消えがてのうた part 2

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zoom RSS 「汽車に乗って」 丸山薫

<<   作成日時 : 2016/09/13 13:16   >>

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   汽車に乗って あいるらんどのやうな田舎へ行かう

    ひとびとが祭の日傘をくるくるまはし

   日が照りながら雨のふる 

   あいるらんどのやうな田舎へ行かう

   窓に映った自分の顔を道づれにして 

   湖水をわたり 隧道(トンネル)をくぐり

   珍しい顔の少女(おとめ)や牛の歩いてゐる

   あいるらんどのやうな田舎へ行かう

 
                             丸山薫 『幼年』より 「汽車に乗って」





私が通っていた高校では、クラスごとの練習成果を競う音楽会が毎年行われていました。
明治41年(1908年)に設立された母校、諏訪高等女学校は、その後、県立となり、昭和23年の学制改革で長野県立諏訪二葉高等学校となりましたが、昭和62年に男子第一期生入学するまではずっと女子高のままでした。
「汽車に乗って」を歌ったのは、2年生の音楽会だったでしょうか・・・
戦中・戦後の物資が乏しい時代の名残りなのか、昭和も40年代後半になっていたというのに、音楽会の賞品はかりんとうと決まっていました。。
今更かりんとうでもあるまいと、誰しもが思う時代ではあったけれど、そこは伝統。
音楽会も伝統ならば、賞品も伝統なのでした。
私の記憶では、音楽会は開校以来の伝統行事であるひな祭りとセットになっています。
念のために調べてみれば、意外や、毎年6月に行われているとありました。
記憶とは不思議なものです。。
音楽会は今でも続いているということですが、賞品は今もかりんとうなのかしら?
気になるところです。




丸山薫 作詞、川口 晃 作曲の女声三部合唱「汽車に乗って」
私はアルトでした。今でも思いがけない拍子に懐かしい旋律が口をついて出てきます。
専科の先生による指導はなく、どのクラスも音大進学希望の生徒たちが自主的に合唱指導をしたものでした。
音楽を選択しなかった私にとって、音楽会を除けば、校歌以外に同級生と声を合わせて歌った記憶は数えるほど。
それにしても、1年に一回、少なくとも3曲は歌ったはずなのに、覚えているのはなぜかこの「汽車に乗って」だけ。
穏やかさと素朴さと同時に一抹の寂しさが共存する丸山薫の詩が忘れられませんでした。
その故郷喪失者の憂いが、多感だった当時の私の心に触れたのかもしれません。


「汽車に乗って」は昭和2年に発表されたそうです。
最近読んだ中央公論社「日本の詩歌」(昭和43年)の解説に、詩人自身のこんな一文がありました。

『幼少時代から、あまりにも諸方を移り歩かされた私の心の中には、故郷の観念というものが育たなかった。
いや、育つべき故郷の種など最初からなかったのである。だが故郷への思いの育たなかった私の胸中には、
その代わりいつしかエトランゼエの思いがはぐくまれていた。』                            
                                      

                                               


画像
            
               本文とは何の関係もありません。
                    1970年に公開されたイギリス映画「ライアンの娘」
                    舞台はアイルランド。 日傘が風に飛ばされるシーンが忘れられない。
                    監督デヴット・リーン。 主演は私が大好きなサラ・マイルズ。
                    アイルランドと日傘つながり、と言うことで(;^ω^)






さて、さて。話は変わります。
ビートルズに「When I'm Sixty-Four」という歌があるそうですが、残念ながら、タイトルだけではぴんときません。
曲を聴けば、「ああ、この曲。」ってわかるかしら。
「僕が64歳になったとき」というこの曲は1966年に録音されたそうです。
1966年といえば、ジョンがオノ・ヨーコと出合った年でもありました。


あるとき、この曲を聴いた人がジョンに訪ねました。
「64歳になった時、あなたはどうしていると思いますか?」

彼はこう答えたそうです。
「アイルランドの海岸沿いあたりに住んでいる、素敵な老人夫婦になっていたいね。
そうだな。自分たちの若気の至りともいうべきスクラップブックを眺めて暮らすようなね。」



1940年生まれのジョンはこの曲がリリースされたときは、まだ26歳。
1980年12月、ジョンは64歳に行きつけぬまま、40歳で早すぎる人生の幕を閉じました。



本来島国であるアイルランドに、汽車で行こう、と歌った丸山薫。
丸山が思い描いたあいるらんどは、言うなれば「どこにもない場所」。
ジェームス・バリーのネバーランド(Neverland)に近いのかもしれません。

