消えがてのうた part 2

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zoom RSS 夕立ちのあと

<<   作成日時 : 2016/09/01 07:05   >>

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夕飯の食材を買って帰ろうと、駐車場に車を止めた。
娘と買い物に出かけた午後のことだ。

空に低く垂れこめていた雲が、耐えかねたように大きな雨粒を落とし始めたかと思うと、
あれよあれよという間に、叩きつけるような土砂降りになった。
耳を聾さんばかりの雨音。アスファルトの上は跳ね上がる水しぶきで真っ白だ。
傘はすでに用をなさない。
足元も肩先もびしょ濡れにして店内に駆け込み、空調の効いた店内を、震えながらひとめぐりして買い物を済ませ、
雨脚を気にしながら出口に向かった。
そのわずかな間に空は明るくなって、先ほどまで激しい勢いはどこへやら、金色の糸のような雨が
さらさらと落ちていた。


 見れば出口を背にして、年配のご夫婦が空を見上げている。
つられるように私たちも空を見る。山が明るい。日が照りながら雨が降っている。
「お母さん、虹!」
さっきまで真黒だった空は青く広く澄んで、大きく弧を描くように二重の虹がかかっていた。
娘の言葉に反応して、老夫婦が振り向いた。笑顔である。
「虹ですね。」
「ええ。それも二重の虹ですね。本当に、こんなに大きくて立派な虹は久しぶりです。」
「これでも、先ほどから少しづつ薄くなっているんですよ。もうしばらくしたら見えなくなりますね。」
見知らぬもの同士、虹を巡って穏やかに会話が弾む。




画像

                   ジャン=フランソワ・ミレー 「春 」 1868 - 1873 油彩 オルセー美術館





束の間の夢のような、儚い虹。
遠い昔の、記憶の中の虹。
まだ幼かった子供たちと一緒に虹を見上げたことがあった。
私自身が子供だったころ母の指先の向こうに見ていた虹もあった。

スーパーの前に立ったままの私たちの前を行き過ぎていった親子。ふと耳に入ってきた言葉。
「虹の根っこまでいけるかな。虹のトンネル、くぐってみたい!」
「たどり着く前に消えちゃうよ。残念でした。」

小さな女は無心に空を見上げている。
ふたりの会話が遠ざかってゆく。
ああ、私たちにもあんな時があったよね。私は心の中でそっと娘に呟く。




画像

               ジョン・エヴァレット・ミレイ 「盲目の少女」 1854-56 油彩 バーミンガム市立美術館






虹を見るときは誰かいて欲しい。
今日は娘がいた。
またひとつ、幸せな虹の記憶。






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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
虹ができると嬉しいですよね。フランスで夕立があがって日が差してくると、必ずと言って良いほど虹が見えるのですが、日本で見たのは遥か昔にあったかもしれないという程度。

>こんなに大きくて立派な虹は久しぶりです。

日本では虹ができる条件になることが少ないのではないかと思っていたのですが、大きな虹は久しぶりとのことなので、ある程度は虹が出ているということですね。私が日本にいるときは東京ばかりだから虹を見れないのだろうと思いました。

ところで、晩秋にお近くまで行く仕事が入ったので、その時期に朗読コンサートがあったらそれに合わせた日にちに行きたいと思ってメールを送ったのですが、だいぶ前にいただいたアドレスなので届かなかったかもしれません。ブログからメールを送ろうとしたら、エラーが出て会員登録できないのでした。外国からアクセスすると拒否されるのかもしれない。
Otium
URL
2016/09/01 15:08
こんにちは。
もう随分長い事虹を見たことがありません。子供の頃はもっと沢山虹が出ていたような気がします。どれくらいか前に凄くクッキリと二重の虹が、しかも直ぐそこに出て写真撮りました。
最近の雨は、突然降ってきて、それも激しく、そしてパッと止んでしまうことが多いですよね。
虹の思い出、綺麗ですね。
HT
2016/09/01 17:33
そうですね〜 それでも2年にいっかいは 虹を見てるかしら、、
テニスコートで、、 ゴルフ場で、、  それも 北海道と 鎌倉と、、

一番凄かったのは 地平線から 地平線にかかった
大きな半円形の 虹、、場所は イギリス、、
われらは 移動中のバスの中、、
あれは すごかった、、
虹をみると なんだか みんな 微笑むよね、、
ハッピーにしてくれる 大切な「自然」ですね〜
katananke05
2016/09/01 20:22
◇Otiumさん

コメントありがとうございます!
雨が止んで陽が差して来た空に虹を見つけたときの嬉しさは特別ですね。
虹を発見したときのタイミングもあるのでしょうが、すでに色が薄くなって消えかかっていたり、部分的に雲がかかって完全なアーチが見えなかったりすることも多いので、左右の虹の根っこがはっきりと見えたりすると、「大きくて立派な虹!」と感じるのでしょうね(^^♪

確かに東京で虹を見たという記憶は私にもあまりありません。雨上がりに空を見上げて虹を探すなどという気持ちの余裕がなかったのかしら。
この夏は覚えている限りでは、八ヶ岳にかかる虹を3回ほど見ました。いずれも車で移動中の事でしたが、八ヶ岳の長く緩やかな裾野に立ち上がる虹の美しさは格別だと思います。

お仕事で日本に、それも長野にいらっしゃる?!
はやる気持ちを抑えつつ、メールをチェックいたしました。
ご安心ください。無事届いています!
aosta
2016/09/02 05:31
◇HTさん

