消えがてのうた part 2

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zoom RSS 秩父一泊二日 / ちちぶ銘仙館 (後編)

<<   作成日時 : 2016/01/25 18:51   >>

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さて、ちちぶ銘仙館は、その名前の通り堅牢なことで知られた絹織物、銘仙に関する資料館です。


う〜む。
前回は「である調」だった文章が、今回は「です・ます調」になっている?
全編・後編で、文章の統一感がないとは思うのですが、なぜか今回は「です・ます調」の気分なので、それで行きたいと思います。


はい。ちちぶ銘仙館でした。
「秩父銘仙(めいせん)」は、その歴史をたどると崇神天皇の御代に知々夫彦命によって、養蚕と機織の技術が伝えられたとされています。
はて崇神天皇とはどなたであったかしら。調べてみましたら、「現代日本の学術上、実在可能性が見込める初めての天皇」であると記されています。
真偽のほどはともかくとしても、それだけ古い歴史があるということにまず驚いてしまいました。



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棚の上には蚕の繭が入ったガラス瓶がずらりと並んでいます。まるで何かのオブジェみたい。
繭の中のサナギはそのままなのか、気になります。いったい何年ものかしら。






銘仙は基本的に普段着の印象があります。
それでいて実用一点張りではなく、独特の捺染技術による鮮やかな色と意匠は、女性のおしゃれ心を満足させるものであったのではないかしら。
母の思い出の中にも、何着かお気に入りの銘仙の話がでてきます。


秩父銘仙大売りだしの新聞広告。
義母と母の生まれ年である大正14年の日付が入っていました。
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玄関から渡り廊下を渡って最初の展示室は糸繰室。
整然と並んだ機械が圧巻です。
パネルには昭和40年製造のイタリア式撚糸機とあります。

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撚糸機とは紡いだ糸に撚りをかける機械のこと。
それまでの手作業に比べ一度に大量の撚糸を生産できる画期的なものでした。
製造したのは津田駒工業株式会社
今でもスイッチを入れれば軽やかな音を立てて稼働します。
40年に製造された機械が入っていることから考えれば、少なくとも昭和50年ころまで、秩父の織物工業は盛んだったと思われます。
私が小・中学生の頃、祖母はほとんど着物で通していました。
同級生のお母様の中にも、普通に着物をお召しになられている方もいらっしゃいました。
入学式や卒業式はもとより、授業参観でも和服姿は珍しくありませんでした。
けれども普段の生活の中で和服を着るという文化は、昭和40年代が最後だったような気がします。
織物産業に関わらず、日本の産業全体が大きく変わったのもこの頃。
銘仙とともに繁栄した秩父の織物産業も、時代の流れに押されながら、徐々に衰退していったのかもしれません。






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技術を受け継いでゆく人材が不足するのはどこも同じです。
これは後継者育成講座で使用されている織り機。
「機(たかはた)」と呼ばれる手動式のもの。






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鮮やかな青い糸が張られた織り機。
どなたがどんな作品を織っていらっしゃるのでしょう。






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こちらでは、先生の指導の下、まだ若い女性が糸を染めていました。
聞けば、毎週東京から通われているのだとか。
なかなか思うような色は出ないけれど、こうして作業をしていると心が落ちつくのだそうです。






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年季の入った染料の甕。そう言えば10年ほど前、徳島に旅行した際に藍染を体験しましたっけ。
あの時の藍も、こんな風な甕に入っていたことを思い出しました。






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「機(たかはた)」が普及するまで(明治20年代)使われていたという居座機(いざりばた)。
織り機の下にある丸太に足を踏ん張って、座位で機を織るのだそうです。
座ったまま長時間織り続けることは、さぞ重労働だったことでしょう。
しかし織っている生地を間近に見ながらの作業は、「目が近い」ゆえに目のつんだ高品質の織り物を生産することができたのです。
世界的に見ても座位の機織りは珍しく、現存しているものも数少ない貴重なものだというお話でした。

海外にも貸し出されたことがあるという、この居座機(いざりばた)。
着物を着たバービー人形は、その時のお土産だったようです。
それにしても、陽気な動き(笑)
まるで、ダンス!ダンス!!ダンス!!!




