消えがてのうた part 2

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zoom RSS 「たるの中から生まれた話」 (思い出の本棚 2 )

<<   作成日時 : 2010/11/27 06:10   >>

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本が好きな人ならば、少なからず「本に呼ばれた」という経験があるのではないだろうか。

もう30年近くの昔の、あの時の私もそうだった。
いつも立ち寄っていた書店でふと誰かに呼ばれた様な気がして足をとめた。
本屋で私を呼ぶのは、本に決まっている。




画像






私は目にとまった一冊を手に取った。

「たるの中から生まれた話」・・・?
奇妙なタイトル。
私を呼びとめたのは、おそらくその本の作者であったシュトルムという名前だ。
扉を開いて目次に目を通した時、何かがカチリと音をたてた。


「雨姫」


それは遠い昔、私の本棚にあった1冊の本。
子供とは言えない年齢になっても、いつまでも大切に胸の奥にしまい込んでいた懐かしい物語のタイトルだった。
母が誰からか譲ってもらったその本は、私が手にした時にはもう綴じ糸が切れていて、
始まりの何ページかが抜け落ちていた。
しかし、古い木の根元にある階段を下りて雨姫に会いに行った女の子の物語は、お話の始まりが判らない分、
私の想像を掻き立て、繰り返し何度も読んだものだった。




            なみはかすみよ
            いずみはきりよ森はひっそり
            火男(ひおとこ)おどるよ野に山に
            用心なされや
            めざめぬうちは
            かあさんまねくよ
            夜(よ)の里へ




眠っている雨姫の目を覚ますための呪文のような不思議な歌。
炎とともに踊る火男。
荒れ果てた廃園に下りて行く階段。
眠り続けている雨姫。
蜂蜜のお酒。そして泉の鍵。



ずっとずっと昔のこと、地上に雨を降らせることを忘れたまま眠ってしまった雨姫を探すために
地面の下へと降りて行った少女マーレンの物語だ。

目を覚ました雨姫は言う。




    「あのころはみんな、よくわたしのところにやってきたものよ。私はあたらしい植物や穀物の種をあげたし、
    そのお礼に、みんなはとれた作物をもってきてくれたの。
    みんながわたしのことをわすれないのとおなじに、わたしもみんなのことをわすれませんでしたから、
    畑にはいつだって、雨のふらないことなんかなかったのよ。
    でも、それからずっと人間たちは、わたしからはなれていって、だれもわたしによりつかなくなったの。
    それでわたしは、暑いやら、たいくつやらでぐっすりねむりこんでしまったの・・・」

                             学研「たるの中から生まれた話」より 矢川澄子訳「雨姫」 





地面の下と、地上をつなぐ通路は、とうの昔に忘れられ閉ざされている。
目に見える世界と見えない世界の交感は、遠い昔の物語だ。

けれども初めて読んだ時から15年以上が過ぎていたあの時、私は懐かしい「雨姫」の物語に再び巡り合った。
それも初めて「物語の始まり」から読めると言う、わくわくするような喜びとともに。
私は物語の中で、火花を散らしながら踊る火男の姿を見る。
閉ざされた泉の扉をあけ、立ち昇る清々し空気と、しっとりと漲ってゆく水煙の冷たさを感じる。
蘇った庭の香気の中で、私はマーレンと一緒に、物憂げに眼を覚ました雨姫の美しさにため息をつく。


物語は私の中で初めて完結した。

雨は降らず、日差しが焼けつくようだった今年の夏、照りつく日差しに立ち枯れた草木を見るたび、
アスファルトが靴底を焼く熱さを感じるたび、私は雨姫を思った。
この夏も雨姫は眠り込んでいたに違いない。
長い間、人々は姫のことを忘れたままだ。
かつてのマーレンのように、雨姫の目を覚まそうと階段を下りて行く女の子がまだどこかにいるのだろうか。



シュトルムは中学から高校にかけてずいぶん読んだ。
どこかノスタルジックで厭世的な彼の世界を、十代前半の夢見がちの私は愛した。
年齢とともに少しづつその世界を離れて行ったときも、その名前が私の本棚の中で居場所を失う事はなかった。

それにしても、あの「半分の物語」の作者があのシュトルムだったなんて、想像さえしない事だった。
もちろん小学生の頃読んだ「雨姫」の訳者の名前はわからないが、あの時、何十年ぶりかで再会した雨姫」の訳が
矢川澄子であったこと、挿画が金子國義の手による学研版であったことも不思議な偶然だった。
矢川澄子は、若い頃もそして今も、心魅かれる作家であり、かの澁澤龍彦の夫人でもあった人だ。
そして画家金子國義を世に出したのは、彼女の夫であった澁澤だったと聞く。
矢川澄子の訳と金子國義の挿画。
この二人の作品は結びつくベくして結びついたのだろう。