おはようございます。
久しぶりの更新でしたのに、早々のコメントをいただき有難うございました。
虹と言えば・・・松本に住んでいたころの話ですが、長女を保育園に送って洗濯物を干していた時、大きなに字が空にかかっていることに気が付きました。
あんまり立派な虹だったのでしばらく見惚れていたのですが、ふと我に返って、娘にも虹を見せてあげなくちゃ!って思ったんです。まだ朝のお話の最中だから、虹に気がついていないかもしれない、と考えたら思わず保育園に電話をしてしまいました(笑)
電話に出たシスターが「本当にきれいな虹ですよね。今子供たちも園庭で空をみあげているところです。」と言ってくださったのです。ああ、よかった、って思いました。虹には気持ちを優しくする、何か特別の力があるのかもしれませんね。
aosta
2016/09/02 05:41
◇katanankeさん

まあ!katanankeさんもこんなに早くコメントをくださって!
このひと月、更新がありませんでしたのに、見に気てくださっていたのね。感謝です。

>テニスコートで、、 ゴルフ場で

そうなんですね。虹ってやっぱり街の中にいるときより自然の中の方が気が付くのかもしれません。北海道、鎌倉というのも何やら素敵です。
私も北海道に住んでいた時があったのですが、虹を見た記憶はあったかな??
北海道時代は、子供の病気やらなにやらで気持ちが休まることの少なかった時代でしたので、そんなことも影響しているのかもしれません。

>地平線から 地平線にかかった大きな半円形の 虹、、

うう〜ん!それはすごい!
イギリスって、どこまで行ってもほとんど平らですよね。山っていっても「丘」くらいしかない。そうした自然の中だからこその虹なのでしょうね。
私のわずかな経験では、イギリスは雨も多いけれど曇りの日も多かったような気がします。イギリスで(それも多分郊外ですよね?)虹をご覧になられたなんて、ほんとお幸せだと思います。

>虹をみると なんだか みんな 微笑むよね、、
ハッピーにしてくれる 大切な「自然」ですね〜

虹は世界中どこの人にとっても、喜びであり希望であり、幸せの象徴なのでしょうね。
aosta
2016/09/02 06:17
aostaさん、お久しぶりです。
とても素敵なお話ですね。娘さんと一緒に見られて本当に良かった思います。


虹を見るときは 誰かにいて欲しい

ささやかだけど 特別な幸せ

分かち合える 誰かにいて欲しい
harukaeto
2016/09/02 21:52
◇harukaetoさん

コメント欄に懐かしいお名前をみつけて、とても嬉しかったです。
ご無沙汰しておりますのに、ありがとうございました。
最近出不精(笑)になって、ついつい親しい方を訪問することも間遠になっておりましたが、久しぶりに更新をして見ますと、こうしてコメントをいただけることがとても嬉しく感じられます。

虹をみつけるたび、どうしてあんなに幸せな気持ちになるのでしょう。
本当に不思議ですね。
思いがけず、美しいものを見た、というだけではなさそうです。
虹の美しさが一瞬であるからこそ、虹がかかったその時という時間がかけがえのない、唯一無二のものになるのかもしれません。誰かにいて欲しいと思う気持ちは、harukaetoさんの仰る通り、「そのとき」を分かち合いたいからなのでしょうね。

例え虹は出ていなくとも、折に触れて、どこまでも広い空や流れてゆく雲を、ゆっくり眺める時間を大切にしたいとおもいました。そのとき誰か隣に立つ人がいてくれたら、見えるものも、感じ方も違ってくるかもしれません。
aosta
2016/09/03 06:01
ご無沙汰してます。家のネット環境整わないままです( ノД`)…でも今は携帯でなんでもできてしまうから不自由はしないのですが、みなさんのところに行けないのがつまらないです。昨日からアメブロ始めました。こちらも宜しくお願いします。
mint
2016/09/03 22:21
◇mintさん

ご連絡いただきありがとうございました。
その後、どうしていらっしゃるかずっと気になっていたのですが、新しいブログを開設されたとのこと、本当に安心いたしました。
さっそくご挨拶に伺わせていただきました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
aosta
2016/09/03 23:06
娘さんと虹を見れたなんて素敵なことですね。娘さんにとっても。
読ませて頂きながら、私はいったいどのぐらい虹を見ていないのだろう、、と思い、少し寂しく感じました。
嵐の後の虹は、その壮大で美しい自然現象の中に安らぎと安堵をもたらしてくれますね。一人じゃない方がうれしい。
虹が見たくなりました!
keikoさん
2016/09/09 11:12
◇keikoさん

おはようございます(^^♪
いつもコメントをいただき、ありがとうございます。

雨上がりの空に虹を見つけたときの、ドキドキするような嬉しさはいくつになってもかわりませんね。
寧ろ、年を重ねた分、過ぎていった日々の虹が重なり、懐かしいような、愛おしさを感じてしまいます。
私は、虚心に虹に見惚れる時間は、かりそめの永遠に近い一瞬のような気がしてなりません。それが虹であれ、夕焼けであれ、流れてゆく雲であれ、空を見上げるときは幸せな時。
大切な人であっても、例え見知らぬ人であってもその時間、誰かが一緒にいることで、幸せはもっと深くなるのだと思います。
aosta
2016/09/10 06:54

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