丸山薫のあいるらんど。
ジョン・レノンのアイルランド。

それは共に、見果てぬ美しい夢であったのでしょうか。







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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。
歳を取ったらこうしたい。私にもそんな夢持っていますが、今この歳になっても叶えられていません。仕事しているから駄目という事もありますし、子供たちに手もかかりすぎていて叶えられなくなっています。大した夢じゃないのですがね。一時期は北海道へ移住したいなんて思ったこともありましたが、それは捨てました。夢を叶えられている人ってどれくらいいるのでしょうかねぇ。
「かりんとう」私の学校も何かにつけてかりんとう一缶でした。懐かしかったです。今もあんなこと続いているのか…。
HT
2016/09/13 16:37
汽車、なんだか、懐かしい響きすら感じられますね。私はもっぱら車移動ばかり、電車に乗るのはのみかい参加の為せいぜい近所の2~3駅を一年に2~3回で(^_^;) 仕事帰りに飲み会参加はそのまま車で行ってハンドルキーパーにもなるし たまには汽車にも乗ってみようかしら?(^-^)/
クーポノ(mint)
2016/09/16 12:40
コの詩は 見た事がありますが 曲がついているとは
知りませんでした〜
あいるらんど とか あいるらんどの やうな、、とか
墜道とか 古い言い方は 美しいですね〜
曲を聴いてみました、、 混声合唱は 明るくて
この詩のような 一抹の寂しさがないのが ちょっと 不満ですが
でも なつかしいような 曲でしたよ〜
歌ってみたい、、わたしは メゾで コーラス部に いたのですよ〜
katananke05
2016/09/16 17:07
◇HTさん

お返事をお待たせして申し訳ございませんでした。
誰しもいつかは、ああしたい、こうしたいという夢をもっているものと思います。
若いころの私は、年を取るということへの実感がほとんどありませんでしたが、いまとなっては過ぎ去った時間の前で途方に暮れるばかりです。
単なる夢も、綿密な準備に基づいた計画さえも、思いがけない出来事でついえてしまうものなのかもしれませんね。
高校生のころの自分が、何を考え、何を夢見ていたか、それさえも遠い忘却のかなたです。覚えていることは、商品のかりんとうのこと(-.-)
「汽車にのって」の詩と旋律は、そんな遠い時間の向こう側から響いてきたような気がします。

aosta
2016/09/17 08:25
◇クーポノさん

いまどき「汽車」といっても通じない人が多いのではないかしら(笑)
私が小さいころはまだ蒸気機関車が走っていました。汽笛がなると、大きな車輪がぐるん!と回って、真黒な車両があえぐように動き出すあの瞬間。
トンネルに入るたびに慌てて窓を閉めましたっけ。(中央線にはトンネルがたくさんありました)駅に留まると肩からお弁当を入れた大きな入れ物を下げた人が声を張り上げ、お弁当やお茶を買ってもらう間にも、汽車が動き出してしまわないかと、幼い私はいつもどきどきしていたものです。それもこれも遠い昔。汽車はもちろんのこと、窓の開かない特急電車ばかりになって、旅情という言葉も死語になりました。。
便利になって失ったものを数えると、懐かしさで胸がいっぱいになってしまいます。
aosta
2016/09/17 08:34
◇katanankeさん

おはようございます♪

丸山薫のこの詩、ご存知の方は多いのですが、合唱曲のほうはあまりしられていないのかしら?聞けば合唱コンクールなどでよく歌われた時期もあったようです。音楽専科の友人が選んだ曲だったのかな?
おっしゃる通り、アイルランドを「あいるらんど」とひらがなで書くだけで、ずいぶん感じが変わりますね。どこか見知らぬ不思議なイメージになるような気がします。
実際、この日が書かれた昭和2年ころは、イギリスやフランスはともかく、アイルランドは遠い国だったのかもしれません。

>混声合唱は 明るくてこの詩のような 一抹の寂しさがないのが 
ちょっと 不満ですが

ふふふ(^^♪
やっぱりそう思われますか?原詩の中にある、憧れや一抹の寂しさは確かに曲調からはあまり感じられませんよね。憧れはまだ見ぬ対象に対するもの、懐かしさは過ぎ去った過去の事象。この詩を読むたびに、この相反したふたつの思いを同時に感ます。。