画像

「たるの中から生まれた話」 より  「ブーレマンの家」 挿絵






この本に納められた物語は三つ。
幻想的で抒情的な美しさに満ちた「雨姫」。
ディッケンズのスクルージを思わせる吝嗇なブーレマンがたどる怖くて不思議な「ブーレマンの家」。
産褥で亡くなったというシュトルムの妻コンスタンツエが深く愛していたと言う「チプリアヌスの鏡」。
どの作品も愛を巡る不思議な物語だ。


この作品が収められている少年少女学研文庫のシリーズは、ご多聞ににもれず絶版になって久しい。






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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
「本に呼ばれる」こと、あります、あります!装丁なのかタイトルなのか著者名なのか、何かが気になって目に留まる本!そういう直感はたいてい当たってるんですよね。
この本、未読ですが、素敵な装丁ですね〜。最近の少年少女向け本って、漫画と区別がつかない作りになっていて、漫画は漫画にすればいいのにーと思ってしまいます。固めの装丁だと売れないんでしょうかね?
うさみ
URL
2010/11/27 19:37
 朝、出没しようとし、引っ込みました。というのも、絵本の出版社にまでは拘ったことがなく、もしかしてわたしが出没するのはちょっと見識が足りないのでは、と思ってしまったからでしたが。
 わたしが本に呼ばれたのは大人になってから、それもつい最近。農業関係の本でした。原剛「日本の農業」(岩波新書)なぜかぴっと一発で視線がいったのです。ただしこれは本の方で呼ぶ人を間違えた可能性なきにしもあらず。ただ出版年代は古いけれども読んでおくべき本でした。
 実を言いますと、幼い頃に記憶にあるのは紙芝居ですね。日本昔話とか「人形姫」「ジャックと豆の木」とか、ごく素朴なものでした。続いては「家なき子」とか「小公女」「若草物語」。これらは、本好きの従姉妹から回ってきたものでした。ですからaostaさんのお母様の本の選択には意識の違いを感じます。
 「雨姫様」、寓話のようでもありますね。今後暑さが続いたときには、昨年の猛暑に併せて雨姫様を思い出しそう。思えば私にも恩ある方々は多くあるのに、なかなかそのご恩にはお返し申し上げていないことが多いような。雨姫様であれやこれや思い出しました。ルーズさが災いしています。それを思い出したばかりも、今晩これを読ませていただいたのは幸いでした。
 写真の猫(でよいのでしょうか)、何やらどっちりと構えて、世間を冷静に見極めつつ達観もしている気配のようです。
bunbun
2010/11/27 20:58
◇うさみさん

こんばんは!
コメントありがとうございます。
本って確かに呼びますよね♪良かった!私だけの空耳じゃなくて(笑)

>素敵な装丁ですね〜

実はこの本には、女の子が右手に持っているサクランボと同じ色のケースが付いています。ケースは無地なのですが、女の子の部分に窓が開いていて、ケースの下の絵が見える仕掛けです。おまけにその窓は樽の形をしているんです。
ケースの裏を見ると「小学校5、6年以上」と言う表示があります。子供の本であっても、確かな美意識を感じさせる装丁です。うさみさんが仰るように、最近の少年少女向けの本ではほとんど見かけなくなったこだわりがあります。
うさみさんや私が子供の頃は、今のように本が溢れている時代ではなかったけれど
「子供のために本物の本を作る」という気概があった時代だったのでしょう。
思えば、物に不自由があっても精神(こころ)は豊かな時代であったことを幸いに思います。わずか○十年前のことなのに(笑)。
aosta
2010/11/27 21:32
◇bunbunさん
 いつもありがとうございます。

>これらは、本好きの従姉妹から回ってきたものでした。

そうそう(笑)
洋服に限らず、読まなくなった本や使わなくなったおもちゃなども、そんな風に子供から子供へと手渡されていきましたよね。この「雨姫」の本も、まさにそうした本の中の一冊でした。母がワイヤー製のバスケットいっぱいに古い本をもらってきたあの日、私は大きな歓声を上げてバスケットにかじりついてしまいました。
たくさんのほんの中から真っ先に取り出したのが「雨姫さま」。その本は、本文にも書きましたように、かなりの部分のページが抜け落ちていました。それでも「雨姫さま」というタイトルにひかれて読み始めたのです。もしかしたら、あの時も「雨姫さま」が私を呼んだのかもしれません。

