたくない、まどろみの中に漂って いたい

何も申し上げられません。だってその通りなんですもの(笑)・・・
眠りと覚醒のあわい、言わば至福とも言うべき時間なのかもしれません。夢とも現とも知れぬ幻のような時間に入り込んでくる幻に似た感覚。
雨の音は確かに聞きました。その音から触発されたのは甘い哀しみと一種の諦念。夢の中に降る雨も明け方の涙も私の夢を濡らしていきました。

2008年12月30日 23:26
Aostaさん、はじめまして。
私のHPにいらしてくださってありがとうございました。

美しい日本語による、とても綺麗な詩を書かれるのですね。
ヴェルレーヌや西條八十などお好きなのでしょうか?
音楽を聴くような気持ちで拝読しました。
この絵画が大好きなので感激です。ありがとうございました。
2009年01月08日 21:50
◇サンドラさん
 すっかりお返事が遅くなってしまいまして申し訳ございませんでした。

>ヴェルレーヌや西條八十などお好きなのでしょうか?

はい、大好きです。
言葉のリズム・イメージは、サンドラさんのおっしゃられるように音楽のようですね。ヴェルレーヌは残念ながら堀口大学の訳でしか存じませんが、日本語の翻訳にも、どきりとするような素晴らしい言葉やイメージがあるのは、漢字(表意文字)の力によるところも大かな、と勝手に思っています。明治・大正期における日本の翻訳文学は、「翻訳」の概念を超えた一つの創作と言っても良いかも知れませんね。
言葉「によるイメージが視覚的に広がる時、ラファエル前派の絵画は、私の大きな手助けとなってくれるように思います。
この「真珠」とソロモンの作品は、私にとって、分かちがたくひとつのものになってしまったようです。

この記事へのトラックバック