消えがてのうた part 2

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zoom RSS 旧朝香宮邸のアールデコ (5 ) 小食堂

<<   作成日時 : 2011/01/19 05:47   >>

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最後にご案内するのは、家族のための小さな食堂。
もしかしたら私が一番書きたかった場所はここだったかもしれません。

今改めてその場所を建物の平面図で確認すると、大食堂と廊下を一つ挟んだ西のはずれにありました。
来客のない普段の食事の際、ご家族で使われたと言うその部屋は、思いのほか小さく、こじんまりとした空間。
入口に立つと、窓から差し込む光の中で、朝香宮鳩彦王の騎馬像が黒々と浮かび上がって見えます。


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この部屋は生憎立ち入り禁止となっており、ドアの近くから内部を覗き込むことしかできなかったのですが、
食堂だというのに、大食堂と同じく、ここにも食卓は見当たりません。
当時の家具のほとんどは撤去されてしまったのでしょうか。
在りし日のよすがとして残されていたのは、磨き上げられた胡桃材(?)のチェストがひとつ。
本来これとても、最初からこの食堂にあったものかどうか、何の説明もないので判り兼ねるのですが、
重厚な彫刻が施され、どっしりとした作りのそれは、どう見てもアールデコのデザインではありません。


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これはあくまでも私の憶測、若しくは妄想(笑)かもしれないのですが、もしかしたらこのチェストはここ白金に新しい御殿が建つ前から宮家で使われていた家具だったのではないかしら。
新築に際し、すべてアールデコ様式に統一された公の場所では、家具もそれに合わせて一新されたことでしょう。
しかし長年使いこまれて、家族の歴史や思い出が残っている家具が、プライベートな家族団欒の場である食堂に置かれたとしても何の不思議もありません。
むしろ、そのほうが自然だと感じるのは私が「庶民」だからかしら(笑)?

宮家には第1王女の紀久子さま、第1王子の孚彦(たかひこ)さま、第2王子正彦(ただひこ)さま、
そして第2王女湛子(きよこ)さまという4人のお子様がいらっしゃいました。
新邸完成時、紀久子さまは既に嫁がれていましたから、この食堂に顔をそろえたのは、御両親と3人のお子様だったと考えるべきでしょうが、新築後、一年を待たずして充子妃が亡くなられたことを考えますと、鳩彦王と3人のお子様とで食卓を囲まれたと言うのが実際であったことと思われます。

充子妃亡きあと、第2王女湛子さまは15歳の時から宮邸の女主人としての責を果たし、昭和16(1941)年、太平洋戦争開戦の年に22歳で結婚されて宮家を後にしました。
開戦に伴って、二人の王子も出征。
1936年(昭和11年)自ら願い出て皇族を離脱していらした正彦さまは、音羽正彦人として戦地に赴き、マーシャル諸島のクェゼリン島玉砕で戦死します。


朝香宮家の家族がそろってこの食堂に集った日々は数えるほどでした。
それだからこそ、この場所は宮家の人々にとって大切な場所であったに違いないという気がするのです。
終戦までの日々、鳩彦王はお独りでこの食堂に足を運んでいたのでしょうか。
戦時とはいえ、家族の会話も笑顔もない食卓は寒々と虚ろだったことでしょう。
本来暖かな光で食卓を照らしていたであろうシャンデリアにも、灯火管制の布がかけられていたのかもしれません。





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今回の建物公開で写真撮影が許されていたのは一階部分のみ。
私室が多い二階は、「朝香宮のグランドツァー」の展示がされていていたこともあり、撮影不可でした。
残念だったことが、ひとつ。
邸内を見て回るだけで目いっぱい時間をかけてしまいましたので、庭を見ることが出来なかった事。
庭園美術館という名前の通り、広いだけでなく良く手入れされた美しい庭もこの美術館の見どころです。
冬枯れの日本庭園に、梅の花がほころびかけていたことを後日知らされました。


"intermezzo "も入れると6回に及んだ東京庭園美術館の記事も、今回で終わりにいたしましょう。
長いことお付き合いくださいまして、ありがとうございました。







◇旧朝香宮邸のアールデコ(1) http://folli-2.at.webry.info/201101/article_5.html
◇旧朝香宮邸のアールデコ(2) http://folli-2.at.webry.info/201101/article_6.html
◇旧朝香宮邸のアールデコ(3) http://folli-2.at.webry.info/201101/article_7.html
◇旧朝香宮邸のアールデコ(4) http://folli-2.at.webry.info/201101/article_9.html
◇旧朝香宮邸のアールデコ(5) http://folli-2.at.webry.info/201101/article_10.html

◇intermezzo 「朝香宮のグランドツァー」 http://folli-2.at.webry.info/201101/article_8.html







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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
 今回は皇族物語に思いを巡らせながら拝見しました。
ここに一人の人間としての、また一家族としての想いや暮しがあったこと。
家族の食堂が西の外れという位置、窓の内側が終日どのような陰翳となるかを想像しました。
 戦前のこのような邸宅に合う家具というとやはり、凝った彫りのあるアンチークかなと。家具と言っても一級の工芸品、芸術品ですから、簡単に使い捨てるものではなく、またさまざまな意味で手放しがたいでしょうからずっと使い続けていたものである可能性はあるのでしょうね。

 aostaさん、「わたしが庶民だからかしら?」と仰いますが、aostaさんはローブデコルテに包まれるに相応しい知性をお持ちです。そこが裾を踏んでずっこける私との違い。裾さばきにはまだまだ遠いわたしですが、これからも宜しくお願いいたします。
  
bunbun
2011/01/19 12:25
素敵ですね。一通りツアーに参加した気持ちで、記事を巡って来ました。私には別世界ですが、例え宮家のお屋敷といえど、物語が刻み込まれていて。豪華で凝った調度品にも愛情がこもっているようです。
しかし、申し訳ない事に、一番目を引いたのが冒頭の馬の置物でした。馬好きにはたまりません(笑)。窓の光もやわらかくて清々しく映りました。
琳々
2011/01/19 21:38
◇bunbunさん