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普通私たちが機織りと聞いて思い浮かべるのは、この機のほうですね。
「鶴の恩返し」などの絵本に描かれているのが、こんな感じ(笑)
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糸を取る、機を織ると言う仕事は確かに現金収入のひとつの手段ではありましたが、同時にその繰り返しの作業は、何か内省的なもの、普段は心の奥底で忘れ去られている大切なものと向かい合うためのかけがえのない時間でもあったのではないか。
使いこまれた道具を見ていると、ふとそんな風なことを思うのです。
手仕事が持つ奥深さとでもいうのでしょうか。
細く頼りない糸をひたすら取るという行為、取った糸に撚りをかけ一本一本丁寧に打ち込み、一枚の布に織り上げる行為がとても尊いものに思われたひと時でもありました。

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資料展示だけでなく、いろいろな体験コーナーも充実しています。
銘仙の試着もできて、銘仙の魅力を満喫した時間でした。


                                                 

                                                             つづく












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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。
全くそういう方面は無知識でよくわからないのですが、この資料館随分大きそうなところですね。建物は昔のものなのでしょうか、窓とか扉がそんな感じを受けます。
私が子供の頃は母は着物でしたが、何時の頃だったか覚えていませんが洋服を着るようにもなりました。40年代だったのでしょうかねぇ。
HT
2016/01/25 21:00
秩父にはいい所も美味しい物もいっぱい!ここからさほど遠くないのにまだ行ったことがないんです。すぐ近くまで入った事あっても。じっくり見て回りたいと思いながら見せて頂きました。私、子供の頃このバービー持ってました!だけど遊ばなくなったと知り合いに渡ったのですが、後でとても貴重で高価だと知り、返して欲しい〜〜〜って思ったほどでした。叶わぬ事だけど、残念でした。飾っておきたかった・・
mint
2016/01/26 10:23
銘仙、、の 思い出す事と言ったら
銘仙は普段着で いろあいや 柄が 派手、、
いまおもえば斬新ないろあいや デザインが多かったみたい、、
母は洋服派でしたが たまに来ていたみたいだけど
わたしはこどもごころに [ダサイ、、野暮ったい」と
思った記憶が、、
伝統的な友禅や 高価な着物柄が 単純にすてき、、と
おもったのでしょうね〜
いま これを 着こなせば 「粋」の 世界ですね〜
katananke05
2016/01/26 10:35
◇HTさん

これらの資料は前回の記事で書きました、ちちぶ銘仙館の展示なのです。洋風モダンな建物の内部は、こんなに風に、充実した資料館になっているんですね。私は驚くと同時に、秩父の方たちの銘仙への思い、ひいては織物産業への思いの深さに感じ入ってしまいました。

HTさんのお母様もお着物をお召しになっていらした時代があったのですね。
私の母は普段は洋服でしたので、仲良しのお友のお母さんがいつも和服を着ていらして、うらやましく思ったことでした。
真っ白な割烹着できりりとお台所に立っている様子が、今でも思い浮かびます。
aosta
2016/01/27 06:54
◇mintさん

おはようございます。

東京からでしたら、秩父はすぐそばですから日帰りも余裕かもしれませんね。
おいおいご紹介しますが、秩父って町も人も本当に良いところでした。
私たちも、暖かくなって299号の冬季通行止めが解除されたら、また行こうと思っています。春は芝桜で有名な羊山公園もあるし、お寺が多いから桜も見事でしょうね。

バービーちゃん、もっていらしたの?
私はもうお人形で遊ぶ年でもなかった、こともありますが、タカラのリカちゃんも持っていませんでした。バ−ビーってリカちゃんよりずいぶん遅れて日本に入ってきましたよね。目鼻立ちが、くっきりはっきり。明らかに日本人じゃない(*_*; 
もしかしてお父様のお土産だったのでしょうか?
バービーちゃんに限らず、身の回りに外国のものがたくさんあったmintさん、素敵な子供時代をおくられたのですね(*^^)v
aosta
2016/01/27 07:09
◇katanankeさん

