消えがてのうた part 2

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zoom RSS 長坂聖マリヤ教会 イヴ礼拝

<<   作成日時 : 2015/12/29 12:47   >>

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この1年は主人にとってのイギリス・イヤーでした。

イギリスの作曲家、パーセルやダウランドから、ヘンリー8世が作曲した音楽などを中心にコンサートを行ってきた経緯もあって、英国国教会につながる聖公会に関心を寄せておりましたので、24日は、北杜市長坂にある日本聖公会の聖マリヤ教会のイヴ礼拝に出席させていただきました。


清里開発の祖といわれるポール・ラッシュによって開かれた清里聖アンデレ教会にゆかりのある教会、この地で教会が歩んできた歴史を感じさせるお御堂です。
丸くアーチのように曲線を描く鉄平石の奥にある祭壇は、かつてローマにおいてキリスト教が禁教とされていた時代、信徒たちが人目を忍んでひそかに集ったといわれているグロッタ(洞窟)を連想させる作りです。
かつては畳敷きだったという会堂、現在は新しい会衆席が整っています。
嬉しいことに、ホットカーペットが敷かれた足元はポカポカです。


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やがてすべての照明が落とされ、暗闇のなか、司祭の配火によって、一人一人のキャンドルに火が灯されました。
仄かに輝くろうそくの明かりは、クリスマスの祈りであり、希望でもあります。

        「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。
         言のうちに命があった。命は人間を照らす光であった。
         光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」
             
                                     ヨハネによる福音書 1:1〜5 抜粋




オルガンが静かに鳴り始めました。
初めての聖公会の降誕日前夕礼拝は、最初から最後まで、歌と聖書朗読が繰り返される歌ミサでした。
処女(おとめ)マリアの元に、大天使ガブリエルが現れ、マリアが神の子を身ごもったことを知らせる受胎告知から始まった礼拝は、聖歌(讃美歌)と朗読が常に対照され、クリスマス前後の場面、場面を思い浮かべながら時間が過ぎてゆきます。
そして2000年前に起きた奇跡と現代の世情とを、巧みに織りあげたクリスマス・メッセージは、新鮮で機智に富み、強く印象に残りました。
尊きものは、いつも一番小さな者、一番弱いものとしてこの世に使わされるということが改めて胸に刻まれます。
微かに揺らぐキャンドルの明かりの中で捧げられた礼拝は、感謝と喜び、そして祝福のうちに終わりました。

クリスマス、おめでとうございます。
この世にあまねく、クリスマスの喜びと祝福が伝わりますように。




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御子キリストが生まれた馬小屋の風景を再現したクリスマスの飾り。
イタリア語でプレゼピオ、フランス語ではクレッシュと呼ばれます。





        「彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、
         布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。
        宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。
   
                                          ルカによる福音書 2:7







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                 浅い流れは音がたかい

                   わたしの

                   祈りよ

                   言葉よ

                   行いよ

                 音が高くないか

                 深い流れは音をたてない


                               河野 進 「ぞうきん」より





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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
聖公会の 礼拝にはでたことがありませんが
賛美歌が プロテスタントと同じなのでしょうか、、

イギリスは 庭をいじりだしてから 興味深い国で
1度訪れましたが ますます 好きになりましたよ〜
そしていま イギリス人の 若いのにものしずかな英語の先生に
出会い ますます また 行きたくなった国に
なりました〜

子供の頃通っていた神戸の教会は
当時たたみ張りでした〜
ときどき歌ミサも ラテン語でした〜
なつかしく 思い出しています〜

すてきな クリスマスミサ でしたね〜
katananke05
2015/12/30 11:23
カトリック教会って古くて由緒ある建物が多いですね。
私も今年は一度だけミサに行きました。母校の隣にある元修道院が取り壊しになるのが回避されて保存される事になって月一でミサが行われるようになりました。
元修道院は明治時代の由緒正しい別荘だったそうです。
もっとも私は信心がないのかミサのありがたさは年取ってもあまり分かりません。
一人で散歩している時が心休まる時間です。
お正月の予定はどうなりました?
さえ
2015/12/30 13:59
「深い流れは音をたてない」の詩句。心に響きました。
ご紹介をありがとうございました。

ほとんどコメントを残していませんが、
今年も楽しみに訪問させていただきます。
ぴぴん
URL
2016/01/02 07:22
◇katanankeさん

善き新年をお迎えのことと思います。
お返事を差し上げないまま、年が変わってしまいましたこと、まずはお詫びいたします。
聖公会は私もまったく初めての経験でしたし、クリスマス・イヴの礼拝ということもあって、よく知っている讃美歌もいくつか歌われましたが、初めての曲もありました。讃美歌というよりやはり聖歌というべきなのかもしれません。成立の経緯が、宗教的な理由というより、政治的な意味合いの方が強い英国国教会(日本の聖公会)は、一般的なプロテスタントとは異なり、カトリック的な部分が多く、心安らぐイヴ礼拝となりました。
私がイギリスに惹かれるようになったのは、10代から20代前半に読んだブロンテ姉妹やオースティンなどの文学作品に寄るところが大きかったと思います。
「庭」という空間を特別なものとして意識するようになったのはバーネットの「秘密の花園」を読んでから。読んだのはたぶん小学生の低学年のころで、それも偕成社から出ていたダイジェスト版でした。バーネット自身はアメリカ人ですが、「小公女」や「小公子」などの物語も、舞台はみなイギリスで、まだ見ぬムーアやロンドンに胸をときめかせていました(*^^)v
ガーデニングは何もイギリスの専売特許というわけではないと思いますが、植栽に自然な感じを生かすイングリッシュ・ガーデンは、日本人の感性にマッチするところが多いのでしょうね。
aosta
2016/01/05 11:50
◇さえさん