お返事が遅くなりまして申し訳ありません。
朝香宮邸と邸にまつわる物語をお楽しみいただけた御様子に、ほっと致しました。
今回の「グランド・ツァー」展で、宮家御家族の写真や葉書に接したことで、建物が、私の中で有機的に息づき始めたような気がします。
建物の歴史は家族の歴史であり、ある意味では日本の歴史でもありました。
現在、この建物が美術館として公開され多くの人に愛されていることが何よりの幸いであると思います。今回は言及致しませんでしたが、戦時中、また皇族離脱後の宮家の人々の御苦労は並々ならぬものがあったようです。
しかしながら今回の展示を見て、朝香宮家の歴史をひも解く機会を与えられ、noblesse oblige(ノーブレス・オブリージュ)の意識の中で育まれた文化が確かにあったのだと言う事、現在の日本にもっとも必要とされているものの一つに、この「ノーブレス・オブリージュ」の品位、意識があるのではないかと言う認識に至ることが出来ました。
aosta
2011/01/21 20:21
◇琳々さん

こんばんは。お返事をお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
今回の”aostaツァー”最後まで御参加下さいまして、有難うございます(笑)。

>一番目を引いたのが冒頭の馬の置物でした。

この朝香宮の騎馬像を近くで見ることが出来なかったことは本当に残念でした。実は私も、馬に関する小物や置物を見るとどうしても欲しくなる症候群です(笑)家の中には、実家から半ば強引に拉致してきた馬のブロンズや、アンティークの馬のブックエンド、ブラジリエのシルク・スクリーン等々、馬関係の置物や絵があちこちに飾ってあります。子供の頃、車で40分ほどの霧ヶ峰にサラブレッドの牧場がありましたので、よく家族で遊びに行きました。今でも時々本物の馬に会いに行きたくなります。
aosta
2011/01/21 20:41
こんばんは。
タイムリーな話題驚いてます。(^.^)
実は、夫がこの週末東京に出張をすると言うので、私もこの機会に一緒にと思い、いろいろひとりで見て歩ける所を探していて、この朝香宮邸も候補に上げてました。
ただ、どの程度建物の見学が出来るのかが判らなかったのですが、中も充分見学できるのですね。
記事を読ませていただき、その時代に思いを馳せ、益々興味が沸いてきました。
ただ、他にもいろいろ行ってみたい所もあって、まだ悩んでいますが、相当背中を押していただきました。
時間を作って行けたらいいなぁ・・と思ってます。
つれづれ
2011/02/01 21:23
◇つれづれさん

コメント有難うございます。お久しぶりですね♪
タイムリーな話題・・・
それをちょうど見つけて下さった、という偶然が嬉しいです。
御主人さまと東京におでかけとのこと、この美術館はお勧めです。
多分企画展が開催されているとは思いますが、展示作品と一緒に建物を観ることが出来ますし、各部屋のボランティアの皆さんに尋ねると、とても丁寧に建物やその歴史についての説明をしてくださいます。
出入り口近くには、こじんまりと落ち着いたティー・ルームもあります。
もちろん他にもご予定がおありの事と思いますから御参考までに(^^♪
aosta
2011/02/03 06:44
こんにちは。
先日は大変失礼なことをしてしまい、申し訳ありませんでした。
横文字としてでなく、名前の意味から覚えようと調べさせていただきましたが、aostaと言うのは、イタリアの都市の名前だったのですね。
これで、間違えないようにしたいと思いますm(__)m
先の日曜に行ってきました!
残念ながら、建物の公開ではないので写真は撮れませんでしたが、夫も十分満足できた見学でした。
でも、見学を終えてから再び読ませていただくと、よくその経緯も教えていただいた気分で、あぁやっぱり建物の公開に行きたかった・・と言うのも本音です。
聞いたところによると、秋辺りから2年半のお休みになるとか・・
その前に一度位は公開があるでしょう・・とのことでした。
でも、我が家からは遠すぎるので、今回で良し!とします(^^ゞ
ありがとうございました。
つれづれ
2011/02/09 12:43
◇つれづれさん

こんばんは。
そうなんです♪私のHNはイタリアの山岳都市Aostaから取りました。
モンブラン・トンネルを抜けると、そこはイタリアでした!
イタリアの最初の町Aostaは、以来私にとって特別な場所になりました。

庭園美術館、行かれたのですね。写真で切りとられた部分と、実際の建物との間にはかなりのギャップがあるのではないかと危惧していたのですが、楽しんで頂けたようで、ほっといたしました。
写真で見たものと写真では、露出などの関係で、肉眼で見た場合とは印象が異なりますので、、そのギャップをどのようにお感じになられるか、ちょっと不安でした。
秋からの休館についての情報は、全くの初耳でした。それまでの公開日にもう一度足を運びたいと思います。貴重な情報を有難うございました。
aosta
2011/02/10 22:04

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