こんばんは。
資料館で見た銘仙はモダンでシャープな色合いのものが多く、なかなか素敵なものがありましたよ(*^^)v
最近では若い人たちの間でも銘仙に人気があるようです。
その秘密は、普段着の着物だからだそうです。私の年若いお友達も、古着屋さんで銘仙の着物を見つけるのが楽しみなのだそうです。
私が若いころ着物を着たのは、お見合いの時や結婚式の披露宴、お呼ばれ、そしてお茶席といったシチュエーションで普段着ではなかったですね。
初釜のために仕立ててもらった着物を着るときの晴れがましさが懐かしいわ。
結婚するにあたって、大島やつむぎなども持たされましたが、訪問着さえ出番がないのですから、大島など押して知るべし。まさに箪笥のこやし状態です。
山暮らしの今となればなおさら着物を着られる環境ではなくなりましたが、年のせいかしら、最近ときどき、着物を着るときの、背筋がぴっと伸びる、あの清々しい緊張感を懐かしく思い出すことがあります。銘仙だったら、家の中で着られるかしらと思わなくもないのですが、祖母や母から譲られたものは、多分着丈が足りず、おはしょりができないんじゃないかしら。なぜか私だけ、鬼っ子で身長が高いの(/_;) 
今の年齢だったら、ちょっと緩めに銘仙を気付けるのもいなぁ、と思うのですが、思うようにいかないものですね。
aosta
2016/01/27 22:36
棚の上の瓶はは何?若しかして絹糸の元・繭?ってaostaさんのブログに行って本編から外れること十八番の私は記事中に昔の新聞に眼が釘付けそして【こなおちち】の可愛い赤ちゃんのイラストチョッと調べちゃいました。結果は画像であったのですね。。今は発売されてないみたい
SASAMEYUKI文男
2016/01/27 22:39
◇SASAMEYUKI文男さま

養蚕王国長野県生まれ・長野育ちの私には見慣れた繭でも、ご存じない方だっていらっしゃいますよね。そうなんです。あれが蚕の繭。
昔はこれをお湯で煮ながら手作業で糸を取ったそうです。繭の中には当然さなぎがいるわけですが、お湯の中で死んでしまいます。
虎は死して皮を残す、といいますが、蚕は死して絹を残す、というところでしょうか。
サンプルとして瓶詰になった繭、オブジェのように見えませんか?

「本編から外れること十八番の私」
ynagawaさんに限らず脱線していただくから楽しいのです。
脱線は大歓迎ですよ!(^^)!
この古い新聞委目を留めてくださったなんて感激。
日付はともかく、私も古い新聞や雑誌を見ると、飛びついてしまうタイプです。「こなおちち」って「粉お乳」つまり粉ミルクのことなんですね。当時は画期的だったんでしょうね。クラブ化粧品やノーシンの広告まであります。
秩父銘仙は松坂屋で大売出し(*^^)v
どんなにネットが進化しても、昔の新聞を読んだ時のように感動はないと思えば、やっぱり活字は偉い!って思ってしまいます。
aosta
2016/01/27 23:52
じっくり読みました!秩父銘仙館行ってみます!!!!!!
tomoko
2016/01/28 16:44
◇tomokoさん

普段から着物を着こなしていらっしゃるtomokoさんからそう言っていただくと、とてもうれしいです!
銘仙館には古い銘仙の着物や羽織がたくさん展示されているだけでなく、試着もできるのです。織物や捺染の体験もできるようですし、銘仙好きにはたまらない場所だと思います。
甲府からでしたら、日帰り圏内ですね。ぜひお出かけください!
aosta
2016/01/28 16:52
秩父の旅のご様子、楽しみに拝見しています!
銘仙館だけでもこの見ごたえ、すばらしい所ですね。暮れも暮れでしたので訪ねることが出来ませんでしたが、次回の楽しみといたしましょう。
母も小学校の参観日などに着物でした。お母さん達は着物、洋服が半々ぐらいの頃でした。同居の祖母はずっと着物でした。私も普段着に着物って憧れます。
しかしながら、体験も出来、これだけの展示、そして味わい深い建物、なんて魅力的なところでしょう。
keikoさん
2016/01/29 14:12
◇Keikoさん

Keikoさんのおかげで、秩父という街に出合えました。こんなに早く旅行できるとは、考えておりませんでしたが、本当に良いになりました。これもあれもkeikoさんおおかげ、ありがとうございます!

旅の思い出にと、書き始めましたが、いったい何回シリーズになるのか、見当がつきません(笑) 最後までお付き合いいただけるよう、がんばりますので、よろしくお願いいたします。

keikoさん世代も、着物はまだ身近にあったのですね。
洋服と着物が半々・・・
場所と状況によって、装いを選ぶことのできた良き時代でしたね。
銘仙館は、着物に関心のある方でしたら本当に楽しむことができると思います。
駐車場わきの小さな植え込みに蝋梅の花が咲いて、清々しく香っていました。
aosta
2016/01/31 07:13

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