そういえば立原道造の「夢見たものは」も合唱曲になっています。作曲者は木下牧子さん。こちら、とてもとても良いです。うっとり・・・
aosta
2016/09/18 06:09
立原道造の事を調べたら 彼は26歳で結核でなくなってるのね、、
aosta sanが 教えてくれた「夢みたものは」も 聞いてみました、、
わたしは 曲もいいんだけど やはり詩だけの方が
自分の想像が 膨らんで 好きかな、、
そのなかにある ヒヤシンすハウス、、ということばに 興味もって
調べたら彼は 建築も手がけていて
夢の家を えがいていて 埼玉で 再現されているとか、、
才能ある人は 若死にする、、??
わたしはきっと 90迄いきると 思うわ〜  (^^)/
かたナンヶ
2016/09/18 20:06
「汽車に乗って」は知らなかったのですが、美しい詩ですね…。汽車という言葉があったことを思い出しました。

aostaさんもアルトでしたか。私の学校がNHKの音楽コンクールに出るために編成した合唱団に選抜されたことがあります。選ばれた生徒を集合させた先生がグループに分かれて並ぶように言うので、迷わずソプラノの列に入りました。並び終わった生徒を見た先生は、真っ先に私を指さして「アルトが足りないから貴女を選んだのに」と文句をおっしゃるのでギャフン! 伴奏的な旋律を歌わされるのは楽しくないですもの。

先生が弾くピアノを聞いて楽譜に書く音楽のテストでは間違えたことがないので、私の音感は良い方だろうと思っているのですが、自分で歌うのは全くダメ。でも、合唱団では自分の歌声はかき消されるし、皆も調子が外れても気にしていないようなので、大声で歌うことに快感を覚えたのが、強烈な記憶として残っています。何を歌ったのかは思い出せない...。コンクールは、予選の段階で落ちたのではないかな。
Otium
URL
2016/09/19 12:05
◇カタナンケさん

おはようございます。
再コメント、ありがとうございました。

立原道造のこともお調べ下さったんですね!
立原は中也と並んで、20代のころ繰り返し繰り返し読んだ詩人です。今でも折あるごとに彼らの詩の一編が口をついて出てきます。いつも持ち歩いて、角がすっかり丸くなった文庫本は今も私の宝物です。

>わたしは 曲もいいんだけど やはり詩だけの方が
自分の想像が 膨らんで 好きかな、、

そうですね。詩と曲とはやはり別のものだと私も思います。
作曲家の解釈が入ってきますしね。その意味では木下さんの流れるように優雅な旋律は秀逸だと思います。歌、と考えたら素晴らしいと思います♪

風信子(ヒヤシンス)ハウス。響きがいかにも立原らしい。
立原は設計図だけ遺して、逝ってしまいましたが、再現された小さな家に、私も一度行ってみたいと思う反面、立原が夢想したように設計図を眺めて想像を膨らませるだけで楽しい、とも思うのです。



aosta
2016/09/20 06:32
◇Otiumさん

コメントありがとうございます。
Otiumさんもアルトだったんですね(*^^)v 私もね、ずっと旋律を歌いたい、と思っていたひとりです。でもあるときPから内声の醍醐味を諄々と説かれ、改めて内声パートに耳を傾けてみて遅ればせながらその美しさに気が付きました。ぞくぞくとするようなハーモニーも、内声があればこそ実現するのです。でもそう気が付いた時にはすでに歌を歌う機会はなく、皮肉なものですね。

選抜メンバーに選ばれたということですから、お声もよく音感も良かったということですよね。私は小さな聖歌隊でひとりあるとを歌わされときなど、どうしてもソプラノパートにつられてしまい、音程が怪しくなって、さんざん怒られたものでした(;^ω^)
aosta
2016/09/20 06:44
また 9月から始まった ゴスペルでは 前回アルトを練習した
わたしですが 基本メゾで
わたしはもちろん メロディーも好きですが
メゾやアルトをうたい メロディーと うつくしく ハモルのが
一番好きで、、
片方の耳で ソプラノの パートを聞きながら
メゾをあわせる、、という その合ったときの
音のふるえが ワタシ自身のふるえ にもなるのですよ〜
katananke05
2016/09/20 10:03
◇katanankeさん

まだ雨の気配が残っていますが、昨夜のうちに台風は長野県を通過しました。
katanankeさんのお住い方面は大丈夫でしたか?

アルトからまたメゾソプラノに復帰なさったんですね♪
旋律を歌うのはもちろん楽しいですが、内声の醍醐味を味わうと嵌ります。
Pはリコーダー指導の際も実際に「ハモる」体験をすごく大事にしています。
「片方の耳で ソプラノの パートを聞きながら」と、katanankeさんがおっしゃっていらっしゃるように、意識的に自分以外のパートを聴こうとすることで初めて美しいハーモニーが生まれれのでした(*^^)v

>音のふるえが ワタシ自身のふるえ にもなるのですよ〜

そのときの気持ち、私にもわかります。
音楽は振動。美しいハーモニーを感じることができたとき、その波は本当に心も揺らしますもの。katanankeさん、素敵な経験を重ねてコンサートに臨まれるなんて、お幸せですね!

aosta
2016/09/21 05:56

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