>何やらどっちりと構えて、世間を冷静に見極めつつ達観もしている気配

はい。これは猫です(笑)。
三つのお話しにそれぞれ色刷りの挿絵が描かれているのですが、この猫はブーレマンの猫です。本文にもちょっと書きましたが、ブーレマンは吝嗇で非情な老人。最後まで改心することはありません。この点はディッケンズの「クリスマス・キャロル」とは違いますね。三つのお話の中で、唯一、アンハッピエンドで、ちょっと怖い物語です。金子國義の描く絵には一種独特な雰囲気があります。子供の本としては特異な人選だったのではないかしら。
aosta
2010/11/27 21:57
こんばんは!
aostaさん、実はもう一冊呼ばれた本がありました。最初にこちらの方を書けば良かったと思います。ご存じかとは思いますが、セーラー・トムソン文ロブ・ゴンザルヴェス絵「どこでもない場所」と「終わらない夜」。時間の永遠の連続性と事物、事象の不滅を感じさせる素晴らしい絵本でした。宇宙大の広がりもありましたね。この発想、文が先か絵が先か分かりません。文を具現化した画家?挿画家?のゴンザルヴェスは天才だとわたしは思っちゃいました。たまたま私がしがちな連想をそれこそ具現してくれていたので、天才という言葉が出たのかも知れませんが。

それといまだこういう人物は知りませんが、
>吝嗇で非情な老人。最後まで改心することはありません。
こういったキャラ、あの世ではどういう命運になるかは分かりませんが、小説中で徹底させたら面白いかなと思いました。結末は救われて欲しいですけども。
ちょっと遅いかなと思いつつお邪魔させていただきました。
bunbun
2010/11/28 21:44
◇bunbunさん

再コメントありがとうございます。
「どこでもない場所」と「終わらない夜」、存じませんでした。
時間の永遠の連続性と事物、事象の不滅を感じさせる素晴らしい絵本だというbunbunさんの説明だけで、読まなくちゃ!!という気になっています(笑)。
ネット検索してロブ・ゴンザルヴェスさんの絵を見てまいりました。
私の好きなポール・デルヴォーを思わせる色遣いや構図、マグリット的空間にわくわくしてしまいます。タイトルの付け方がまた素敵ですね。原題はどうなんでしょう?

ブーレマンはスクルージにまさるとも劣らない吝嗇家であり人間嫌いです。
抒情的な作品が多いシュトルムですが、彼が生まれ育った北ドイツの暗い海の記憶がこうした救いのない物語を生んだのかもしれませんね。
学研版のこの本はずいぶん前に絶版のようですが、「雨姫」というタイトルで福武書店が文庫で出しているようです。訳は同じく矢川さんですが、挿絵が付いているかどうかはちょっとわかりません。機会がありましたらお読みになって下さい。

追伸:例によって、デルヴォーの過去記事のURLを添付いたしました。
aosta
URL
2010/11/29 09:01
こんばんは。
私も少年少女学研文庫を数冊持っているのですが、この本は知りませんでした。
いいですね!私も欲しいです(笑)。
児童書は、やはり自分で買えなくて学校図書館で親しんだものが多いです。
成人して買える時期にはすでに絶版になっている。
だから本は出会った時に買っておかなければと…今は買いすぎるんですが。
澁澤の「O嬢の物語」(金子國義・挿絵)は、矢川澄子がほとんど下訳をしていたらしいですね。
澁澤をめぐる人間関係はいろいろ興味深いものがあります。
金子のふてぶてしい猫、好きです。
ねこギター
2010/11/29 22:28
◇ねこギターさん
 再訪、ありがとうございます♪

>私も少年少女学研文庫を数冊持っているのですが・・・

個人でお持ちのものとは違うと思いますが、お店の在庫リストにも数点このシリーズのものがありましたね。残念ながら「たるの中から生まれた話」は見当たりませんでしたが(笑)

>だから本は出会った時に買っておかなければと…

仰る通りだと思います。
私がこの本を買ったのは74年でした(買った日、読了した日を奥付に書き込みますので・笑)もう30年以上も昔の話です。今この本を探そうとしてもなかなか見つからないようで、復刊の希望も多いようです。毎年溢れるほどの本が出ても読み継がれる作品は少ない、良い本でもすぐ絶版になってしまう、と言う現状に長嘆息するばかりです。読みたい本は、新刊書より古書の方が断然多いです。

「O嬢の物語」下訳の件は私もどこかで読みました。知る人ぞ知る話なのでしょう。澁澤と矢川澄子の私生活には凡人の理解を超えたところがありますね。
「兎とよばれた女 」の中の神、絶対的な愛には壮絶なものさえ感じてしまいました。

>金子のふてぶてしい猫、好きです。

きっと気に入って頂けるだろうと思っておりました(笑)。
aosta
2010/11/29 23:09

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