消えがてのうた part 2

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zoom RSS 庭の不思議

<<   作成日時 : 2014/06/22 12:24   >>

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手つかずのまま、何年も放置されたままの庭だった。
雑草が我が物顔にはびこり、大きな石がごろごろと土の中からのぞいていた。


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どんな庭にしたいのか、そのイメージも定かでないまま、最初に3本の薔薇を植えた。
厳冬期には氷点下20度近くになるというこの八ヶ岳山麓で、地植えでも寒さに耐えられる薔薇、といえば
まずはルゴサ系の薔薇。そしてかつての庭から持ってきた原種の薔薇。
もちろん宿根草も、耐寒性の強いものを選んだ。





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しかし庭は思いのほか手強く、人間の思惑など全く意に介さないように見えた。
薔薇も宿根草も、毎年様子を見ながら増やしていったが、いつの間にか絶えてしまったものも少なくはない。
春から夏にかけては雑草取りに明け暮れ、何か植えようと思えば、意地悪くも必ず土の中から顔を出す大きな石と格闘すること数年、気が付けば庭は自分の意志で育っていた。





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それぞれの植物が成長しようとするだけでなく、「庭」それ自体がひとつの生き物なのだ。
生き物なれば、庭にかかわる人間との信頼関係が必要になる。
ころ合い良しと、庭が心を開いたとき初めて、庭が庭として育ち始めるのではなかろうか。






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庭のあちらこちらで群生しているフランス菊をはじめ、
門柱の前で、白い花をこぼれるように咲かせている可憐な野いばらも、
ボーダーの脇で、薄い和紙のように繊細な花びらをそよがせているひなげしも、私が植えたものではない。
どこからともなく風に運ばれてきた種や、小鳥たちが落としていった実が、いつの間にか芽を出して大きくなった。
いうなれば、庭が呼び寄せた花たちだ。






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今年、庭は一気に成熟した。
薔薇も今までになくたくさんの蕾をつけ、花開いた。
宿根草は、ひと回りもふた回りも大きくなって、たくさんの花穂をあげている。

手をかければ植物は応えてくれる。
それはそれで本当だと思うが、最近はそればかりではないと感じるようになった。
どの植物も、この場所の最初からの住人であるかのように庭になじみ、混然と一体になっているさまを見れば、
私たちのささやかな努力とは別のところで、何かの力が働いているとしか思えない。






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最初に植えた薔薇のひとつ、ピンク・グルーテンドルスト。
目を見張るような色は今までになく澄んだピンク。





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ピンク・グルーテンドルストの後ろで咲く赤い薔薇はF ・J グルーテンドルスト。
こちらの枝振りも見事である。





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記念樹として植えたゴールデンアカシアも、今では見上げるばかりの大木となった。







この庭と一緒に過ぎていった時間を思いながらぼんやりと眺める雨の庭は、
ただひっそりと、みずみずしく呼吸している。






★庭のはなし → http://folli-2.at.webry.info/201106/article_9.html







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コメント(24件)

内 容 ニックネーム/日時
>「庭」それ自体がひとつの生き物なのだ。

そのように感じ取られたこと、素晴しいですね。長い年月をかけ、丹精込めて手を掛けられたこそのお気持ちですね。

>私たちのささやかな努力とは別のところで、何かの力が働いているとしか思えない。

そのような感じ方は、わたしも大好きです。
harukaeto
2014/06/22 15:46
人が庭を見て満たされた思いになるというのはこういうことなのですね。aostaさんの今までご努力を想いながらただただ素晴らしいと感じ入っています。まるで庭にも心があって、そこで生きる植物や昆虫たちに任せてしまえるようになるまでの成長過程があるようです。人に向き合うのとどこか似ているようにも思えますね。
アルト笛
2014/06/22 16:58
こんにちは。
素敵なお話ですね。庭は行ものなのかも知れませんね。今の処に住むようになって、最初の頃はちゃんと草取りや枝打ちもしていたのですが、ここ何年か仕事の疲れにかまけて何もしてこなくて、あまりに酷くなってくると業者さんにお願いしてと云う状態です。昨年秋に綺麗にしたのですが、庭はちゃんとわかっているのですね、今元通りになってしまっています。そんなに広い庭でもないのに怠けてばかりです。
素敵なお庭ですねぇ。こんな風に広々としたお庭が夢ですが、今のままでは例えそうなってもダメです。
HT
2014/06/22 17:15
昨日、石と雑草と根っこと格闘して、今日は庭に落ちる雨を眺めていました。
同じ雨を眺めていたのね。
ずーと見ていても飽きないけど、早々に引き揚げてきました。
そして帰り道にまた花の苗を探しました。
寒さに強くて、毎年咲いてくれる山野草、大変な作業に手を染めそうです。
ゆっくり教えてくださいね。
さえ
2014/06/22 19:08
こんばんは。
手をかけ、気持ちを込めて作られたお庭だと感心致しました。それでいて「何かの力」のお蔭でしょうか、とても自然で心和むお庭とお見受けしました。
自然は何よりの教科書なのでしょうか・・・それを見つめる私達に沢山のことを無言で教えてくれている気がします。
今日は沢山の素敵な写真有難うございました。疲れた心が癒されました。
charan
2014/06/22 19:56
うらやましい と素直に申し上げます。