お返事がすっかり遅くなり申し訳ございませんでした(;^ω^)

>元修道院が取り壊しになるのが回避されて保存される事になって・・・・

修道院の建物は趣のあるものが多く、宣教の拠点ともなる場所ですから、古くなっても保存されることが一番望ましいと思っています。さりながら、高齢化の波は修道院にも
及び、年々誓願者は少なくなって共同体としての存続が難しくなってきています。
その中で、上記の修道院が取り壊しを免れたということは本当に喜ばしいことだと思います。

私に取って、ミサに与る時間は、やはり神聖なものと感じています。
いろいろな猥雑物から無縁でありながら、絶えず世界とつながろうとしている稀有な場所だと思います。2000年という歴史を歩んできた教会の歴史の末端にいられることの幸せを思います。もちろん、お散歩も大好きですよ(^^♪
aosta
2016/01/05 12:24
◇ぴぴんさん

明けましておめでとうございます。
コメントをとても嬉しく拝見させていただきました。お返事が遅れたこと、申し訳ございません。

「深い流れは音をたてない」
クリスマス・プレゼントにいただい河野進さんの詩集から引用したものですが、私も深く心に刻みたいと思っています。プロテスタントの牧師でいらした河野さんの詩は平易な言葉で、本質を語る素晴らしい方だと思います。詩集の帯に記されていたカトリックの渡辺和子さんの言葉も印象に残りました。

私の記憶に間違いがなければ、確かぴぴんさんは富士見のベネディクト修道院に滞在されたことがおありだったのではなかったかしら。もしかしたらすでにご存知かもしれませんが、ベネディクト会の修道院がクローズすることになりました。目黒から移転してまだ20年も経っていないことを考えると、残念でなりません。
クローズの要因としては、期待された日本人の誓願者が得られないまま高齢化が進む一方で、アメリカから修道士を送り続けることも困難になったことが最大の理由のようです。静謐な森に囲まれ、多くの修道士たちが希望に燃えて、祈りと労働に励んでいた時もあったことを思うにつけ、このような結果になったことに言葉もありません。ゲストハウスは6月まで利用できるようです。イヴは聖公会でしたが、25日は修道院の御ミサに与りました。お御堂内は祈祷台も少なくなり、すでにオルガンも撤去されておりましたが、ローマン院長様はじめ、修道士のみなさんが、すべてを摂理として、これまでと変わらず歓待してくださいましたことに感謝しております。
aosta
2016/01/05 16:01
コメントが前後してしまい、後のブログに新年のご挨拶をさせていただきました。失礼致しました。本年もどうぞよろしくお願い致します。
私は4〜5年前、カトリック吉祥寺教会のミサや勉強会に通っていたんです。好きでした。自分の中にある信仰の心がミサの厳粛さと共鳴して泣いてばかりいました。
aostaさん、よいクリスマスをお過ごしになられて良かったですね。
keikoさん
2016/01/06 00:13
aostaさん、ベネディクト修道院のことは夫から聞いていました。
礼拝の時間。外の山々と中庭の植物。美しいスレートの屋根。シンプルで清潔な居室。図書室も充実していて、リトリートの場所として素晴らしかったです。
ひとつの時がおわり、どのような新たな時がひらけるのか。おそれながら待つ今日この頃です。
ぴぴん
URL
2016/01/06 08:55
◇keikoさん

こちらにもコメントをいただき、ありがとうございました。
カトリック吉祥寺教会!懐かしいです。
今も私が親しくしている友人のご家族が通われているはず。
カトリックの御ミサは、プロテスタントとは違って厳粛で神聖な雰囲気が強いですね。カトリックはかたち重視だからという人もおりますが、形を整えることで心も整うという意味で、「かたち」は私にとって重要です。
世界共通の形があるからこそ、外国に旅行するときもカトリック教会でしたら、言葉がわからなくても何の不安もなくミサに与ることができますもの(^^♪
aosta
2016/01/07 14:57
◇ぴぴんさん

ご存じでいらしたのですね。
修道院の建物内部はもちろん、神父様や修道士の皆様が労をいとわず丹精されてきたお庭の植栽も本当に素晴らしかったですね。すでに売りに出されているという話も耳にしていますが、どこのどなたが購入されるにせよ、もうあの特別な空間が失われてしまうことに変わりはありません。

>ひとつの時がおわり、どのような新たな時がひらけるのか。
おそれながら待つ今日この頃です。

「すべては神様の御計画ですから。」と微笑まれた中国人の修道士さんの境地には、まだ到達できずにいる私です。
aosta
2016/01/07 15:05

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