消えがてのうた part 2

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zoom RSS 宮澤賢治 「なめとこ山の熊」 / 大きな黒いもの

<<   作成日時 : 2016/09/24 08:28   >>

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息子夫婦を流行り病で亡くした小十郎は、90歳になる老母と孫たちの世話をしながら、熊を捕って生活している。

見かけはごついが、心根は純朴で美しい。
熊撃ちを生業にしてはいても、自らが仕留めた熊に向かって小十郎は、手を合わせずにはいられない。
熊たちはそんな小十郎が好きなのだ。
だから犬を連れてひとり山歩きをしている小十郎を見かけても、不用意に襲ったりは決してしない。
物語の中で小十郎がやっつける熊たちは圧倒的な存在であると同時に、大いなる人格をもっている。




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殺さなければ生きていかれない。殺さなければ、殺される。
殺す側が、いつ殺される側になるかわからない。小十郎も熊もわかっていた。
両者は、同じ命の重さで結ばれていることを知っていたのだ。
小十郎は熊の言葉だってわかる。熊と命をかけた約束さえ交わすことができた。
熊と小十郎の間にあった不思議な信頼関係は、殺すものと殺されるものとの関係を超えた、ひとつの摂理ともいうべきものだった。


殺された熊が小十郎に問う。「おまえは何がほしくて俺を殺すんだ。」

それは小十郎とて同じ思いだ。
生きていくために、殺生をせざるを得ない小十郎の悲しみは熊たちの悲しみでもある。
仏教に深く帰依していた賢治の物語は、この悲しみゆえにいつまでも私たちの心を震わせ続ける。


『熊。おれはてまえをにくくて殺したのでねえんだぞ。おれも商売ならてめえも射たなけぁならねえ。
他の罪のねえ仕事していんだが、畑はなし、木はお上のものにきまったし、里へ出てもたれも相手にしねえ。
仕方なしに猟師なんぞしるんだ。てめえもくまに生まれたが因果なら、おれもこんな商売が因果だ。
やい。このつぎには熊なんぞに生まれなよ。』

自分が殺した熊に、こう声をかけては手を合わせるのだ。



そんな生と死の狭間の物語の中で、優しく暖かな贈りもののように印象的な場面がある。
そこだけふわりと優しい月の光に照らされているのは、母子の熊だ。
遠くの山が、月明かりで白々と光っているのを見た小熊は、「あれは雪だね。」と母熊に言う。
「いいえ。あれは雪ではありません。」母熊は答える。
それから交わされる二人(二匹)の会話は、夢のように儚く美しい。
2匹を見つめながら、小十郎は思わず「まるで後光が差しているようだ」とつぶやく。
私には、その場面が聖母子を描いた崇高な一枚宗教画のように思えてならない。


忘れられない場面はもう一つある。
ある朝、これから猟に出かけるとというとき、小十郎が言うのだ。
『婆さま、俺も年とったでばな。今朝まず生まれで初めで、水の中へ入るの嫌んたよな気するじゃ。』と。
縁側で糸を紡いでいた老母は、泣いてるような笑っているような顔つきで、何も言わず小十郎を見つめるのだ。
孫たちが笑い声を上げながら、山に向かう小十郎を、見送る。
丘を越えて行く小十郎の姿が次第に小さくなって、やがて見えなくなる。
子供たちは無心に遊んでいる。
冴え冴えと透き通った冬の朝だ。晴れた空はつるつると青い。

小十郎と家族が言葉を交わすこの場面は、いかにも静謐に明るく美しい。
けれども、小十郎がこの慎ましやかな家に再び帰ってくることはない。
そのことを知っている私は、せめて小十郎への花向けとして、この場面のひとことひとことに万感の思いを込めて、小十郎の最後の朝を、綺羅らかに明るく、美しく読みたいと思う。



物語の最後、小十郎は、熊に襲われて死ぬ。
小十郎を殺した熊は言う。「おお小十郎。お前を殺したくはなかった。」
そして小十郎は
『熊ども、ゆるせよ。』
と、心の中で祈るように思いながら、息を引き取るのだ。



参の星(オリオン座の三つ星)が輝く夜空の下、高く挙げられた小十郎の遺骸の周りで、地に伏したまま、いつまでも動こうとしない「黒い大きなもの」たち。
それは自然と乖離することを「進歩」と誤解してきた私たち人間が置き去りにして来た、尊い命と命への畏敬そのものではなかろうか。





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さて第二部は武藤によるリコーダー演奏でした。
朗読の時の中世スペインの音楽とは、またひと味違う西ヨーロッパのバロック音楽から日本の懐かしい歌まで。
お楽しみいただけましたでしょうか。






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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
クマつながりで聞きたいと思っていましたが、ちょうど山に入っていたため、伺えませんでした。小十郎の心情が切ないね。最後のシーンはアイヌの儀式イオマンテのようです。ヒグマなどの動物を殺してその魂であるカムイを神々の世界 (kamuy mosir) に送り帰す祭りです。小十郎の魂は熊達に送られて、神々のもとへと帰っていったのでしょう。再演の機会がないですか。
森のクマさん
2016/09/25 08:29
◇森のクマさん

コメント、ありがとうございます。
山に入っていらしたということは、登山が趣味でいらっしゃいますか?連休はあいにくの雨で、山に登れなくなったのでコンサートに来てくださったというお客様もいらしたのですが、雨の山では難儀されたのではないでしょうか。