いいなあ。。。。

庭という言葉 いいですね。
お庭 庭園 園 苑いろいろあるけど

自然に息をしているaostaさんのお庭は格別ですね。

当方は辛うじての土が残るだけ 庭とはいえませんが
それでも新築当時の殺伐が嘘のように 実生の木々が
窓辺にこの季節豊かな緑を差し伸べています。
ホオジロも来てくれます。
aostaさんのお庭にはきっとたくさんの小鳥が来るんでしょうね。
しっぽ
2014/06/22 21:23
大変なご苦労の後にこのステキなお庭が出来上がったのですね〜!ホントにステキ!庭が生き物なんてホントにそう思いますが、言われなければ気が付かない事なのかもしれないですね。1つ1つの小さな植物達の命を育てる庭ですから、生き物になるのでしょう。 八ヶ岳のふもと、涼やかな風が気持ちよさそうですね。いつかお邪魔してみたいです。
mint
2014/06/22 21:24
◇harukaetoさん

コメントありがとうございます。

せっせと庭作りに励んできたつもりですが、今では「庭は自分で育つものだ」ということです。どんな美しい設計図でも、庭自体がそれを受け入れなければ、苦労ばかりで報われることはないでしょう。
初めは自然そのものだった庭も、人の手が加わることによって、少しづつ変わってきます。でもその変化でさえ、人間ではなく庭の意志によるものの様な気がします。
庭は不思議に満ちていると思うこのごろです。
aosta
2014/06/22 22:53
◇アルト笛さん

ご無沙汰しておりますのに、お尋ねくださいましてありがとうございます。

>人が庭を見て満たされた思いになるというのはこういうことなのですね

最初のころは、計画もないまま、遮二無二庭を造ろうとしていました。
今より若かったということもあろうかと思いますが(笑)、アルト笛さんがおっしゃるように「そこで生きる植物や昆虫たちに任せてしまえるようになるまで」ずいぶん時間がかかってしまいました。

なんだか今年は、今までのように追われるような気持で庭に出ることがなりました。むしろ庭と遊ぶような感覚で庭にいる時間が多くなったような気がします。
庭も人間と同じで、ある一定期間までは手をかけても、その時期が過ぎたら、庭は自然に育ってゆくんですね。
aosta
2014/06/22 23:05
◇HTさん

毎日朝から晩まで、お気には休日も返上してお仕事をしていらっしゃるHTさん、庭仕事まで完璧になさっていたら、身体を壊してしまいますよ!
庭は逃げませんから、お仕事がひと段落した後の楽しみくらいに考えていらしたほうが、気持も楽になると思います。
でも庭で何か花が咲いていたら、声をかけてくださいね。庭は寂しがり屋ですから、綺麗に咲いたね、と褒めてもらえば、花も庭もきっと喜ぶと思います(*^^)v
aosta
2014/06/22 23:15
◇さえさん

あら、原村にいらしてたんですか?
先日もCoCoさんとお噂をしたばかりです。

>昨日、石と雑草と根っこと格闘して

このあたりはどこを掘り返しても岩だらけですね。 おまけに主人の説によると、土の中の石って「動く」のだそうです。石は取ったの土の下からまた石が出てくるのは石が動いたからなんですって!不思議ですが、実際、もう石がないはずの場所からまた石が出てくるのですから、彼の言うとおりなのかもしれません。

庭仕事の後の雨は、なんだかほっとしますね。
雨が降ればまた雑草も伸びるのでしょうが、そんなことは忘れて、ぼんやり庭を眺めている時間は、心がゆっくりと広がってゆくような気持になります。

>そして帰り道にまた花の苗を探しました。

ふふふ、私にもそういう時期がありましたよ(笑)
お店に入れば花ばかり気になって、あれも欲しい、これも欲しいって・・・・
ほとんど病気ですよね。私の病気も、だんだん落ち着いてきたとはいえ、買い物帰りにはなぜか花苗のポット、ぶら下げてる^^;
aosta
2014/06/22 23:31
◇charanさん