ともあれ、イオマンテとの類似性をご指摘いただきありがとうございます。
私も漠然と感じていたことでしたが、改めてイオマンテについて調べてみました。
金田一京助によれば、《熊も鹿も鮭も狐も鳥も、天上の神国では、人間のように着物を着て、家を建てて神語を話して生息しているが、下界へ遊びに来る時だけ、熊は我々の見るようなあの変装をし、狐や鹿や鮭なども、それぞれあのような変装をして人間界へ来るのだという。そして福徳ある人間へ、その装束(=肉のこと)をみやげに授けて、霊だけ天の国へ帰る》とありました。
眼からうろこだったのは最後の一文です。
熊の胆や毛皮をとって生計をたてていた小十郎は「福徳のある人間」だったといういうことになるのでしょうね。熊の霊を天に返すための儀式イオマンテが、この物語の中では、熊が小十郎の霊を天に返す。つまり熊と人間の立場が逆転した儀式となっている。いかにも賢治だなあと思った所以です。
aosta
2016/09/26 05:36
わたしは このお話をしらないのですが
人間の猟師と 獲物の熊の関係は
絵本の「嵐の夜に」を 思い出しましたよ〜
よんでもみたいですが それよりもaosta sanの 朗読で
聞いてみたいものです、、
 カタナンケ
2016/09/26 09:36
趣味というのではなく、シーズンは小遣い稼ぎに山で小屋番をしています。後期高齢者とひとくくりにされるのも時間の問題。
森のクマさん
2016/09/26 10:26
◇カタナンケさん

「嵐の夜に」、しばらく前に朗読劇を見て初めて知りました。山羊と狼の友情、と書けば陳腐に聞こえますが、物語には思わず引き込まれる魅力がありますね。仲間に追われて逃げ場を失い、食べるものもなくなった狼に「私を食べて。」と自らを差し出す山羊。すでに死語と化したかに思える「自己犠牲」という言葉の重み。深いお話です。

>それよりもaosta sanの 朗読で聞いてみたいものです

ありがとうございます<m(__)m>
企画していただければ(場所を決めていただけたら)、そちらに伺うこともできますよ。時にはアウェイでのコンサートも必要かな、と思います。
リップサービスではありません(笑) カタナンケさんがお住いの辺りには私どもの友人知人もおりますので、声をかけることもできます。ご検討ください(*^▽^*)
aosta
2016/09/26 13:14
◇森のクマさん

再コメントありがとうございました。

>シーズンは小遣い稼ぎに山で小屋番をしています。

まあ!森のクマさんは山小屋の番人でいらしたのですか?!
山小屋というと八ヶ岳のどこかの小屋かしら。それとも・・・
いろいろ想像が膨らんでしまいました。
その昔、私が山に登っていた時代はもっぱらテント泊で、小屋泊まりの経験は皆無です。あの頃に比べたらテントも山小屋も格段に使い勝手が良くなっているのでしょうね。
aosta
2016/09/26 14:06
aosta さん、こんばんは。ご無沙汰しております。
ちょっと業務連絡で記事の感想も書かずにすみません。aosta さんと私のご縁のきっかけになった花の件で至急お伝えしたいことがあり、メールをお送りしたおのですが、こちらのコメント欄は鍵設定ありますでしょうか?
私のメールアドレスをお知らせしてテストメールを頂いてそれに私が返信するか、aosta さんのアドレスを伺って私から用件のメールをお送りしたいと思っております。
いきなり不躾な申し出で恐縮ですが、何卒宜しくお願い致します。
月イチガーデナー
2016/10/12 00:30
◇月イチガーデナーさん

こちらこそご無沙汰したままで申し訳ございません。
残念ながら webryblogのコメント欄には鍵設定がありませんので、月イチガーデナーさんのブログ宛てアドレスを連絡いたしました。

月イチガーデナーさんとのご縁の始まりは、イングリッシュブルーベルでしたね。
はて、至急のご用とは? 連絡をお待ちしております。
aosta
2016/10/14 11:16
aosta さん、こんばんは!
ご確認・ご対応ありがとうございました。
はい、まさにそのイングリッシュブルーベルの件でメールさせていただきましたので、ご確認下さい。
取り急ぎ業務連絡のみで失礼いたします、
月イチガーデナー
2016/10/15 00:32
清水家でもなめとこ山を朗読されるのでしょうか?
いつでしたっけ?日程教えていただけますか?
書記@猫の事務所
URL
2016/10/16 00:29
◇月イチガーデナーさん

お返事を書いたつもりでいましたら、とんでもありませんでした。
申し訳ございません。もう1週間もお返事をお待たせしていたのですね。
イングリッシュ・ブルーベルの件、確認させていただきました。
本当にありがとうございました<m(__)m>
aosta
2016/10/23 13:41
◇書記さん

コメントありがとうございました。
なめとこ山、私もまた読みたいとおもっております。
只今清水さんに打診をしていますので、決まりましたらまた連絡を差し上げますね。
書記さんには、ぜひぜひ聴いていただきたいの!
aosta
2016/10/23 13:44
胸がいっぱいになりました、、、。
aostaさんの朗読で、この物語をじっくり味わってみたいと思いました。
丁寧に記事にしてくださってありがとうございました。
keikoさん
2016/10/26 06:19
◇Keikoさん

お返事をすっかりお待たせしてしまい、ほんとうにすみません<m(__)m>
「なめとこ山の熊」私も何回読んでも、胸がいっぱいになってしまいます。
賢治の作品にはどれも不思議な力を感じますが、中でもこの物語には強いメッセージを感じます。自然との共生。いうのは優しいけれど、その実、命と命のせめぎ合い、もしくはやりとり。賢治のすごいところはそうした事実をきれいごとで終わらせない、という点かもしれません。深い宗教感に満ちた物語の世界は、深い井戸のように、尽きることのない問いを投げかけてくるように思います。
なめとこ山の熊で、複数の再演依頼をいただけたことが本当にうれしいです。いつかKeikoさんにも聴いていただける日がきますように!!!
aosta
2016/11/01 22:35

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