お越しくださいましてありがとうございます。

>とても自然で心和むお庭とお見受けしました。

ありがとうございます。そんな風に仰って頂けると本当に嬉しいです。
ガーデニングというほどお洒落でもない、むしろ力仕事。
イングリッシュガーデンやペレニアルガーデンといった明確な方向性もない、なんとなく好きな植物を植えて、上手く育てば良し、思うように育たないと、違う場所に植えかえてみたり組み合わせを変えてみたりの繰り返しで気がつけば今のような庭になっていた、というのが本当です。
庭って終点がないんですね。庭は生き物だから絶えず変化している。
思うようにならないことを、今では楽しめるようになりました。
思い通りにならないからこそ、庭は驚きと意外性に満ちています。
自然な庭にと心がけても、人間がやることは姑息でどうしても自然に見せたいという下心が見えてきてしまう。そんな庭に、風に運ばれたり、小鳥がつばんだ実をおとしたりして生えてきた自生の植物たちが増えることで、不思議な調和が生まれてきました。
庭は作るのではなく、育つものなのだと実感する次第です。
aosta
2014/06/22 23:49
先日妹がaosta邸のお庭が素晴らしく綺麗だったとメールしてきました。
私も花の季節にお伺いしたいものです。
我が家は一昨年の雪にやられてからやる気も失せてほったらかしの結果「庭は自分で暴れるものだ」と認識させられ(苦笑)、ついに降参して業者の手を借りることになりました。
ところで妹はあの日の夜にちょっとしたトラブルに。後ほどお知らせしますね。
ルネ
2014/06/23 00:33
◇しっぽさん

>実生の木々が、窓辺にこの季節豊かな緑を差し伸べています。

実がなる木っていいですね。
食べられる、食べられない、はともかく花の後に実が付くのはうれしいです。
オオジロが飛んでくるということは、小さな実なのかしら。
まさに自然のえさ台ですね(^^♪ 間近な窓辺で夢中になって実をついばんでいる小鳥たちが見られるなんて、最高です。

>aostaさんのお庭にはきっとたくさんの小鳥が来るんでしょうね。

朝、日が昇ると鳥たちが一斉に鳴きだします。
春先など、鳥の声で目が覚めるくらい(^-^; 私がかろうじて聞き分けられるのは、かっこう、山鳩、ほととぎす、シジュウカラ、そしてホオジロくらい。あ、セキレイも。
見分けられるのもこのリストにヒヨドリ、アカゲラくらいかしら・・・・
鳥には本当に疎くて(;^ω^)
aosta
2014/06/23 05:55
◇mintさん

>1つ1つの小さな植物達の命を育てる庭ですから、生き物になるのでしょう。

小さな命を育てる庭、その通りだと思います。
生き物たちが、この場所で共存しながら成長していくところは、さながらひとつの家族のようです。
mintさんのように「緑の指」をお持ちの方でしたら、どんな庭や植物とも、過ぐに仲良くなれるんでしょうね。
1年の半分11月から4月まで休眠している庭が、雪解けとともに目を覚まし一気に緑が育つ様は寒冷地ならではの事でしょう。庭一面の雪を見ていると、果たしてこの庭がまた緑一面になることが信じられないほどです。でも、毎年庭は目を覚まし、花を咲かせ、種を結びます。豊かな自然の営みです。

軽井沢とはちょっと方向が違うかもしれませんが、何か機会がありましたらぜひお立ち寄りくださいね。ご連絡楽しみにしています。
aosta
2014/06/23 06:13
◇ルネさん

妹さんがいらしたときは、まだアーチの薔薇は硬い蕾のままでしたが、先週あたりから開花が始まりました。すでに野いばらは満開です。
妹さんともルネさんのお庭の話をしたのですよ。

>庭は「自分で暴れるものだ」と認識させられ(苦笑)、ついに降参して業者の手を借りる ことになりました。

なるほど(笑)!
確かに暴れん坊になる時もありますね。
我が家の庭にもそんな時期がありましたが、人に頼むほどの予算もないまま、せっせと草を刈り、石を掘っていました。あの頃はいまより若くてやる気がありましたからね。それと今に比べたら時間もありました。毎日朝から晩まで庭で汗を流していたころを思い出します。最近は草を取っている時間より、のんびり椅子に座って庭を眺めているほうが長くなりました。

>妹はあの日の夜にちょっとしたトラブルに。

トラブル、ですか・・・・?
何も連絡はありませんでしたが、とても気になります。連絡お待ちしております。
aosta
2014/06/23 06:25
庭の風情ができあがるまでの経過、それは、人の思惟するところ、労力の投下の多可、また庭の中での生き物たち、植物た独自の営み、大いなる自然の統率力と多岐にあるんですね。
お仕事も持っておられて、一からの庭作り、立ちあがって来たこの庭の風情はこれらの結実かと思われます。
我が庭の雑然さは少しづつ改善されているものの、年を取り、ポットなどもできるだけ軽いものになどど、体力対応の庭となりつつあります。近頃は自分が選んで植えた花のうち、一つか二つが元気に咲いてくれたら、もうこれは大感謝だなどと思っています。
ぶんな
2014/06/23 11:17
◇ぶんなさん

こんばんは。
確かに庭は、複数の偶然と確かな必然とが出会って育ててゆくものなのでしょう。
努力は都度報われるものではなく、報われないことを嘆いて過ぎた月日の事を忘れたころ、それまでの努力以上のものが、いずこからともなく降ってくるような気がします。
そう、まるで贈り物のように。

庭仕事のほとんどは力仕事であり、根気仕事ですが、その時の体力や気力に適う世話をしたいと思います。多少、手を抜いて荒れた雰囲気になっても、それはそれ。
その「景色」を楽しむ遊び心も、時には必要かと思います。
ブログの本文にも書きましたが、私は怠け者なので、手間のかかる鉢植えは3鉢鹿ありません。いずれもごく小さな鉢ですから、移動させることも苦にはなりません。

>自分が選んで植えた花のうち、一つか二つが元気に咲いてくれたら、もうこれは大感謝だなどと思っています。

庭は楽しむためのもの。花が咲かないとあくせくしたり、大きくならないと気をもんだりしていたら、楽しむための時間はどんどん少なくなってしまいます。
ぶんなさんの達観はお見事です。
aosta
2014/06/23 22:21
力仕事も 根気仕事もだめなしっぽです。

先日娘の高校卒業の時家の前でとった写真が出てきました。
築5年はたっているのに、見事に一切緑がありません。
それから20年近い今は なんと鬱蒼と!でもないけど
幾つもの木が!植えもしないのに!
クワ・なんとか・ナントカ。。。。。
ここんとこ毎朝 慣れないながら植木屋さんをしています。

実生というのは本当に不思議ですね。
日本語らしい素敵な言葉だと思います。

孫の名にしよっかな?夢の夢ですが。。
 
しっぽ
2014/06/24 12:00
◇しっぽさん

>力仕事も 根気仕事もだめなしっぽです。

力も根気もない私なのですが、庭仕事だけは別格のようです(^-^;
植えもしないのに実生で生えてきた木たち、素敵ではありませんか!
しかも桑ですか?桑だったら食べられますね。小鳥たちも桑の実目当てに集まってくるのでしょうね。

>孫の名にしよっかな?夢の夢ですが。

実生の不思議。私もつくづく実感します。
実生と書いて「みお」と読ませるのかしら?素敵な発想ですね!
私もいつのことかわかりませんが、孫が生まれたときの候補にしたくなりました(*^-^*)

aosta
2014/06/25 06:38
みお は姪っこにおります。

やはり みしょう 男でも女でも!

アンリ・ミショ〜 なんて(*´∀`)し
しっぽ
2014/06/26 13:27
◇しっぽさん

もうお孫さんがいらっしゃるんですか?
わぁ、なんてうらやましい!!!
「みお」さんはもういらして「みしょう」ちゃんはこれから。
なるほど「みしょう」とそのままというのもいいアイディアかもしれませんね。
「みしょう」は拈華微笑の「微笑・みしょう」にも通じますし、いい名前です。

>アンリ・ミショ〜 なんて(*´∀`)し

アンリ・実生ですね! なかなかいいかも(笑)
aosta
2014/06/26 21:42
あ の☆★『_◎

わたくし 残念賞の孫なしオバサンですよん。娘は一人おりますが 名前がわるかったかも 何しろ太陽王の尊命を無断で頂いてしまいましてε=ε=(ノ≧∇≦)ノ@…
しっぽ
2014/06/30 18:35
◇しっぽさん

残念賞の孫なしオバサン・・・・
一男一女の私も同類でございますよ。
二人とも孫どころか、結婚する気配も見えません(笑)

お嬢様、るいさんとおっしゃるの?
あら素敵!どういう字を当てたのかしら。
aosta
2014/07/01 06:14

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